13 刃を砕いて、敵を砕け
王都って言っても、街の門を出てちょっと歩けば手つかずの自然が広がってて、ちょっと森に入ればモンスターも山ほどいるわけだ。
私は今、王都からちょっと離れた森の中でワーウルフの群れに囲まれてる。
冒険者とかが退治するもんじゃないのかな、こういうのって。
戦時中だから野放しになってるとか、多分そんな感じだと思う。
木を削っただけの槍を突き出して襲ってくる人狼、だいたい五匹。
対する私は、右手は素手。
左手には、ソードブレイカーって呼ばれてる、峰が櫛みたいになった片刃剣を握ってる。
統率の取れてない動きで、バラバラに攻撃をしかけてくる狼男たち。
ちょうどいい練習相手ってバルジさんが言ってたけど、なるほど。
一匹ずつ撃ちかかってきてくれるから、攻撃を受け止めて反撃って流れがやりやすい。
ソードブレイカーの峰で、槍を受け止める。
それから、右手で敵の顔面に触れて魔力を流し込む。
「破砕ッ!」
パァンッ!
と、頭の中身が沸騰して、盛大な音を立てて破裂。
魔法って名前があるとイメージしやすいから、破裂させるバージョンにこんな名前つけてみた。
あとは流れ作業みたいに、回避して、受け止めて、頭に触れて破裂させて。
あっという間にワーウルフたちは全滅した。
「驚いたぜ、本当に触るだけで殺せるんだな」
木の上で見物してたバルジさんが飛び下りてきた。
この特訓方法は、この人の提案だ。
命を奪えば奪うほど強くなる、勇者の加護。
殺せる人間には限りがあるが、殺せる魔物に限りはない。
奴らはどこからともなく湧いてくるのだから。
雑魚モンスター殺しての強化幅なんて、本当にちょっとだけど。
「コイツをずっと続けていけば、そこそこ戦えるようになんだろ」
「そこそこ、で足りるのかな。私が殺したいブルトーギュって、すっごく強いって聞くけど」
「ヤツは暴君ではあるが、英雄でもある。旗揚げからしばらくは、最前線で兵の先頭に立って自ら剣を振るっていた。……俺の兄貴は国一番の騎士と言われているが、そんな兄貴が常に命を狙っていてなお、ヤツは今も生きている。つまりそういうことだ」
「あの騎士さんよりも、ずーっと強いってことか」
「認めたくはねぇがな」
今の私が一対一で戦って、勝てる確率はほぼゼロだってことだよね。
だからこうして今、魔物を倒して少しでも強くなろうとしてるんだけど。
「だがまぁ、個人の強さなんてもんは数の暴力の前にゃぁ無力だ。よっぽど人智を外れた、とんでもねぇ力でない限りはよ」
「……とんでもない力を身につけろ?」
「アホか。革命は一人じゃ出来ねえっつってんだよ」
アホって言われた。
確かにあんまり頭よくないけどさ。
「お前は一人じゃねえんだ。ちょっとは俺らを頼れ」
「はぁい、分かりましたよバルジさん」
「それ。敬語とバルジさん呼び。なんか距離を感じるんだよなぁ、お前からは」
当たり前ですよ。
仲良くする気はありませんから。
とは言えないよね、さすがに。
「みんな兄貴かリーダーって呼んでるからよ、お前もどっちかから選んで呼べ。あと敬語禁止」
「……はぁ。じゃあさ、早く次の訓練に移ってよ、リーダー」
あ、満足そう。
ちょろいなぁ、この人。
「おう、次はそいつの使い方だ。しっかり叩きこんでやるから覚悟しな」
そいつとは、私が左手に持ってるこいつ。
ソードブレイカー。
片刃剣で、峰の部分にギザギザのクシみたいなのが付いてるってのは、さっき説明した通り。
本当はバルジさん、じゃなかった、リーダーが騎士さんに使ってたみたいな短剣型が主流なんだけど、私のは特別。
とにかく長い、普通の剣くらい長い。
あと刃が分厚い。
「お前は攻撃に武器を使わないからな。右手があいてる分、多少長くて重くても取り回しはきく」
私の右手は、触れさえすれば生物を爆散させる。
わざわざ重い剣を振りまわさなくても、正確に斬り付けなくても、触るだけで一撃で殺せる。
だから強力な武器は必要ない。
その代わり、問題になるのが相手の武器。
攻撃をかいくぐって触れるか、コイツでへし折らなきゃいけないってわけだ。
「相手の武器を峰の部分に絡ませて、力任せにねじ切ってやれ。素手での勝負になれば、お前に勝てるヤツはいない。触れさえすれば勝ちなんだからな」
「でもこれ、それなりに重いね。ずっしりとくる感じ」
「ダマスカス鋼で作られた、斧でも受け止められる特別製だ。そいつを手足みたいに扱えるようになるまで、みっちり訓練してやる。覚悟しやがれ」
「うへー……、お手柔らかに」
森の中でのリーダーとの訓練を終えて、戻ってきた頃にはもう夕方。
店主がそんなにお店開けていいのかよ、と言いたいけど、なんとこの店主ほとんど店にいないらしい。
実質店主はストラなんだって、苦労してるんだね。
「ただいま」
店のドアを開けて、中に入った瞬間。
「……っ!!」
ベアトが凄い勢いで走って来て、飛びつかれた。
めっちゃ抱きしめてくる。
やっぱ犬か、この子。
「あのね、後にして? 今疲れてるから」
「はい、ダウト。キリエ君は今からお店に入ってもらいます」
男の格好してるから、ストラはキリエ君呼び。
私としては色々と複雑だ。
「え、と。ストラ、疲れてるからちょっと休ませてってば」
「入ってもらいます。いいですね?」
「……はい」
めっちゃにらんでくる。
鬼か、この子。
つーか、容赦ないなストラって。
「じゃあリーダーもお店に……、ってあれ、いない!」
「逃げたか、あんにゃろ」
眉間に青筋立ってる。
やっぱ鬼だ、この子。
でも、ストラが怒る気持ちもわかる。
ベアトは喋れないから、接客が出来ない。
出来るのは品出しとか掃除とか、そういう仕事だけ。
その他は全部ストラ一人でやってたんだもん。
「つーわけでキリエ君、店番お願い出来る? あたし夕飯の支度でさ、もうホント忙しいの」
「わかった、任せて。ほら、ベアトもそろそろ離れて」
「っ……」
そんな残念そうな顔されても。
ベアトを引きはがして、会計台の方へ。
お客さん結構並んでるね、こんなちっちゃい店なのに。
ストラは慌ただしく奥の居住スペースに引っ込んで、ベアトははたきで品物をパタパタし始めた。
○○○
こんな感じの日常が一週間くらい続いた頃。
夕暮れ頃、リーダーと一緒に訓練から戻ると、店にジョアナがいた。
この人、朝から夕方までどこにいるのか分かんないんだよね。
夕方にふらっとやって来て、泊まってくこともあればそのままどっかに行っちゃったり。
「あら、やっと帰ってきたわね、リーダー」
「……重要なヤツか」
「ええ、詳しくは地下で」
いつになく大真面目な、シリアスモードのリーダー。
手早く店を閉めて、客を追い出しにかかる。
けっこう繁盛してるのに。
あ、客が多い理由はどうやらストラ目当てみたい。
それとベアト見たさに来る客も増えてるんだって。
店番がリーダーだと客足は激減するから、最近ではストラが積極的に追い出してる。
ちょっとかわいそう。
地下室のミーティングルームに集まった私たち。
一応ストラも一緒だ。
彼女もレジスタンスの一員なんだよね、そうは見えないけど。
「先日、カロンの屋敷から盗み出した手紙の山。その中から、親ブルトーギュ派の将官を洗い出したわ」
「でかした! こいつらを暗殺していけば、着実にブルトーギュの力を削ぎ落せる!」
羊皮紙にズラリと名前が並んだリストを、ジョアナが渡す。
目を通すリーダー、ちょっと興奮気味だ。
「で、ここからが大事なんだけど。その中の一人、ネアール・デルタール准将が明日、狩りに出かけるわ。わずかな伴を連れて、王都の郊外へ」
「ネアール……、アイツか。なるほどな、さっそくチャンスが巡ってきたってわけか」
「そういうこと」
「よし、今から戦力を招集して作戦会議だ。キリエ、お前も襲撃に参加しろ。勇者ここにありって、ブルトーギュの肝を冷やしてやれ!」
「……わかった」
初陣ってやつか。
私もここ数日の特訓でかなり強くなったと思う。
そこらの騎士には負けない自信がある。
それにブルトーギュ派なら、殺すのは大歓迎。
仇討ちへの、これが第一歩だ。
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翌日早朝、まだ日も昇らない頃。
一人の密偵が、ブルトーギュ王の耳にとある情報を入れた。
ネアール将軍暗殺の動きあり、と。