12 幕間 王の怒り・とある騎士の一日
「なぜ呼び出されたか分かるな?」
ブルトーギュ王の御前に呼び出されたのは、カロンに従って村の焼き討ちに参加した兵士の生き残り五名。
彼らはみな、全身から汗をふき出し、小刻みに震えていた。
「は、はっ! カロン将軍の件で、ございましょうか!」
「いかにも、カロンの件だ」
一人の兵士が勇気を振り絞って発言をした。
王に肯定され、少しだけ表情が緩むが、
「お前らはなぜ、カロンに従って村から戻った? なぜ勇者の死を確認しなかった?」
殺意に満ちた形相でにらまれ、すぐに悟る。
自分の人生が、今日で終わることを。
「勇者の殺害は、余が直接下した命令。カロンの言いなりとなって、その命令を軽んじた貴様らは、余に、ひいては我が国に歯向かったも同然」
「ち、違うのです、王よ! 聞いてくだ」
「口応えは許さぬ」
王の体が玉座から消え、次の瞬間。
「ぎゃぴっ!?」
その兵士の胴体は、彼の振るった二メートルの大剣によって両断されていた。
「使えない道具は必要ない」
「ひ、ひああぁぁあぁぁぁ、あぎゃっ」
「た、助けぐげっ」
次々と斬り殺され、血と内臓をブチ撒けていく兵士たち。
五秒もたたないうちに、彼らは全員ただの肉の塊と化した。
「……大臣」
この惨殺処刑を、顔色一つ変えずに見守っていた大臣グスタフ。
王に呼ばれたことで、その表情が初めてこわばる。
「はっ!」
「草の根分けてでも勇者キリエを見つけ出せ。あらゆる手段をもって殺せ。その首を我が前に捧げよ。よいな」
「承知いたしました」
△▽△
朝六時、日が昇って間もない時間から、このわたし、イーリア・ユリシーズの一日は始まる。
まずは素振り。
一日も欠かしたことのない鍛錬だ。
全てはあのお方のために、あのお方にふさわしい騎士になるために。
あのお方の騎士になるために、わたしは十八年の人生を歩んで来たと、心からそう思う。
汗を流したら食事。
肉と野菜のバランスを考えたメニューを持ってくるように、メイドには言いつけてある。
食事も全ては体作りのため、いざという時あの方のお役に立つためだ。
そして、朝八時。
わたしはいつものように、少しだけ胸を躍らせて、あのお方のお部屋へとおもむく。
城の東側、陽が昇る方角へ。
「ペルネ様はお目覚めか」
部屋の前、待機しているメイドに問いかける。
彼女たちも、あの方の世話を任される侍女の中の精鋭たち。
わたしを前にしても堂々とした態度だ。
「一時間ほど前にご起床され、朝食もお済みにございます」
「そうか。入っても?」
「どうぞ。ペルネ様、イーリア様がおいでです」
『……お入りになって』
あの方の声が、扉の向こうから聞こえてきた。
メイドが扉を開き、陽光が差し込む部屋へと足を踏み入れた。
「相も変わらず時間ぴったりですね。本当に生真面目な人」
そして、彼女は。
我が主、第二王女ペルネ・ペルトラント・デルティラード様は、わたしに微笑んでくれた。
「職務を忠実にこなす、それがあなたに剣を捧げた近衛騎士である、このわたしの役目ですので」
「少々肩ひじを張りすぎではなくて? いつもそんな調子では、疲れてしまいますでしょう」
昇る陽の光に金の御髪を輝かせて、青い瞳をわたしに向けてねぎらってくださる。
それだけで、わたしの苦労は報われるのです、とはとても言えず。
「……ところでイーリア。聞きましたか? カロン将軍が暗殺された、と」
「はい、確か三日前の出来事でしたか。城中にウワサが流れております」
姫様の笑顔が、曇ってしまわれた。
カロン少将の暗殺は、反体制派の仕業だとウワサされている。
なぜ彼らは、王国に歯向かおうとするのか。
王に攻め滅ぼされた諸国の残党が、いまだに恨みをもって活動しているらしいが、復讐など、なにも生み出さないというのに。
ただ、さらなる破壊と死と混沌をもたらすだけだというのに。
「イーリア? また難しいことを考えてたでしょう。眉間にしわがよってますよ?」
「あ、こ、これはお見苦しいところをっ」
まゆ毛の間を、つん、とつつかれてしまった。
それから、わたしの赤い髪を一撫で。
恐れ多いことだが、姫様のなさることに口出しするわけにもいかない。
「あなたは少し、真面目すぎるのです。それと、少し考え方が固い。自分ばかり正しいと思っていても、人はついてきませんよ?」
「……はっ、肝に銘じます」
そんなにカタブツだろうか、わたしは。
「さて、公務までは少し時間があります。すこし城内を、散歩して回りませんか?」
「では、お付き合いします」
ペルネ様のお散歩を、全力で警護する。
それがわたしの今日最初の任務になりそうだ。
お城の廊下を歩くペルネ様の、半歩後ろを歩く。
第一から第十三までいる王子たちは、王の血を受け継いで血の気が多い。
王女様方も第一王女様と、第三から第十七王女様まで、それほど性格はよろしくない方ばかり。
しかしこのお方は、十三歳という年齢ながら聡明にして心優しく、お父上の所業にも日頃から心を痛めている。
わたしは、そんな姫様に心酔し、この剣を捧げたのだ。
「あら、ギリウス様」
白銀の騎士鎧を着た、大柄の騎士殿がのっしのっしと歩いてきた。
姫様のあいさつに、ギリウス殿は彼女の前でひざを屈し、深く頭を下げる。
「姫様、ご機嫌うるわしゅう……」
「あなたも、無事なようで良かった」
「……無事、と申しますと?」
「カロン将軍暗殺の犯人、取り逃がしたと聞いています。お父様にひどい責めを負わされてはいないかと、心配でした」
「お気づかい、痛み入ります。ですがご覧の通り。私は五体満足です」
「本当に、ほっとしました」
ギリウス殿は優秀な騎士だ。
その力も、王国で一、二を争うと言われている。
王も小さなことで彼を処分したりはしないと、姫様には伝えたのだけれど、それでもこの人は心配だったらしい。
本当にお優しいお方だ。
「あ、いいことを考えました。ギリウス、イーリアに剣技の手ほどきをお願い出来るかしら」
「ひ、姫様!? 突然なにを……」
「いいから、これはあなたのためにもなることでしょう?」
なることでしょう、と言われましても。
ギリウス殿だって、そんな暇ではないでしょうに。
「いいでしょう」
いいんですか。
なんとお暇でしたか。
「では、修練場に行きましょう。二人の剣技を見られるなんて、とても楽しみです」
上機嫌の姫様の後について、わたしとギリウス殿が続く。
姫様、このご気性で武芸にも興味がおありなのだから、さすがはあの王の娘です。
「ギリウス殿、どうかお手柔らかにお願いします」
「やるからには、全力を尽くす。覚悟しろ」
覚悟、しなければなりませんか。
「と、ところでギリウス殿。先のカロン将軍暗殺の件なのですが……」
「あぁ、面白い話は聞けんぞ。ただすばしっこくて逃げられたってだけだからな」
「いえ、そうではなく。わたしには理解できないんです。なぜ彼らは命をかけて、王国に歯向かうのか」
この偉大な先輩騎士殿なら、何か答えてくれるかもしれない。
どうしても理解できない、わたしの疑問について。
「……さあな。ただ、譲れないものがある。それだけじゃないか?」
「譲れないもの……?」
「たとえば、復讐……とかな」
復讐。
そう口にしたギリウス殿の表情は、どこか遠くを見ているようで。
「あの——」
「ちょっと、お二人とも。難しいお話をしていますのね」
「あぁ、すみません。姫様の前でこのような話!」
そう、今は姫様の御前。
このお方に全てを捧げることこそ、わたしの生きる理由。
そしてとりあえず今すべきことは、王国最強の騎士を相手にケガをしないで終わるだろうか、という心配だ。