126 謁見
一晩眠ったら、ベアトはすっかり元気になった。
起きたそばから私にくっついて頭をすり寄せてくる。
にっこり笑顔のベアトの頭をなでてあげつつも、私の心は暗いままだ。
いつも通りに思えても、この子は昨日までのベアトとは違う。
あと数年しか生きられないんだ。
「ねえ、ベアト……」
「……?」
「もしも、私があと数年の命だって言ったら、ベアトはどうする?」
「っ!?」
……言い方まずかったかな。
大慌てで羊皮紙取り出して、ペンを猛烈な勢いで走らせ始めた。
『キリエさん、しんじゃうんですか!? そんなのいやです!』
「死なないよ、たとえ話。驚かせちゃってごめん。もしそうなったら、ベアトはどうするかなって」
「……っ!」
『そんなはなし、じょうだんでもたとえでもしないでください!』
ぷくーっとほっぺを膨らませて、それから安心した表情に。
『けど、よかったです。キリエさんがしんじゃったりしたら、きっとわたし、いきていけません』
私もだよ、なんて恥ずかしくて言えないな。
同じ気持ちだって知れてすごく嬉しいけど。
「話を戻すけど、もしそうなったらベアトはどうする? とっても難しいけど、回避する方法があるとして」
『ほうほうがあるなら、ぜったいになんとかします。どんなにむずかしいほうほうでも、キリエさんにしんでほしくないから』
「……ありがとう。変な話しちゃったね、すっぱり忘れて?」
そっか、ベアトはそうするんだね。
私も、ベアトには絶対に死んでほしくない。
仇討ちとは別に始まった、この子を守るための戦い。
漠然とした戦いのそのゴールが、ハッキリと見えた。
(カミ殺し、か……。いいよ、やってやる。私とベアトの邪魔をするなら、カミサマだって殺してやる)
エンピレオの居場所は、どうやら聖地ピレアポリスじゃないらしい。
じゃあどこにいるかっていうと、ジョアナすら知らないんだ。
知っているとすれば、神託者ジュダス。
今はタルトゥスといっしょにいる、私の最後の仇。
アイツを締め上げて、全部吐かせてからブチ殺す。
復讐を終えた時が、カミ殺しへの第一歩だ。
△▽△
重臣やご一門衆と話し合い、一晩の時間を置いて、セイタム様はお心を決められた。
実の息子を討つというお覚悟を。
これより数時間後、キリエ殿らを招いての謁見が開かれる。
今はジョアナ殿から、色々と詳しい情報を聞き取られているところだ。
「謁見に参加する家臣は、みなルーゴルフにあやつられていた重臣ばかり。事が事だけに、大々的な発表は避けるべきとのご判断だろうな」
「うむ……。国民の耳に入れば、不必要に不安をあおる結果となるだろう。本格的に動きだす時までは、伏せておくのが正解だ……」
私の前に腕を組んで座るガープ。
彼の述べた私見の通り、セイタム王が気にかけているのはそこだろう。
戦争が終わり、暮らしが豊かになり始めたこのタイミングで、タルトゥスの謀反をいたずらに発表するのは得策ではない。
「とは言え、隠し通せる事柄でないのもまた事実。昨日の戦いでは城中の魔族があやつられ、中庭もあの通りの有り様だ」
「末端の兵にいたるまで、口をつぐめと徹底するには、ムリがあるだろうな……」
「あぁ、だからこそ迅速に事を進め、早期の解決に……ビュート、少し離れてくれないか?」
「えーっ、いいじゃん! おねえちゃんの腕、減るもんじゃないんだしー」
真面目な話をしている時に腕を抱きしめられると、色々と減ると思うぞ?
集中力とか思考力とか。
「とにかく、私たちは真剣に、真面目な話をしているんだ。参加する気がないなら、せめて大人しくしていてくれ」
「……真剣に、ねぇ。あたしには、あの人が裏切った現実から目を背けてるように見えるんだけど。ねえ、ガープ」
「ビュート、お前……っ」
その話題、意図的に避けていたというのに……。
「……かまわん、事実だからな。俺があの人の——モルドさんの話題を避けていたことも、お前が気をつかって触れずにいたことも、全て事実だろう?」
「あたしたち三人の間に、遠慮も隠し事もナシ。でしょ?」
「二人とも……。すまない、要らぬ気づかいだったみたいだな」
タルトゥスが裏切ったということは、モルド殿もセイタム様に弓を引く側に回ったことを意味する。
たしかにガープにとって、モルド殿は軍に入るきっかけとなった恩人。
そんな相手と刃を交えるだろうガープに、なんと言ってやればいいのかわからなかったが、ビュートのおかげで目が覚めた。
ガープはこの現実を受け止められないような弱い男ではなかったな。
「目をそらさず向き合おう。たとえ、あの人を討つことになろうとも」
「あぁ……」
「うん、それでこそおねえちゃん!」
……とはいえ、だ。
あの人は強い、本当に強い。
戦闘技術や練氣の技はもちろん、何者にも怯まず、最後まで戦い抜く精神力。
その上、勇者のギフトをも使えるとなると。
(キリエ殿ならば勝てるだろうが、彼女の助力を得られない場合、私たちだけで倒せる相手だろうか……)
○○○
リアさんたちに連れられて、私たちは五人そろって謁見の間へ。
王様からの呼び出しにも謁見の間という響きにも、私的にはロクな思い出がないんだけど、そんな認識も今日で終わりみたいだ。
謁見の間はかなりの広さ。
ただ、ファンファーレを鳴らす兵士さんたちはいないし、脇に並んでる人たちも少なめだ。
レッドカーペットの上を進んで、玉座の手前、短い階段の下で横にならんで片膝をつく。
リアさんたち三人も同じく。
「面を上げなさい。固くならずとも、楽にしてもらって構わない」
聞こえてきたのは、とっても穏やかな声。
言われるままに顔を上げると、ちょっとやせてて白い髪の、口元にしわが刻まれたおじさんが玉座に座っていた。
あの人がセイタム王か……。
私の中の王様のイメージと全然違うな。
比較対象が特殊すぎるかもしんないけど。
「あなたがキリエ・ミナレットだね?」
「……はい」
「ルーゴルフの所業は、まさに我が国の危機だった。みなを代表して、礼を言わせてもらうよ」
「ははっ」
お礼を言われちゃった。
じつは私、少し驚いてる。
魔族にとって、勇者はブルトーギュの放った殺戮兵器ってイメージがこびりついてそうで、正直ちょっと不安だったから。
だから正直、ちょっと緊張してたりしたんだ。
「さて、詳しい話はリアから聞いておる。東の果て、スティージュとの協力は、ワシとしても望むところ」
けど、セイタム王もこの場の人たちも、私が勇者だってことには触れないまま、話は対タルトゥスの方向へ。
「そこでだ、そなたたちにはコルキューテとスティージュの橋渡し役となってもらいたい」
「わ、私たちがですか……?」
なんで?
そういうのって、専用の外交官とか立ててすることじゃ……。
あ、そっか。
ジョアナがそんな感じか。
「トーカ、といったかな、そなたは」
「アタシっ!? ひゃいっ!」
いきなり名前呼ばれたトーカ、見事に声が裏返った。
メロちゃんが笑いそうなのを、プルプル震えながら必死にこらえてる。
がんばってね、笑ったら大変だよ。
「そなたの持つ勇贈玉【機兵】の能力を使えば、ここからスティージュまで三日で行けるのだろう。敵の裏をかくには十分すぎる速度だ」
たしかに速さは大事。
時間がかかればかかるほど、タルトゥスがルーゴルフの異変に気づくリスクが上がるもんね。
「そなたたちはスティージュへ向かい、我が国との協力を取り付けてほしい。もちろん、こちら側からも人員は出そう」
謁見の間を軽く見回して、セイタム王が人材を品定め。
「……ふむ。この場にいるのはみな、ルーゴルフにあやつられていた政務に欠かせぬ重臣ばかり。可能な限り秘密裏に進めたいでな、なにも知らぬ外交官を立てるのも避けたい。と、なれば……」
王様の目にとまったのは、なんと、というかやっぱりと言うべきか、この人だった。
「リア。ワシの名代として行ってくれるか」