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125 ペルネの嘘 後編




「本日のご公務もお疲れさまです」


「いえ、私の苦労など。サーブや文官のみなにくらべれば大したことはありません」


 一日中机にむかっておられるというのに、姫様は辛い様子をお見せにならない。

 立派な主君を誇らしく思うと同時に、潰れてしまわれないか心配にも思う。

 王族とはいえ、姫様も一人の人間なのだから。


「姫様、気分転換に外の空気でも吸いませんか? 今夜は月がとてもきれいです」


「……そう、ですね。イーリア、付いてきてくれますか?」


「よろこんで。あなたのお側にいることが、わたしの役目ですから」


「役目……。ええ、お役目ですものね」


 ……おや、姫様のお顔が少々曇ってしまわれた。

 なにかまずいことを言ってしまったのだろうか。



 姫様をお連れして、やってきたのは三階東側のテラス。

 野山が一望できる、城内でもとびきり眺めのいい場所だ。


「夜風が気持ちいいですね、イーリア」


 星明かりと月に照らされた姫様の横顔。

 風になびく金髪と、夜の光を写す青い瞳。

 きっとこの世の何よりも、尊く美しいものなのだろう。

 それが証拠に、我が胸の高鳴りが抑えられない。


「……イーリア? 聞いていますか?」


「し、失礼を。ええ、とても心地いい風です」


 見惚れてしまって返事を忘れるとは、不覚……。


「バルミラードはいいところですね。少々、お仕事が激務ですけれど、国民の方々も家臣団の皆さんも気のいい方たちばかりで」


「ええ、本当に。……国王と宰相さいしょうが少々アレですが」


「うふふっ、不敬ですよ?」


 とは言え、否定はされないのですね。

 二人で笑い合って、不意に姫様が真剣な表情に変わられる。


「……今日、スティージュからのお客様がいらっしゃったのでしたよね」


「聞き及んでおります。ギリウス殿と、その妹君であられる現スティージュ女王ストラ陛下。護衛の騎士団も総出で来ておられると」


「もう一人、いらっしゃったはずです」


「……ペルネ様の影武者をしていた方ですね」


 複雑な表情で、コクリとうなずかれた。

 姫様がスティージュに身を寄せるのを拒み続けた理由が、彼女の存在にあるのだとすれば、二人を会わせない方がいいかもしれないな。


「イーリア。あなたはなにがあろうとも、私を守り続けてくれますか? 私の騎士で、いてくれますか?」


「姫様、そのようなこと言うまでも……」


「怖い、のです……。だって私は、私は本当は……」


 青い瞳がうるみ、戸惑いの色に揺れる。

 胸元で両手を重ね、姫様は不安げにわたしを見上げられた。


「全てを知ってしまったら、きっとあなたは私を見放してしまう。それが怖い、どうしようもなく怖いのです……」


「姫様っ!」


 ……しまった、夜だというのについ大声を。

 廊下のむこうにまで響いてしまった気がするが、それはさておき。


「わたしの姫様に対する忠義は、なにがあろうと決して揺るぎません!」


「イーリア……」


 姫様の両手をにぎり、正面から彼女の瞳を見据えて、気持ちをはっきりと伝える。

 姫様の不安の根源がどこにあるのか、わたしには何もわからない。

 だがしかし、たとえどんな秘密があろうとも。


「あの日、初めてあなたにお仕えすると決まった時から、わたしの主君はあなた様ただお一人。この命とつるぎを捧げると誓ったお方はあなた様をおいて他にいないのです、ペルネ様」


「……はい、わかっています。あなたが『ペルネ』のことを、命を賭けて守り抜くと誓っている思いは、微塵みじんも疑っておりません。だからこそ、私は辛いのです……」


 ……むぅ、やはり姫様のお悩みがまるでわからない。

 なんなのだ、わたしが鈍感過ぎるのか?


「姫様、わたしは——」


「きゃっ!」


 その時、何者かの影がテラスに飛び込んできた。

 とっさに姫様を庇い、剣の柄に手をかけるが——。



 △▽△



「だからこそ、私は辛いのです……」


 ベル……。

 あなたの苦悩、私にはわかる気がします。

 あなたはきっと、ペルネとしてではなくベルとして、イーリアに守ってもらいたいのですね。

 イーリアが見ているのはどこまでも、あなたではなく、この私なのだから。


「ちょっとベル、あんま押さないで……。バランス崩れるから。このドレス重いんだから」


「ご、ごめんなさ……、きゃっ!」


「ちょわっ!」


 体をかたむけて、ストラさんの肩に体重を乗せすぎてしまいました。

 私とストラさん、二人そろってテラスの中へ。

 イーリアがとっさにベルを庇い、剣の柄に手をかけましたが。


「ひ、姫様……っ!?」


 私の顔を見て、困惑しつつも固まっています。

 そして、ベルが私に向ける視線。

 その視線に晒された瞬間、真実を話そうという私の決意はしぼんでしまいました。

 逃げてはダメと言いながら、逃げてしまったんです。


「いったた……。もう、ベルってば! 体重乗せすぎ見入りすぎ!」


「も、申し訳ございません、ストラ様。お怪我はありませんか……?」


「ストラさま? ……あ、あぁ、うん。平気、だいじょぶだけど……」


 ストラさん、私が正体を明かすと思っていたのでしょうね。

 女王に側仕えするメイドを演じ続ける私に、少々戸惑っている様子です。


「あなたは、ストラさん……あ、いや、ストラ陛下」


「お久しぶりね、イーリアさん。お元気そうで何よりです。……お姫様も、ね」


 ほこりを払いながら立ち上がったストラさん、私の意思を汲んでくれました。

 ストラさんに会釈する二人でしたが、その視線はすぐに私の方へ。


「では、そちらの姫様は、影武者の……」


「はい、ベルと申します。姫様、あの時はお守り出来ず申し訳ありませんでした」


 ペコリ、頭を下げてから、こっそりとベルを手招きします。

 彼女が目の前までやってくると、その耳元に口を寄せ、


「影武者の任、引き続きお願いします。乱が終わるまで秘密を守り、私として振舞い続けなさい」


 命令を下しました。

 小さくうなずいたベルは、少しだけ安心したような、そんな表情を浮かべて。


 ですが、所詮は一時の先延ばし。

 タルトゥス討伐を果たした時、今度こそ真実を明かさねばならない。


 イーリアと共にあることが彼女の望みなら、叶えてあげたい。

 しかし、イーリアは私に忠義を誓った騎士。

 彼女が『ペルネ』を護り続ける限り、ベルの想いは——。



 △▽△



「……はぁ」


「どしたー? ドラゴン討伐ゲーム面白くない? そのマスで聖剣ゲットだよ?」


「……いえ、面白いですよ。ついにキーアイテムが揃いましたね、ワクワクです!」


 さいころを振って、出た目の数だけ進みつつキーアイテムを集めていく、ドラゴン討伐ゲーム。

 やってみると楽しいモノですが、私の心の中にあるのは罪悪感。

 イーリアに嘘をつき続けることも、ベルに嘘を強要することも、全ては私の弱さゆえ。

 王族としての覚悟、まだまだ足りないのでしょうか。


「……もう遅いし、続きは明日にして寝ようか」


「そうしましょうか、少し疲れました」


 ストラさん、ベッドの上に広げてたボードを雑に引っぺがして、コマといっしょにテーブルの上へ置きました。

 進行状況、きちんと覚えてるのか心配になります。


「よし、今日も女王様がいっしょに眠ることを許可しちゃう。さあおいでー」


「おいでって、もう。こんなに広いベッドなのに、くっ付いて眠るんですか? ふふっ」


「なーにさー。あたしといっしょに寝るの嫌なの?」


「嫌なわけありません、大好きですっ」


 両手を広げたストラさんの胸に飛び込んで、そのままベッドに寝転びます。

 彼女といると、元気がもらえる。

 胸の中にぐるぐる渦巻く不安が、和らいでいく気がするんです。


 ……だけど、あの時。

 テラスに飛び込んできた私を見た時の、ベルの目。


「お願い、私からこの人を取らないで」


 まるで、そう言っているように見えて。

 私の弱い心が決意を鈍らせて、私はまた、嘘を重ねるんです。




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