124 ペルネの嘘 前編
馬車に揺られて、ゴトゴト、ゴトゴト。
スティージュを出発してから、もう五日くらいかな。
「思ってたより遠いんだね、バルミラード。すぐ近くだと思ってたよ」
「もうすぐですよ。今日のうちに到着だと、ギリウスもそう言っていました」
バルミラードから女王であるあたしに会いたいって書状が届いて、こうして私は遠路はるばるバルミラードへむかっている。
豪華な馬車の中で、大兄貴が率いる我がスティージュのせーきょーなる騎士団にしっかり守られて。
こんな護衛がついてると、堅苦しいし息が詰まるよね、仕方ないけど!
「あぁ、到着……してしまうのですね」
身分を考えれば当たり前だけど、ペルネも馬車の中であたしといっしょ。
相も変わらず世を忍ぶ、仮のメイド服姿でだけどね。
あたしとしては早く到着してほしいんだけど、お姫様ってば気が進まないみたい。
スティージュを出る時も、留守番を申し出たくらいだし。
政務が滞りますから、とかもっともらしいコト言っちゃってさ。
結局そのへん、レイドさんが全部やってくれることになったけど。
「ベルってば、そんなに本物のベルちゃんに会いたくない? 囮にしちゃって合わせる顔がない?」
「ストラさん容赦ないですね、そういうところ嫌いじゃありませんよ。……あの子がバルミラードに身を寄せていると聞いた時、私は安心しました。無事でいてくれてよかった、と。あの子に対して感謝こそすれ、気まずいだなんて思いません。あの子もきっと、そうだと思います」
「だったらあっちか。あの頭が悪……こほん、単純そうな女騎士さん。あの人に会いたくない、と」
「本当に容赦ないですね。……会いたくないわけではないんです。騙していたことを面と向かって謝りたい、ずっとそう思っています。あの時からずっと。……ですけど、あの方は今もベルのことを本物の私だと思っている。彼女だけじゃない、バルミラードの人たちもタルトゥスも、みんな」
そっか、正体明かすわけにはいかないんだ。
戦略にかかわる大事なことだもんね。
『王都で処刑されそうになったペルネ姫』がニセモノだったってタルトゥスたちにバレたら、こっちの正当性とか民衆からの支持とか、得られなくなっちゃうかもしれない。
「そして私はまた、嘘の上に嘘を重ねることになる。ベルを私だと思い込んで忠義を尽くすあの方に、主君として何もしてあげられない、何も言ってあげられない。労いも謝罪も、何一つ……」
「公表はダメでもさ、プライベートでこっそりってのは? いくらあの騎士さんがバカでも、口止めしとけば平気っしょ」
「……どう、なんでしょうか。イーリア、喋らずにいてくれるでしょうか……」
どんだけ信用されてないんだろ。
ちょっとかわいそうになってきたよ。
「……でも、わかりました。折を見て話してみます」
「がんばれ、お姫様」
「頑張ります、女王様」
ペルネの手をとって笑いかけながら、冗談めかして言ってみたら、微笑み返してくれた。
この子、ずーっと沈んだ顔してたから、笑ってくれて嬉しいかも。
お付きのメイドさんのメンタルケアも女王様のお仕事ですからね、たぶん。
「……あ、見えたよ! バルミラードのお城!」
馬車の進行方向、街道の先に大きなお城が見えた。
……いや、ホントに大きい。
デルティラードほどじゃないけど、スティージュの何倍も大きい。
スティージュのお城が小さすぎるってのは禁句ね。
△▽△
馬車が到着して、護衛をしてくれた騎士さんたちは詰め所の方へ。
残った大兄貴とペルネといっしょに、案内されたのはお城の奥、会談のために用意された会食用の部屋。
不必要なくらい長いテーブルに白いクロスが掛けられて、食器や紅茶のカップが並んでる。
「ギリウス団長、よくぞお越しくださいました」
入り口であたしたちを出迎えた、ちょっと額の広いおじさん。
大兄貴を知ってるみたいだけど、誰……?
「久しいな、サーブ副団長。……いや、今はこの国の騎士団長か」
「ええ、あなたと立場の上では対等ですよ」
がっちり握手を交わす二人。
誰だかさっぱりなあたしはぽつんとおいてけぼり。
「……ねえ、ベル。大兄貴の知り合いみたいだけど、あれ誰?」
「サーブですね。ギリウスの率いていた第三近衛騎士団の副団長です」
「おぉ、サーブさんね。名前は聞いたことあるよ」
バルミラードの騎士団長として、だけどね。
王国時代は一回も名前聞かなかった、申し訳ないけど。
「あいさつが遅れましたな。改めましてサーブです。遠路はるばるご足労いただき感謝します、女王陛下」
「えぇ、サーブ団長。有意義な会談にしましょう」
いちおう、余所行きの女王様モードで対応。
営業スマイルとか言葉遣いとか、いろいろうまく出来たかな。
「そちらのお付きの方は……。ペ、ペルネ様っ!?」
おっと、メイド姿のペルネを見てびっくりしてる。
一応、影武者ちゃんをお付きとして雇っていることを知らせてあるけど、そりゃ驚くのもムリはない。
なんたって姫様ご本人だもん。
「……あいや失礼、取り乱しました。あまりにも似ていらしたもので。あなたがペルネ様の影武者をつとめていたベル殿ですな」
「はい、今はストラ様付きのメイドをしております。サーブ様とはペルネ様として何度かお会いしたことがありますが、ベルとしては初対面ですね。改めまして、よろしくお願いします」
さっすがペルネ、完璧な対応だ。
ベルちゃんを演じきって、表情を崩さないままスラスラと嘘を並べ立てて、ペコリとお辞儀。
……ただ、ペルネの心情知ってるだけに、すごーい、とかのんきに思ってられないよ。
ムリだけはしないでね。
到着初日は、会食と情勢についての話し合いだけで終わった。
長期の滞在を予定しているし、急ぐことでもないんだけどね。
ただ、それでも終わった時には夜遅く、女王様はお疲れだ。
とっても眠いし、重いドレスのおかげで肩こった。
「ベル、疲れたー」
「もう少しの我慢ですから、あとすこしだけ女王様モードでいてくださいね」
いまだに馴れないんだよね、この立派なドレス。
ペルネといっしょに暗い廊下を歩きながら、めざすはやたらと豪華だった客間。
到着したら全力でダラダラしてやる。
「……に、しても。今日はベルちゃんに会えなかったね」
「お姫様はご多忙だそうですから。彼女に付いて守り続ける近衛の騎士様も同じく」
会食に出席してたのはサーブさんと、他に文官数人だけ。
みんな疲れた顔してたけど、大丈夫なのかこの国。
疲れてなさそうなのは大兄貴ともう一人。
となりを歩く、やけに穏やかな顔のメイドさん。
「……ねえ、ホッとしてる?」
「え——っ」
ズバリ、核心を突いてみた。
ペルネ、ビックリしたようにあたしの顔を見て、目を丸くしてる。
「ベルちゃんやイーリアに会わずにすんで、安心した? そんな顔してたから、さ」
「……鋭いですね。正直に言いますと、してるんだと思います。あの方やベルと向き合うのが怖い、そう思う自分もいて。情けない話ですけど」
「情けなくないよ。ベルの立場を考えれば、当たり前。会わないなら会わないに越したことないと思うよ」
辛い立場だよね、ホント。
こんな時はパーっと遊んで嫌な気分を吹き飛ばすに限る!
「よし、早く客間に帰ろう! ベル、今夜は寝かさないよ? ベッドの上でお楽しみといっちゃおう!」
「ふぇっ!? ス、ストラさんなに言って……っ!」
「なにって……。トランプとかボードゲームとか持ってきてあるから、ベッドの上で遊ぼうって話だけど?」
「えっ……、あっ、そ、そういうことでしたか……」
「……んん?」
真っ赤になって目を丸くしたかと思ったら、胸をほっと撫で下ろす百面相。
どうしたんだろ。
「ま、いっか。まずは何する? あたし的には勇者のドラゴン討伐ゲームとか——」
「姫様っ!」
静かな廊下に突然ひびいた、聞き覚えのある女の人の声。
あたしもびっくりだけど、ペルネはもっとビックリしてる。
どうやらペルネに向けた言葉じゃないみたいで、聞こえてきたのは廊下の先にあるバルコニーの辺り。
「……どうする? 行く?」
「……ここで逃げてはダメな気がします」
強いね、ペルネって。
うなずき合ってから廊下を進んで、そっとバルコニーを覗く。
そこにいたのは赤い髪の女騎士と、きらびやかなドレスを着た金髪のお姫様。
月の光と星明かりをバックに向かい合う二人の姿は、まるで絵画のようだった。