127 戦禍の爪痕
魔導機竜が翼の筒から火を噴いて、魔族領の荒野を眼下に東の空へと飛んでいく。
セイタム王との謁見を終えた翌日、私たちはさっそくスティージュに向けて飛び立った。
機竜の背中に乗っているのは、私とベアト、トーカにメロちゃん、それからジョアナ。
あとはもちろん、名代として同行することになったリアさん……と。
「おねえちゃんっ、見てよアレ! 野生の牛さんの群れだよ、あんなにちっちゃく見えるっ!」
ビュートさん、だったっけ。
リアさんの腕に抱きついて好意を全開にしてる小柄な魔族の女の子。
「あぁ見える、見えるがお前、そんなに牛が好きだったか?」
「好きだよ? おねえちゃんといっしょに見るなら、なーんでも好きっ」
「そうか、変わっているな……」
とことん好かれてるんだな、あの人……。
リアさんがスティージュに行くって決まった時、セイタム王に全力で自分の同行をアピールしてたからね。
あっさり許可しちゃうあたり、王サマは器が大きいのか、それとも馴れているのか。
「さっぱりわからないよ、私には」
いやいや、普通わかるでしょ。
あんなにくっつかれて大好きアピールされたら気づくでしょ。
「……っ」
「ベアト、どうかした?」
「……っ!」
……なんだろう。
さっきまでビュートさんをじっと見てたベアトが、とつぜん私のとなりに来て、ぴったり寄りそってきた。
「もしかして寒い? それなりに高度あるからね。上着出そうか?」
「……っ!?」
私の提案に、なぜかベアトはショックを受けた。
それからほっぺを膨らませて、私の腕を取ってギュッと抱きしめる。
この子の言いたいことって大体わかるはずなんだけど、今回はよくわかんないや。
「何してんだ、アレ」
「人のフリ見ても、我がフリは治らないのです。ただ、お姉さんの場合は鈍感というより、自分がそういう対象になると思ってないっぽいですけど」
トーカとメロちゃんから、呆れた視線が飛んできた。
……いや、ベアトに好かれてる自覚はあるよ?
あるけどさ、さすがにそういう意味じゃないでしょ。
「あの人、自分で自分を好きじゃなさそうですからねぇ」
「自分のことは、自分が一番見えていない、ってヤツなのかしらね……」
「そんなとこだろうね。ところでジョアナさん、スティージュはこの方角で合ってるかい?」
「合ってるけれど、行き先はスティージュじゃないわよ」
えっ?
魔導機竜の上に乗った全員が、ジョアナの言葉にそう思った。
これはきっと間違いない。
「ど、どういうこと? わかるように説明して」
「りょうかーいっ。ジョアナお姉さんが普段から、スティージュと連絡を取り合ってるのは知ってるわよね?」
それはもちろん。
今朝も鳥を飛ばしてたよね。
「スティージュの女王様を始めとした首脳陣は今、バルミラードにいるわ。両国で協力して、タルトゥスを討つ相談のために、ね」
「バルミラード……? なにそれ、国の名前?」
私が田舎娘だから知らないだけかな、って思ったけど。
「……?」
「あたいも聞いたことないですよ」
「私もすまない、聞き覚えのない国だ」
「アタシは人間の国、あんまり知識ないからなー」
「おねえちゃんにしか興味ありませんっ」
みんな知らないみたい。
正直、ちょっとホッとした。
「知らないのも当然ね。バルミラードはデルティラード王国崩壊後に建国された新興国。スティージュの南西にある小国よ」
「……あ、それもしかして、バルバリオとカミルが建てた国?」
「驚いたわ、正解。よく知ってたわね」
スティージュを出発する前に、ギリウスさんから聞いたからね。
覚えてて良かった。
あの二人をよく知らない他のみんなは、いまいちピンと来てないけど。
「今スティージュに戻っても、いるのは大忙しなレイドさんだけ。バルミラードには長期滞在するって聞いてるし、そっちに向かえば会えるはずよ。さらにスティージュだけでなく、バルミラードとも協力を取り付けられる。どう?」
さすがジョアナ、いてくれて本当に助かった。
この情報が無かったら、一度スティージュに無駄足踏むとこだったや。
それから数時間は、変わり映えのしない景色が続く。
荒れ果てた茶色い荒野、魔族領ってどこもこんな感じなのかな。
ただ、時々地面に何かがぶつかったような丸い跡が見える。
ブルムと戦ったあの鉱山みたいな形の、地面が陥没してえぐれた跡が。
「リアさん、さっきからたまに見るアレ、なんなの?」
「あぁ、クレーターか」
「くれーたー?」
「私たちはそう呼んでいる。はるか昔、赤い星が空から降ってきた伝承は知っているな?」
「もちろん知ってるけど……、もしかしてアレがその星が落ちた跡?」
「そういうわけじゃない。赤い星が落ちた正確な場所は、いまだにわかっていないんだ」
そうなんだ、でっかい星が落ちた跡ならでかくて目立つはずなのに。
「あのクレーターは、地上に激突した赤い星の破片が飛び散った跡だと言われている。バラバラに砕けて、各地に散っていったんだろうな」
「へぇ……」
似たような話、チラッとトーカも話してたっけ。
「亜人領は人類領と比べてクレーターが多い。しかもあの辺りは、不思議と魔物の数が多いんだ。軍としても放置するわけにはいかなくてな、定期的に討伐に出ている」
「だから詳しいんだ。……そっか、やっぱり魔物が出るんだね」
赤い石。
魔物を産み出す力を秘めた赤い石。
私の剣の素材で、魔力をとっても通しやすい性質を持ってて、私が触ると機能停止した石。
腰の鞘で妖しく光る剣の柄に、そっと触れる。
(つまり、これが空から降ってきた、赤い星の欠片ってことなのかな……)
「……あぁ、そうか。もうこんなところまで来たか」
私の思考は、リアさんの絞り出すような声で中断。
ずっとこの人にくっ付いてたビュートさんも、暗い表情で景色を見下ろす。
荒野の中に現れた、砦や陣所の跡。
放置されたままの風化した白骨、そして。
「あれ、フレジェンタ……ですか……?」
お城が半壊して、街を囲む壁もボロボロ。
完全に廃墟となってしまっている、メロちゃんの故郷が見えた。
「ここ、王国軍と亜人軍の最前線だ……」
魔導機竜はあっという間に上空を通り過ぎて、戦場跡が風景の彼方に消えていく。
あそこで人間も魔族も、他の亜人たちも。
ブルトーギュとタルトゥス、こいつらのせいで大勢が命を落として、数えきれない悲しみを産み出した。
「いろんなこと思い出しちゃうね、おねえちゃん……。たくさん、殺されたよね……」
「あぁ、そうだな……。となりで飯を食ってたヤツが、翌日には腸をはみ出させて死ぬ。そんな日々だった……」
戦場を戦った者として、実感のこもった思い出を語る二人。
「あたいの故郷……。知ってたです、知ってたですけど……。実際に見ちゃうと、辛いですよ……」
「メロ……。泣いてもいいんだぞ?」
故郷を失った実感を改めて味わって、悲しみに沈むメロちゃん。
もうこんなこと、繰り返しちゃいけないんだ。
タルトゥスを殺して、ブルトーギュが起こしたバカげた戦争を、今度こそ本当に終わらせなきゃ。