129 軍議
会議を始めるって、中々皮肉が利いてるね……。
私たちの情報が入ったことで、完全に一から仕切り直しって意味なんだろうけど。
会議室にいる全員で卓を囲んで、進行役はギリウスさんだ。
「まずはリア殿、魔族軍の総兵力は?」
「我らも所詮は少数民族。亜人連合軍五千の中核をになった魔族軍、その総兵力は二千五百程度です。本国に備えとして残していた兵と合わせて、最大数は三千程度かと」
「そうですか……。ジョアナ、そのうちタルトゥス方に回った兵の数はわかるか?」
「セイタム王があやつられてた間のデータから把握済みよ。まずはタルトゥス直属の将兵百人。こいつらの忠誠心は折り紙つきね。それから増援として、ルーゴルフが送った兵が千人ほど。こっちは自分たちが謀反の片棒を担いでると知れば、気持ちが揺らぐんじゃないかしら」
すごいな、まともに進行してる。
ストラが感動で涙ぐんでるし、
「あぁっ、おねえちゃん素敵……」
ビュートさんは頬を赤く染めてうっとり。
そして口をポカンと開けてるおバカ二人。
「と、なると、現在の総兵力は約一千九百人か。スティージュ側で動かせるのは、騎士団員百名程度。サーブ殿、バルミラードの方は?」
「おおよそ、五百程度でしょうか」
あぁ、ギリウスさんが名前を出してくれてやっと思い出せた。
この人、副団長のサーブさんだ。
影が薄くて忘れてたよ。
「なるほどな。この数で、一万五千を壊滅させたタルトゥス軍と正面から当たるのは無謀か……」
「あら、同じようには測れないんじゃない? 一万五千とは言っても、最強戦力であるタリオを失って士気どん底、これといった強者もいない数だけの軍勢だった。一方こちらは、キリエちゃんをはじめとして戦力たっぷりなのよ?」
おっと、突然名前を出されてちょっとびっくり。
全員がいっせいに私の方を見て、ものすごく気まずい。
注目されるなんて馴れてないし……。
「……そうだな、ジョアナの言う通りだ。我々も強い。中でもキリエの存在は、戦力としても象徴としても、とてつもなく大きなものだ」
「まさに切り札と呼ぶにふさわしいな、キリエ殿は」
褒められるのだって馴れてないんだからさ、ギリウスさんもリアさんもやめてほしい。
「おぉ、キリエお姉さんが恥ずかしそうに……」
「初めて見たぞ、そんな顔」
「……っ!!」
なんでテンション上げてんの、特にベアト。
「こちらの戦力がはっきりしたところで、次は敵の分析だ。まず、兵の総数は約一千百人。その中で強敵となるのがタルトゥス直属の将たちだが……」
「【機兵】のブルム、【神速】のレヴィア、そして【使役】のルーゴルフ。この三名はキリエちゃんがすでに討ち果たしたわ」
「なんとも、さすがとしか言いようがないな。キリエ、お前のおかげで決戦が楽になる」
「ど、どうも……」
ペコリと頭を下げて、もう私はどうすればいいんだろう。
ベアトはどうして私の顔を見て、瞳をキラキラさせているんだろう。
「残る強敵は、【魔剣】のルイーゼ、そして【必殺】のモルド。他に【遠隔】の勇贈玉を持った側近のノプトがいるけれど、戦闘はしないみたいよ」
「その辺りは、魔族のお二人が詳しいだろう。この二人の情報、詳しく教えていただきたい」
「もちろんです。まずはルイーゼ、彼女は元々、闇魔法の使い手としてタルトゥスに登用されました」
闇魔法……、たしか治癒魔法に代表される光魔法と対になってる魔法だ。
使い手が少なくって扱いも難しい、とってもレアなヤツ。
呪いをかけたり病気にしたり、死人を操るなんてことも出来るって聞いたことあるけど、本当なのかな……。
「高い魔力を持っている、とは聞きますが、彼女は元傭兵。タルトゥスの配下となったのもつい最近でして、正直なところ情報は少ないのです」
「十分です。元々魔力を扱っていた、つまり練氣の技は使用できない。これだけでも大きな情報だ」
【魔剣】のギフトについては省略。
四属性を剣にまとわせる、シンプルで有名なギフトだからね。
「続いてモルド殿ですが、彼は強い。ルーゴルフにこそ劣りますが高い身体能力、そしてルーゴルフには無い卓越した練氣の技と、何事にも怯まない精神性。武人の鑑とも言うべき人でした。なぜ彼ほどの御仁がタルトゥスについたのか……」
「モルド……。バルジの仇、か」
「兄貴……」
ギリウスさんとストラの表情が険しくなった。
違うんだよ、二人とも。
リーダーは生きてるんだ。
「彼にはキリエ殿をぶつけるか、もしくは数人がかりで戦うべきでしょう。これは戦争、卑怯などとは言ってられない」
「ソイツはそんなに強いのか! だったら俺がケンカしたいぞ!!!」
「はい、戦いが始まったら陛下は後ろの方で馬に乗っててください」
「なぜだサーブ!!」
「切り札は最後まで取っておくもの、そうでしょう?」
「たしかに! なっとくだ!!」
バルバリオ、お前がモルドと戦ったら瞬殺だから総大将らしくしてろ……なんて言えないんだから大変だね、サーブさんも。
「最後にタルトゥスですが、彼の戦闘能力は平均的な魔族の将と同レベルでしょう。勇贈玉さえ持っていなければ、ですが」
「持っていないわよ。大将自ら戦うつもりはさらさら無いみたい」
ずいぶん余裕なモンだね。
タルトゥスの首だけなら、簡単に取れそうだ。
……ただ、この軍議に出てこなかった名前が一人。
タルトゥス軍じゃないし、当然と言えば当然なんだけど。
(神託者ジュダス……)
タルトゥスの協力者として、今もディーテの王城にいるはずの、最後の仇。
ベアトの命を蝕むエンピレオの居場所を、知っているかもしれない女。
どれだけ強いかわからないけど、たとえ私より強いとしても、絶対に食らいつく。
知ってることを全部吐かせてから、この世に存在する中で最もむごたらしい方法で殺してやる。
「……っ」
「……あ、ごめん、ベアト」
そでをクイっ、と引っ張られて、我に帰る。
いけないいけない、今は会議中だもんね。
気分を入れ替えて顔を上げたら、正面に座ってた騎士さんが歯をガチガチ鳴らしてた。
怖いモノでも見たんだろうか。
「彼我の戦力がはっきりしたところで、いよいよ本題だ。王都ディーテを攻め落とす、その方法について話し合おう」
「待っていたぞ、いよいよ軍師であるこの僕の出番だな! いいか、まず雑草を頭に付けて草原と同化——」
「はい、宰相殿は黙って座っていてくださいね」
「なんでだよサーブ!」
「いいからもう黙っててください」
サーブさん、投げやりになってない?
まあいいや、カミルは放っておこう。
まずギリウスさんが机に広げた地図の上、王都ディーテのところに三角のコマを置く。
「デルティラード盆地をぐるりと囲む山脈に守られた敵の本丸、まさに天然の要害だ。王都に大軍を進めるための道は二つ。一つは東へと続く街道、もう一つが西へと向かう街道だ」
「スティージュは東側。こちらから攻め入る形になるわけね」
「そういう方向で、今まで軍議は進んでいた。ところが、そう簡単にはいかなくてな」
山脈の外側、山道のふもとあたりに四角いコマが置かれた。
その前にスティージュ軍を指す、もう一つの三角のコマも。
「デリスト砦。諸国戦争の折り、山脈外側の山道入り口に築かれた戦闘用の城塞だ。ここに敵の全軍がこもった場合、突破は困難。なんとか突破する方法を探っていたのだが、どうしても浮かばなくてな、軍議が長引いていたんだ」
「ええ、大変でした。本当に、本当に大変でした」
げっそりしてるね、サーブさん。
本当に大変だったんだね。
「だが、勇者が帰還し魔族軍が協力を申し出た今、状況は大きく変わる」
「西側の街道、ですね」
リアさんが三角のコマを、新しく西側の街道に置く。
「魔族軍とスティージュ、バルミラード軍による東西からの挟撃。ギリウス殿はこの絵図を思い描いている」
「さすがリア殿、話が早い」
ニヤリと笑う二人。
どうやら方針が一致したようで、ここから先はギリウスさんとジョアナにリアさん、それからサーブさんの四人だけで、細かく作戦を詰めていくことになった。