122 比翼の鳥
ルーゴルフが口を割って、タルトゥスたちの悪事は正式に明らかとなった。
リアさんたちはさっそく、正気にもどったセイタム王に全てを報告。
実の息子で、後継者でもあるタルトゥスの謀反、王様にはやっぱりショックだったらしくって、私たちの謁見はまた後日。
けど、さすがは一国を長年治めてるだけあって、ただショックを受けて悲しんでるだけじゃない。
おなじくあやつられてた重臣たちをあつめて現状の確認。
それから第二皇子をはじめとした息子、娘たちと後継者問題を話し合ったりと、いろいろと動いてくれているみたいだ。
そのへんは、私にはあんまり関係ない話なんだけど。
そして私たちは、国の危機を救った恩人として、お城に泊めてもらってる。
中庭や壊れたお城の修理代を請求される、なんてこともなさそうで一安心だ。
【使役】の勇贈玉は、ひとまず私が持っている。
相当な危険物だし、どこかの国に預けるにしても慎重に決めたいよね。
パラディに返す選択肢は始めからナシ。
あっという間に時間は過ぎて、夕暮れ時。
与えられた客室で、私はいま、ぼんやりと窓の外をながめている。
この部屋、広いといえば広いしベッドも大きい。
けど、やっぱり美術品は置いてなくって家具も地味。
どこか質素な感じだった。
「……っ!!」
「やったです、完成ですね!」
テーブルの上に工具とか広げて、こそこそ作業をしてたベアトとメロちゃんが、二人で手を取り合って喜んでる。
ここ最近ずっと作ってたモノが、ようやく完成したみたい。
なんでメロちゃん普通にいるんだろう、私とベアトの部屋なのに。
ちなみに、私が窓の外を見てた理由がコレ。
作業の様子、私に見てほしくないみたいなんだよね。
「あとは渡すだけです! こういうのはロマンチックなシチュエーションが必須ですから、がんばって誘い出すのです!」
「……っ!」
なにかをポケットに突っ込んで、ベアトが立ちあがった。
両手を胸の前でグッとして、気合を入れながら。
それから羊皮紙にサラサラとペンを走らせて、私のところにてくてく歩いてきて、
『おしろのおくじょうに、ゆうひを見にいきませんか?』
って書かれた紙を、私の前で両手で広げた。
目をぎゅっと閉じて、顔を赤くしながら。
「……いいよ、ヒマしてたし」
「……っ!」
とたんに、花が咲いたみたいにパァーっと明るい笑顔に変わる。
なんだろう、なにを渡されるのかな、私。
ガラにもなくドキドキしてきたぞ。
○○○
西側に広がる荒野に、夕日が沈んでいく。
さえぎるモノのない乾いた大地を吹きわたる風。
屋上にいるとダイレクトでそれを浴びて、春なのに少し肌寒い。
「風、ちょっと強いね。転ばないように気をつけて」
「……っ」
景色を見まわすのはやめにして、ベアトと向かい合う。
この子、ポケットから取り出したなにかを手でつつんでもじもじしてるけど、渡すなら早くして。
私まで緊張してくるからさ……。
「……っ、……、……っ」
手を出してひっこめて、それからふるふる首を振る。
「…………っ!!」
少しためらったあと、意を決したように手を差し出して、指をそっと開いた。
「……これは、髪飾り?」
「……っ」
手のひらの上にあったのは、翼の髪飾り。
クレアが私に作ってくれた、今はベアトに着けてもらってるモノと、ほぼ同じデザインだ。
ほぼ、であって、違うところはある。
クレアの髪飾りの翼は左向きだけど、こっちは右向きと左右対称。
そしてもう一つ、翼の付け根に小さな玉をはめ込むための台座がついてるんだ。
たぶん、勇贈玉をはめ込むための穴だと思う。
「ベアト、これを作ってたんだ」
「……、っ」
こくん、元気よくうなずくベアト。
夕暮れの風がむすんだ髪をゆらゆら揺らす。
「クレアが作ってくれた髪飾りとお揃いなんだね。向きが逆なのはどうして?」
「……。…………」
「ベアト?」
固まっちゃったよ、まずい質問だったのかな。
……うわ、湯気が出そうなくらい真っ赤になってる。
よし、話題を変えよう。
「この穴、勇贈玉をはめ込む用の穴だよね。このために作ってくれたの?」
「……っ」
『みにつけてもちはこべるように、つくりました。トーカさんのくびかざりみたいにりっぱなものはつくれませんけど、キリエさんがみにつけるものだから、わたしがつくりたかったんです』
そういえばコレを作り始めたのって、パラディに行ってた頃からだっけ。
そっか、私のために作ってくれたんだ。
『はめこんでみてください。トーカさんにもてつだってもらったので、だいじょうぶだとおもいますけど、あわなかったらつくりなおしますから』
そうだね、たしかめなきゃいけないよね。
差し出された髪飾りを受け取って、ポケットから【水神】の玉を取り出す。
翼の付け根部分についたへこみにあてがって、軽く押し込んでみると、パチンと音を立ててピッタリハマった。
軽く振ってみて、ちゃんとくっ付いてるか確認。
「うん、大丈夫」
あとは前髪をとめるだけ、だけど……。
「……ね、着けてくれる?」
「っ! ……っ!」
鏡がない場所じゃ、うまく着けられないだろうし。
ベアトにお願いしてみると、少しビックリしたあと、コクコクとうなずく。
髪飾りを受け取って、馴れた手つきで私の前髪をとめてくれた。
「……どうかな、似合ってる?」
「……っ!」
『にあってます! クレアさんのとおんなじデザインですし、にあわないはずないです! なんだかなつかしいかんじもします』
「あー、言われてみれば。ベアトと会ってしばらくは、ずっと着けてたもんね」
むしろこの子にとっては無い方が変な感じだったかも。
作ってくれた理由に、それも入ってるのかな。
どんな理由でも、ベアトが私のために手作りしてくれたってのが、とっても嬉しい。
「ありがとう、ベアト。大事にするね」
「……っ!? …………っ」
あれ?
今ベアト、すっごくビックリしてる。
まぁるい瞳をさらにまんまるにして、口元を手でおさえて、私の顔をじーっと見てる。
「……、……っ」
「どうかした? もしかして、やっぱり似合ってなかったとか……」
「……っ」
ぶんぶん首を左右にふってから、スラスラとペンを走らせて。
『キリエさん、ほんのちょっとだけ、わらったようにみえました』
「……笑ったの? 私が? 見間違いじゃない?」
『じゃない……とおもいます。ほんのちょっと、くちもとがゆるんだんです』
そう、なんだ。
自覚は全然ないんだけど、ベアトがこんなに嬉しそうに笑ってるんだもん。
きっと本当なんだろうな。
もしかしたら自然に笑えるようになってるのかも、とか思って、意識して笑顔を作ってみる。
「……っ!?」
『どこかいたかったりしますか? わたし、ヒールしっぱいしてました?』
「……なんでもない、忘れて」
ものすごい心配されたんだけど、どんな顔になってたんだ、私。
やっぱりまだまだ笑えないみたい。
あー、恥ずかしくて変な汗が出てきた。
完全に日が沈んだし風も強いし、体冷えて風邪ひきそう。
鏡できちんと髪飾りのチェックしたいし、もう早く部屋に戻ろう。
「部屋、戻ろうか」
「……っ」
ベアトが私のとなりに来て、顔を赤くしながらそっと手をつないできた。
やわらかくて細い指が私の指と絡み合って、さっきまでとは違う恥ずかしさがこみ上げてくる。
「いこう、ベアト」
「……っ。…………っ!?」
私が一歩踏み出したその時。
ベアトの足がもつれて、体がぐらりと傾いた。
「ベアトっ!?」
その場に倒れ込みそうになったところを、手を引いて抱きとめる。
腕の中のベアトは熱っぽくて、荒い息を吐きながらぐったりとしてて、呼びかけても返事がない。
「ベアト、しっかりして、ベアトっ!!」
○○○
私のつけたクレアさんの髪飾りと、キリエさんにプレゼントする髪飾りの向きが反対な理由。
キリエさんに面とむかって聞かれてしまって、私は答えられませんでした。
かたっぽの翼だけじゃ、鳥は飛べませんよね。
私はきっと、かたっぽしか翼を持っていないんです。
私にとって、キリエさんは飛ぶために必要な、もう一つの翼なんです。
キリエさんにとっても、私がそうだったらいいな、なんて。
そう思って、正反対な翼の髪飾りにしたんですよ。
言えませんよね、こんなの。
ほとんど告白じゃないですか。
だからこれは、私の胸の中にしまっておきます。
いつか、言えたらいいな。