130 宣戦布告
軍議がいったん終わって、ギリウスさんたち四人で作戦を詰めることになった、つかの間の休憩のタイミング。
リーダーが生きてたってことを伝えるには、今が最適だよね。
この人だけには教えておくべきだと思うから。
「ねえ、ギリウスさん。ちょっといい?」
小声でささやきつつ、ちょいちょいと手招き。
「なんだ? 土産話なら、もっと時間のある時にしてくれ」
「違くて。手短にすむ、だけどとっても大事な話。ちょっとでいいから顔貸して」
「……お前がそこまで言うのなら、本当に大事な話なのだろうな。いいだろう、少しだけ付き合ってやる」
よかった、日頃の行いのおかげかな。
無愛想で他人と関わりたがらない私がここまで頼み込むもんだから、ただ事じゃないと思ってくれたみたい。
自分で言ってて嫌になるけど。
幸い、会議室の中はバルバリオとカミルが自分たちも軍議に混ぜろとわめいて大変騒がしい。
この騒動にまぎれてこっそりと、ストラにだけは見つからないように廊下に出て、会議室からも距離を取る。
よし、ここなら間違っても聞こえない。
それとギリウスさん、確かに私、挙動不審だけどさ。
あんまり変なもの見る目を向けないでね。
「……えっと、じゃあ話すけど、ビックリして大声出したりしないでね」
「あぁ、善処する」
ギリウスさんなら平気だと思うけど、一応ことわりを入れてから、一息置いて。
「実はね、リーダー生きてるんだ」
まっすぐに目を見て、真実を伝えた。
ギリウスさんは少しの間、言葉の意味を噛み締めて、考えるそぶりをしたあと、
「……確かなのか?」
冷静に切り返す。
「間違いないよ、面と向かって直接会って言葉も交わした。今はパラディの聖地ピレアポリスで暮らしてるみたい。ただ、完全に記憶を失くしてて……」
「覚えていないのか、なにも」
「自分の名前も、レジスタンスのことも、ギリウスさんやストラのことも忘れてた。しかもね、ただの記憶喪失じゃないんだ。ジョアナによれば、『三夜越え』の後遺症なんだって」
「『三夜越え』……、たしかキマイラの猛毒だったな。記憶が戻る見込みは?」
「限りなくゼロに近いって、ジョアナが言ってた」
「そうか……」
軽く息を吐いて、目を閉じて。
やっぱりショックなんだろうな。
弟が生きてると思ったら、全部の記憶が失われてて戻る見込みもない。
上げてから落とされたんだもん。
「……ストラに伝えず、俺だけに知らせてくれたこと、感謝する。アイツは今大事な時期だからな、余計な不安は抱えさせたくないんだ」
だけど、さすがはギリウスさん。
すぐに立ち直って、ストラの心配までしてくれてる。
……強がってタフに見せてるだけって可能性もあるけどね。
「ギリウスさんも、ムリしないでね」
「平気さ、このくらい。アイツが生きていてくれた、それだけでこの上ない朗報だ」
私の心配を吹き飛ばすような不敵な笑みを、ニヤリと浮かべてみせた。
やっぱりこの人、色んな意味で強いんだな。
「おかげで気合が入った。タルトゥス軍を打ち破る作戦、しっかりと立案してこよう」
「楽しみにしてる。私も大暴れできるんでしょ?」
「むしろ、してもらわなねば困る」
最後に軽く片手をふって、ギリウスさんは会議室へと戻っていった。
「……ふぅ」
思わず大きく息を吐く。
肩の荷が降りたっていうか、一仕事終えた気分だよ。
「ストラにも聞かれなかったし、私にしてはうまくやれたかな……」
「あたしが何って?」
後ろから聞こえたストラの声に、体がビクッと跳び跳ねる。
振り返れば、キョトンとしたストラと、それからベアトの姿が。
いけない、ここは怪しまれないよう自然に振る舞わなくちゃ。
「大兄貴といっしょだったみたいだけど、何話してたのさ」
「ストラが立派に女王様やれてて何よりとか、そんな他愛もない話だよ」
「ふーん……」
ポーカーフェイスは得意っていうか、これしか出来ないし、上手くごまかせたかな。
「ストラこそどうしたの。ベアトまで連れてきて」
「ずいぶんな物言いだな……。あんたらに城内を案内してやろうと思ったの。そしたらキリエが見当たらないから探してただけ」
「……っ!」
ベアトが私の腕を取って、ぎゅっと抱きついてきた。
もしかして心配させちゃったかな。
「ごめん、二人とも。それじゃあストラ、案内よろしくね。せっかく案内してもらっても、明日にはコルキューテに戻るだろうけど」
「忙しないね……」
翌日、三国の同盟締結と対タルトゥスの作戦をセイタム王に伝えるため、リアさんと私たちは休む間もなくコルキューテへ。
行動は迅速に、が基本だからね。
ただ、ジョアナは別の用事があっていっしょには来ないみたい。
きっと決戦にむけて、いろいろやることあるんだろうな。
来た時よりも一人減った六人を乗せて、魔導機竜は西の空へと飛びたった。
●●●
勇者の手にかかり、ブルムとレヴィアが死亡。
さらにルーゴルフも討たれ、コルキューテ本国が【使役】から解放。
本国に謀反の事実が明らかとなり、さらにスティージュとバルミラードの挙兵が濃厚となった。
王城に帰還した神託者ジュダスは、タルトゥスに対してこのような報告を上げた。
心の中でひたすらに嘲りながら。
「……そうか。そうかそうか。くくく……っ、あーっはっはっはっはっはっ!!」
「おや、どうなされました? 気でもお触れに?」
片手で顔をおおい、天をあおいで高笑いする第一皇子。
神託者の不遜な物言いを気にも留めず、彼は側近に指示を出す。
「ノプト、モルドとルイーゼを呼べ。今すぐにだ」
「かしこまりました」
【遠隔】の勇贈玉があれば、一定距離の相手とテレパシーで会話が可能。
ノプトはすぐさま、二人の将に王の間への招集をかける。
神託者の報告にも主の態度にも、一切表情を変えないまま。
「くくっ、やってくれる。なあ神託者、俺はお前を利用して、この国を手に入れた。同じように、お前も俺を利用していたのだろう? なにが目的だ。パラディのためか?」
「パラディ……? くすくすっ、私の目的はそのようなところにありません。私は神託者、カミに仕えカミの言葉を聞く者なれば」
「全てはカミのご意思、とでもほざくか。失せろ、もはやお前に用はない」
「あーらあら、最期まで見届けたかったのに、残念ね。それじゃ、ごきげんよう」
最後にジュダスは——ジョアナは、神託者の仮面を脱ぎ捨て、ありのままの自分を晒してその場を立ち去った。
「タルトゥス様、始末しますか」
「やめておけ、ヤツと争えばこちらも無事では済むまい」
感情に任せて強大な力を持った彼女と争っても、何の利益もない。
負ければ破滅、勝っても大きく力を削がれてしまうだろう。
主君の静止に、側近は無表情のまま従った。
やがて、呼び出された二人の将が王の間へとやってくる。
髪を短く切りそろえた緑髪の女剣士・ルイーゼ。
そして、短い口髭を生やし、右目を眼帯で覆った中年の軍人・モルド。
「お呼びですかな、我が主君」
「緊急の呼び出し、とのことだけど?」
「あぁ、緊急だ。この上なく緊急だ」
部下に事態の深刻さを語りながら、第一皇子は考える。
まずは敵の狙いを絞り、その裏をかかなければならない。
でなければ、先に待つのは破滅のみ。
敵が予想も出来ない一手を打ち、戦局の全てを覆さなければ。
三日後、コルキューテは正式にタルトゥスの謀反を発表。
国家間の戦争ではなく討伐であることを強調し、討伐軍を編成する。
指揮を取るのはリア、ビュート、ガープの三将。
わずかな兵を国元に残し、約一千五百の軍勢を東へと進軍させた。
同時に、バルミラードがタルトゥスに対し宣戦布告。
ペルネとレジスタンスの協力関係、暴君へのクーデターの真実を明かし、さらに王都東区画の被害がタルトゥス軍によるものと公表。
加えて、ペルネ姫の処刑もタルトゥス側の独断によるものだと発表する。
スティージュもこれに答え、バルミラード軍と共同で事に当たることを表明。
決戦は、間近に迫っていた。