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123 決意




 ベアトは今、客間のベッドで静かに寝息を立てている。

 お医者さんによると、魔力を一度に大量に使ったことによる疲労が原因らしい。

 病気とかではなくって、ぐっすり寝てれば明日には治るそうだ。


「大したことなくて、なによりですね。ホッとしましたです」


「世界の終わりみたいな顔して駆けこんできたからな、キリエ。アタシもビビったぞ」


「あたいも気持ちは分かりますけどね……」


 この診断結果に、メロちゃんとトーカはすっかり安心してる。

 たしかにさ、ベアトは大量に魔力を使ったよ。

 戦闘中に何度も私にヒールをかけてくれたし、終わったあともメロちゃんにトーカ、ジョアナ、それからリアさんたち三人を治療してくれた。

 魔力疲労で倒れてもおかしくないと思う。

 だけど、私が気になってるのはあの時。


 ルーゴルフの【使役】を解いた時の、凄まじい魔力の奔流ほんりゅう

 ベアトの身に、なにか異変が起きたとしか思えない。


「……ねえ、ジョアナ。ちょっと部屋の外まで来て」


「あら、何かしら。ベアトちゃんを放って、お姉さんと浮気?」


「ばーか。大事な話があるんだって」


 冗談を笑い飛ばす心の余裕、今の私にはないよ?

 そもそも笑えないけどさ。


 ジョアナを連れ出して、部屋の外へ。

 廊下には誰もいないし、こそこそ話にはちょうどいいや。


「実は、さ。ルーゴルフと戦ってる時にこんなことがあって……」


 ベアトが【使役】を打ち破ったこと、大幅に魔力が上昇してること、それからどうやっても開けられなかった小箱を簡単に開けてしまったこと。

 小箱はポケットから出した実物を見せて、細かく説明する。

 ……ポーチが無いと不便だな。

 あとで千切れたヒモ、トーカに修理を頼んどこう。


「……そう、そうなのね」


 話を聞き終えたジョアナは、本気で深刻そうな表情を浮かべてる。

 コイツがそんな顔してると、私まで不安になってくるんだけど。

 ベアト、大丈夫なんだよね?


「まず、エンピレオ教団の刻印が記されたその小箱、強烈な封印術が施されていたみたい」


「封印術か、納得。どうりで力づくじゃ開けられないわけだ」


「しかもそれ、ただの封印じゃないのよね。エンピレオに選ばれた聖女の魔力にのみ反応して開かれる、特別な封印よ」


「……聖女に?」


 つまり、箱のカギはこの世でただ一人、リーチェにしか開けられない。

 それをベアトが開けられたってことは。


「おそらくベアトちゃんは、聖女の資格を有している。眠っていた力が目覚めた……、いえ、目覚めてしまった、と言うべきかしら」


「目覚めてしまった……って、なにさ、その言い方。まるで悪いことみたいじゃん……」


「……代々聖女をつとめてきたティナリー一族。直系の血筋は必ず女性で、聖女をつとめた者は必ず短命なの。個人差はあるけれど、子を産む頃に必ずその命を落とす。ベアトちゃんの母親がそうだったように、ね」


「短、命……?」


 ちょっと待って。

 なに言ってるの、ジョアナ。


「あの子は今、16歳ね。ベアトちゃんが本当に聖女としてカミに選ばれたのなら……、あと十年も生きられないわ」


「なん、だよ、それ……」


 ベアトが、長くは生きられない?

 ふざけんなよ、なんでだよ。

 なんであの子が死ななきゃいけないんだよ。


「そもそも聖女ってなんなんだよ……。単にパラディの最高指導者の肩書きじゃないの……?」


「聖女というのは、エンピレオ神の魔力と同調し、神の言葉を人の言葉へと変換して神託者に送り届ける者。神託者とエンピレオ神を繋ぐ者よ。変換、及び発信はカミが行うから、聖女はただ存在するだけでいい」


 そんなことのために……?

 そんなどうでもいいことのために、ベアトは命を削られるの……?


「短命な理由は憶測でしかないけれど、異質な魔力に晒され続けるせいなのでしょうね」


「……死なない方法、なにかないの?」


「残念ながら、なにも……。ただ、もちろんリーチェも聖女の資格を持っている。一度に二人の聖女が現れた、なんて聞いたことないわ。気休めかもしれないけど、もしかしたら負担が減って……。ただ、その時になってみないとわからないわね……」


「その時って……、十年待って、ベアトが死ぬかどうか確かめろってこと!? 死ななかったらラッキーって、じゃあもし死んだら!?」


「諦めなさい」


「諦められるわけないでしょ!? 私が、ベアトのことを諦められるわけ……っ」


「あの子はカミサマに選ばれたの。選ばれたから、連れていかれるの。納得しなさい」


 ……納得できない。

 全然納得できないよ。

 いくらジョアナの言葉でも。


「……なんで、ベアトを生け贄に欲しがっておいて、その上どうして……っ」


「違うわ、キリエちゃん。エンピレオ神は生け贄を欲しがってなんていない。そういうカミサマじゃないの」


 ジョアナがまたなにか言い出したけど、もうわけわかんない。

 頭になんて、入ってこないよ。


「生け贄っていうのは、パラディ側が考えた方便、建前でしかないわ。彼らがベアトちゃんの身柄をねらう理由は他にある。きっとベアトちゃんの力に関係する、なにかが」


 ……どいつもこいつも、私とベアトの邪魔をする。

 パラディも、エンピレオも。


「……ベアトのとこ、戻る」


「待ちなさい、話はまだ終わって——」


「もういいよ。聞きたくない……」


 ジョアナには悪いけど、今はただ、ベアトの顔が見たいんだ。

 静止の声をふりきって、ドアノブに手をかけ、部屋の中へ入る。

 メロちゃんとトーカが私の方をむいて、


「おう、お帰り。……少しもめてたみたいだけど、なんかあったか?」


「あたいらでよければ、相談に乗るですよ?」


 心配そうにしてくれたけど、ごめん。

 そんな優しさを受け取る余裕もないんだ。


「……悪いけど、今はベアトと二人にさせて」


 二人は顔を見合わせて、部屋から出ていってくれた。

 二人だけになった部屋で、ベッドの側に座って、静かに寝息を立てるベアトのほほにそっと触れる。


「あったかい……」


 熱っぽい体調のせいもあるんだろうけど、普段からわりと体温高いんだよね。

 生きてるって感じられて、安心する。


 復讐を終えたら、ベアトと二人でスティージュに小さな家を立てて、ゆっくり過ごしたかった。

 おばあちゃんになって死ぬまで、私が玉にされるまで、二人で。

 そんなささやかな願いも許されないのかよ。

 死んだら玉にしてくれるようなふざけたカミサマが、さらにふざけたことやりやがって。


 勇贈玉ギフトスフィアの真実を知った時は、いまいち決心がつかなかった。

 だけど、今は違う。

 自分のためじゃ踏ん切りつかなくても、ベアトのためならなんだって出来るんだ。

 エンピレオがいなくなれば、この子は聖女じゃなくなるはず。


 カミ殺し、上等だよ。

 たとえ世界を敵に回したとしても、私はもう迷わない。



 ●●●



「……もう少し、利用してあげたかったんだけどねぇ」


 信頼を得るためには、ホントのことを伝えなきゃいけない。

 私なら聖女のことは知ってて当然だものね、話さなければ不自然よ。

 パラディにも彼女たちの協力者はいるし、そもそもベアトちゃんがいるからウソをついても簡単にバレちゃうし。

 ジョアナお姉さんとしての役目を果たした結果、こうなっちゃった。


 『三夜越え』のルーゴルフを撃破。

 それだけでもう手に負えない強さになりかけてるんだけど、その上キリエちゃんってば、『あの子』を殺そうだなんて考え始めてる。

 キリエちゃんに出来るとは思えないけど、危険な芽は摘んでおかないと。


「しかたない。仇を討たせてあげようと思ったけど、ここまでみたいね」


 【治癒】の勇贈玉ギフトスフィアも正体も隠したまま、戦いの末に首を斬られて殺されたフリ、みたいなシナリオを描いてたんだけどね。

 カミ殺しだなんて、そんなのダメダメ。

 私自ら、始末するしかなさそうね。


 ……ただ、みんなの信頼はとっても大切。

 『あの子』のために、新しく誕生する勇者ともども末永く利用させてもらわなきゃいけないから、キリエちゃんを始末するタイミングは慎重に選ばなきゃ。


「……ふふっ、決まりだわ。最後の仇、神託者ジュダスと対面する時、キリエちゃんはどんな顔をするのかしら」


 想像しただけでゾクゾクしちゃう。

 とーっても楽しみね。

 うふふっ。




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