131 デリスト砦
宣戦布告から二週間。
私こと勇者キリエはスティージュ・バルミラード軍の一員として、デルティラード盆地の入り口、デリスト砦から数キロの地点にいる。
もちろんベアトと、あとはメロちゃんもいっしょ。
三人で戦い前の腹ごしらえの真っ最中だ。
「いよいよ決戦ですね、お姉さん」
「だね。リアさんやトーカたちも、そろそろ向こう側に着く頃だ」
作戦の都合上、トーカは魔族軍といっしょにいる。
向こうが西側から山を越えたら、トーカがミニガーゴイルを放って合図をくれるんだ。
予定ではそろそろなんだけど……って思ってたら、ギリウスさんが小さな黒い機械の竜を手に乗せてやってきた。
「合図だ、戦闘準備に入れ」
「リアさんたち、到着したんだね」
ってことは、いよいよ進軍開始だ。
のんびりご飯食べてる場合じゃなくなったね。
食べかけのサンドイッチを手早く胃の中に押し込める。
「ベアト、メロちゃん。行こう」
「……っ!」
「はい! ……っと言っても、あたいら後ろの方で応援する係なんですけどね」
軍っていうのはご飯を作る人だったり、物資を輸送する人、お医者さんから貴族のお世話をする人まで、非戦闘員が半分くらいを占めてたりする。
戦闘が始まったら、ベアトたちはその人たちといっしょにいる予定だ。
この子は狙われてるし、一人で置いていけないからね。
私の目の届く範囲にいてくれないと。
ストラとバルバリオ、カミルは、ベアトたちよりも少し前で兵士たちを応援して、士気を高める係。
そして私とギリウスさんは言うまでもなく、最前線で直接敵と戦う役だ。
デルティラードをめざして、連合軍が進軍していく。
天気は曇り、なんとなくジメジメしてて、見通しも悪い。
王都をかこむ山脈も、遠くにぼんやりかすんで見える。
そろそろ春も終わりか。
ってことは、雨が多くなる頃だね。
(事前に教えてもらった作戦、いまのうちに復習しとこっと……)
わかんなくなっちゃったら大変だし。
えっと、今回の作戦のキモは、東西からの挟撃だよね。
まず東から、私たちがデリスト砦を攻める。
なんせこっち側には私とペルネ姫がいるって、事前に宣伝してある。
最大戦力である私と、タルトゥスが怒りの矛先を向けてるだろうペルネ姫。
まず間違いなく、敵は砦側に戦力を集中させるはず。
ルイーゼにモルド、主戦力と兵力の大部分を。
そのスキを突いて、西側からコルキューテ軍が王都を奪取する手筈だ。
もしもこちらの動きを察して、あっちとこっちでバランスよく戦力を分けたりしても、戦力差の問題で押し切れる。
私はもちろん、リアさんたち三人もギフト無しの敵将と同じくらいの強さだからね。
砦を捨てて魔族軍に戦力を集中なんてしたら、あっさり砦を奪われて孤立するわけだし、これもアウト。
戦力を分散してもなにしても、タルトゥスは詰みってわけ。
ちなみに、コルキューテ側にもみんなが本物だと思ってる、影武者のペルネ姫がいる。
『本物』を守るために、イーリアもあっち側。
魔族軍が王都に入ったら住民が不安がるかもしれないからって、ギリウスさんの考えだ。
こっちにいるのが、みんなが影武者だと思ってる本物のペルネ姫。
……ちょっとややこしい。
どっちの軍が先に王都に入っても、ペルネ姫が王都を取り返した事実が出来上がるってわけだ。
さすがギリウスさん。
「……そろそろだ、キリエ。ぼんやりしてるなよ」
「ぼんやりしてないから。集中力を高めてただけ」
ウソ、ちょっと考え事に集中しすぎてたかも。
もう砦がすぐそこにあるじゃん、気づかなかったよ。
「進軍止め! ここに陣を張り、攻撃準備に入る!」
ギリウスさんの指示が全軍に伝わって、進軍停止。
せっせと柵を立てて旗を立てて土魔法で簡単な砦を作ってと、みんなてきぱき動き始めた。
指揮取ってるのギリウスさんだけど、総大将はバルバリオのはずだよね。
なんでアイツ、側近たちと筋肉ポージングしてるの……。
「キリエお姉さん、ファイトですよ!」
「……っ」
『ぶじにもどってきてください』
「心配いらないよ。今日はなんだか、誰にも負ける気がしないんだ」
不安そうなベアトの頭をなでて、力強く答える。
安心させるためでもあるけど、本当に負ける気がしないし、負けるつもりもない。
ジョアナによれば、神託者ジュダスはまだ王城にいる。
最後の仇がすぐそこにいるんだ、ブチ殺すまで絶対に負けてやるもんか。
「行ってくるね、ベアト。安心して待ってて」
細い体をそっと抱きしめる。
ベアトは私の腕の中で目を閉じて、小さくうなずいた。
「あの、あたいもいるんですけど……」
「忘れてないって。二人とも、安全な後方で応援しててね」
メロちゃんのジト目に晒されつつ、ここで二人といったんお別れ。
……忘れてないよ?
メロちゃんのこと、ホントに忘れてないからね?
数十分後、陣地の設営が完了。
「総員、目標デリスト砦! 進め!」
ギリウスさんの掛け声で、攻撃部隊が前進を開始した。
私はもちろん先頭、最前線。
やる気も殺る気も満々だ。
ただ、殺しすぎるなって言われてるんだよね。
タルトゥス直属の百人以外は、無理やり従わされてる可能性が高いからって。
その分、ルイーゼとモルドに出会ったら遠慮なくブチ殺せとも言われてるけど。
砦の間近まで来て、その全貌がはっきりと見えた。
山道の入り口に作られた、高い城壁に囲まれた土色の無骨な城塞。
土魔法の突貫工事じゃなくて、確かな技術を持った建築者が作ったことが、素人の私にもハッキリわかる。
砦の屋根の上には、タルトゥス軍の旗が風になびいている。
中から大勢の気配もする。
敵がここにこもっているのは間違いない。
街道は門で封鎖されて、砦のど真ん中を通ってる。
ここを落とさなければ王都へは行けないようになっているんだ。
「……よし。ギリウスさん、ここを落とせばいいんだね」
いくら立派な城塞でも、マグマを大量に作ってブン投げれば一発でしょ。
「その通りだが……、殺しすぎるな、と言ったはずだな?」
「……はい」
地道に戦うしかないか……。
進軍は、砦の少し手前でいったんストップ。
ギリウスさんが前に出て、声を張り上げる。
「デリスト砦のタルトゥス軍に告ぐ! 我らはバルミラード・スティージュ連合軍! 我らと一戦交える意志、有りや無しや!」
呼びかけからしばらくして、城壁の上に姿を現したのは——。
「これはこれは、遠路はるばるよくお越しくださったっ!」
黒いマントを羽織った、真っ白い髪の魔族。
こちらを見下し、心底バカにしたような鋭く冷たい青色の瞳。
聞いていた人相とがっちり合ってる。
ギリウスさんも、アイツの顔を見たとたんに眼光が鋭くなった。
「……驚いた。まさか貴君がここにいるとはな、タルトゥス殿」
「こちらも大変驚いているよ。根も葉もない難癖を付けられて、攻められるなどとはな」
なーにが難癖だ。
ペルネ姫処刑の辺りは話を盛ったけど、あとは全部真実だろ。
そこだけ盛ったけど。
「難癖などとは笑止千万! そちらの非道、ことごとく詳らかにしたまで!」
「まあ待て、王国最強の騎士ギリウスよ。お前は兵を率いて、わざわざ舌戦をしにきたのか? 違うだろう、戦にやってきたのだろう。ならばするべきは一つ」
ギリウスが片手を上げると、城壁の上に弓を持った大群が姿を見せた。
ズラリと並んで矢をつがえ、こちらの軍勢に向けて引き絞る兵士たち。
……だけどさ、おかしいんだよ。
弓を持った兵士たち、みんな魔族じゃないんだ。
人間なんだ。
「……タルトゥス、どういうことだ! 貴様の部下はどこにいる! 彼らは王国軍ではないか!」
「いかにも。皆殺しなど、俺の好むところではない。王都占領の際、犠牲は最小限に留めていたからな。ざっと三千ほど生き残っているよ」
「まさか貴様、その全員をここに……!」
「あぁそうさ。彼らはみな俺の正しさを信じ、俺のために戦ってくれる」
なにバカげたこと言ってんだ。
兵士さんたち、みんな嫌々従ってる感じじゃん。
あの分だと、貴族が脅されて私兵を無理やり貸し出させられたとか、兵士さんや騎士さんの家族を人質に取って、とかそんな感じだろ。
クソ、正しさを重視するヤツだって聞いてたのに、こんな人質まがいの汚いマネするなんて!
王国兵相手じゃ、こっち兵を支える大義も戦意も薄まっちゃうじゃないか。
「……待てよ、この砦に籠っているのが三千の王国兵だとすると、ヤツの本隊、その戦力は全て——」
「さて、話は終わりだ。始めようレジスタンス、あの日の決着を」
ギリウスさんが何かに思い至った瞬間、タルトゥスが片手を振り下ろす。
次の瞬間、城壁の上から、空を覆いつくすほどの矢の雨が降りそそいだ。