132 霧の中
「総員、いったん下がれ! 作戦を立て直す! 下がれっ!」
ギリウスさんの指示で、私たちは急いで後退。
指示は素早かったけど、それでも降りそそぐ矢に貫かれて何人かの兵士さんが倒れた。
死体にも、まだ生きてる人にも、背中に次々と矢が降りそそいでハリネズミみたいな姿に変えていく。
「……クソっ、王国軍の兵士を利用して、人質まがいの戦法など……!」
怒りを隠そうともせず、悔しげに悪態をつくギリウスさん。
私もこのやり方にはかなりムカついた。
矢の届かない、ストラやバルバリオのいるあたりまで下がったところで、主だった面々が集合。
今後の方針を話し合うことに。
「王国軍の兵士たちを無理やり動員させ、戦力差を埋めつつ人質とする。まさかタルトゥスがこの手を打ってくるとはな……」
「可能性としては、真っ先に消したところでしたな」
集まったのは私とギリウスさん、サーブさん。
それからストラとペルネ姫、おまけでバルバリオとカミル。
二人ほど余分な気がするけど、いないわけにはいかないか。
「なんで可能性を消したんだ! 現にこうしてやってきたじゃないか!」
カミルが口出ししてきたけどさ、少しは自分で考えな?
バルバリオよりは賢いんでしょ、アンタ。
「タルトゥスにとって、リスクがありすぎるからです」
サーブさん、説明してあげるんだ。
面倒見がいいね、この人。
「タルトゥスという男は、なによりも大義名分、己の正しさを重要視する男。このような強引な手段を取っては、たとえ勝利しても遺恨や疑念が深く残ります。だからこそ、己の手勢だけで勝負すると思っていたのですが……」
「もはやなりふり構わんか。……それとも、勝利さえすれば正しさは後から付いてくる、とでも思っているのか」
「はい、大兄貴もサーブさんも心理分析は後にしよう。それより今は、具体的にどうするかでしょ」
「む、その通りだな。さすがは女王陛下」
「やめて気持ち悪い」
ストラの声かけで、砦をどう攻略するかって議題に軌道修正。
さて、どうしたものか。
三千って数も問題だけど、なにより厄介なのは王国軍が相手ってこと。
なんせこっちの兵だって王国軍のようなもの。
お互い顔見知りもいっぱいいるだろうし、無闇に殺せばこっちが悪者になっちゃう。
犠牲を出さずに砦を落とす、そんな方法がどっかに転がってたりしないかな……。
「……なあ、皆。砦にこもっているのがタルトゥスとおそらくノプト、そして三千の王国兵だとして、それではタルトゥス軍の主力部隊は今何をしている?」
と、ここでまたギリウスさんが口を開いた。
砦の攻略法じゃないけど、たしかにそっちも気になる。
「王都にこもっているのだろう! ディーテは世界一の城塞都市だぞ!!」
バルバリオ、そんな難しい言葉知ってたんだ。
驚きだけど驚いてる場合じゃない。
ギリウスさんの言いたいこと、私にもなんとなくわかった。
「……違うよ。タルトゥスが仕掛けてきたのは明らかに時間稼ぎだ。王国軍を盾にするのは勝つための策じゃない、私たちを足止めするための策だもん」
「だろうな。ならば本隊が王都に籠城などするはずがない。むしろ与えられたわずかな時間を有効に使って——」
そう、タルトゥスの真の狙いは——。
「勇者不在で戦力の劣る魔族軍を、全戦力をもって撃破する。敵の狙いはこれだ」
△▽△
デルティラードをぐるりと囲む山脈。
山越えを終えて盆地に入ったところで、トーカ殿はミニガーゴイルを作成。
キリエ殿たちがいる東へむけて飛ばした。
コルキューテ軍がデルティラード盆地に到着したことを伝えるために。
ここから王都ディーテまでは、徒歩で約二時間ほどと聞いている。
「……それにしても、霧が濃いな」
平原に出てまず驚いたのがそれだ。
視界を一面に覆う、真っ白な霧。
数十メートル先すら見えない濃霧が、盆地全体に発生していた。
「ペルネ様、この地域ではよくあることなのでしょうか」
「ええ、リア様。気温が上がって雨が多くなるこの季節、霧は風物詩のようなものですね」
「王国暮らしの長い我らにとっては、驚くようなことではありません」
同行しているペルネ姫と近衛騎士のイーリア殿は慣れた様子だが、これは少々危険だな。
万一、この霧に隠れた敵の奇襲を受ければ、戦闘態勢を取れないままに乱戦となる可能性が高い。
そうなれば、通常の倍以上の死傷者が出てしまうだろう。
「ビュート、ガープ、少しいいか」
「なぁにおねえちゃんっ。王都でのデートのお誘い?」
「違うだろう。このカタブツがそのような……」
「カタブツとはなんだ」
二人とも、緊張感が足りないのではないか?
口にしたら、私の方が肩ひじ張りすぎなんだと言われそうだが。
「この濃霧だ、敵の奇襲を警戒するに越したことはない。左右の警戒を怠るな、と伝えてくれ」
「考えすぎ……とは言えないか。戦場では慎重すぎる方がいい」
「りょーかいっ! おねえちゃんのカンは当たるもんね!」
「今回ばかりは、当たらないでほしいけどな」
長い付き合いの二人だ。
私の意見をすぐさま聞き入れて、自分たちの部下に指示を出した。
この備えが、取り越し苦労ですめば何よりだが……。
濃霧の中を、街道にしたがって進んで、もうどのくらい経っただろうか。
ただただ真っ白な景色が延々と続く。
時間や距離の感覚が狂ってきそうだ。
「おねえちゃん、そんなに気を張ってたら疲れちゃうよ? もっと楽しいこと考えよう」
「楽しいこと?」
「たとえばぁ、ディーテに着いたらおねえちゃんとオシャレなカフェでお茶したりー、あとはぁ」
「静かにっ!」
「へぁっ!? お、おねえちゃ……?」
「気のせいだろうか、何者かの気配を感じたんだ。それも、かなりの数……」
霧でよく見えないが、おそらく周囲は背の低い草が生えた平原。
一度進軍を止めて物見の兵を放ってみるか、そう判断を下し、進軍停止を命じようとした瞬間。
「放てっ!!!」
低く鋭い声が響き、続いて大量の矢が街道の両側から降りそそいだ。
「な……っ! て、敵襲! 全軍、戦闘態勢を取れ! 非戦闘員は後方へ!」
霧の中での奇襲に対応できず、多くの兵士が矢を受けて倒れていく。
混乱する軍の中、私の指示は果たして届いただろうか、残念ながら確かめている時間はない。
「敵は怯んだ! すかさず畳みかけるぞ!」
「さぁてと、給料分の仕事はさせてもらうよ。野郎ども、アタシについてきな!」
左側から馴染み深いモルド殿の声が聞こえた。
右側面からは、初めて耳にする女——おそらくはルイーゼの声。
同時に、タルトゥス軍の兵士たちが雄たけびを上げ、左右から斬り込んでくる。
奇襲による挟撃。
霧にまぎれて、まんまとしてやられた!
「ビュートは右側の敵に当たれ! イーリア殿はペルネ姫を、非戦闘員と共に安全なところまで護衛してください!」
「わかりました! 姫様、行きましょう」
「は、はいっ!」
イーリア殿が姫の手を引いて、後方へと駆けていく。
彼女が共に向かってくれれば、非戦闘員に心配はないだろう。
「おねえちゃんは!?」
「……ガープ、私と共にモルド殿に当たってくれるか」
「承知……!」
深くうなずいたガープが、すぐに自分の兵たちをまとめに向かう。
涙目のビュートも、さすがはプロの軍人というべきか。
攻撃を受けている部下たちのところへ、すぐに走っていった。
さて、最後にトーカ殿への指示だが。
「アタシはビュートさんに加勢してくるよ。さすがに一人じゃ荷が重いだろ?」
「いや、トーカ殿には別に重要な役目がある」
見たところ、敵の数はタルトゥス勢のほぼ全軍。
私たちの戦力だけでは、時間を稼ぐのが精いっぱいだ。
勝つための一手には、トーカ殿の機動力が必要不可欠。
「魔導機竜に乗って、東の軍にこの事を伝えてくれ。そして連れて来るんだ、勇者を——我らの最高戦力を!」