119 生まれついての『三夜越え』
「生まれついての『三夜越え』……?」
なんだそれ、そんなことあり得るのか?
「『三夜越え』の能力強化は遺伝するんだよ……。キマイラを生み出した、僕の爺さんからの遺伝さぁ……」
「生み出した……ってことは、あんたの爺さん、例の魔術師なんだ」
「そうさぁ……、爺さんは天才だった。親父は凡人だったんだけどな……、隔世遺伝ってヤツさ。っつってもわかんねぇか、凡人には……」
うん、わかんないけどさ。
お前の人をバカにした感じのやれやれな態度は殺したくなるくらい腹立つよ?
「凡人はなぁ、自分の持ってないモノを持ってるヤツを、よってたかって排除しようとするんだよなぁ……。異質だからってよぉ……」
「は? なに、突然。自分語りでもしたいの?」
けど、無駄話してくれるんならちょうどいいか。
その間に倒す方法考えてやろう。
はるか格上の相手を倒すには、長期戦じゃダメ。
一気にケリをつけないといけないよね。
「僕はさぁ……、爺さんの顔すら見たことねぇんだ……。当たり前だよなぁ、親父が生まれる前に勇者に殺されたんだもんなぁ……」
マグマをこっそり飛ばして、死角からぶつけるのはどうだろうか。
足下を噴火させて焼き尽くす方法は?
「親父も爺さんのことを周りに隠してよぉ……。大悪党の息子って知られたくなかったんだろうなぁ……。おふくろにもナイショでさぁ、僕だけに話してくれたんだよ……」
ダメだ、私の手のうちは全部バレてるんだ。
反応速度も人間離れどころか魔族離れレベルだし、絶対当たらない。
「生まれつきなんでもできてさぁ……、自分でも不思議だったんだよ……。ちょっと本気を出すだけで、まわりのヤツらは僕の足下にもおよばない……。けどよぉ……、僕が本気を出すと、誰も彼も嫌な顔をすんだよなぁ……。空気読めよって感じでよォ……」
真正面からやり合って勝てる相手じゃないってことは、嫌というほどわかってるし……。
さて、どうしたもんか。
「理由を知ってスッキリしたさ……。僕は凡人とは違う、天才なんだってわかったからなぁ……。だけどよぉ、天才やってるとまわりのヤツらが排除しようとしてくるんだ……。無駄に敵を作るのさ……」
……いつまで続くんだ、これ。
うっとうしいな。
そんなに自分が好きなのか、コイツ。
「爺さんのことは誇らしかったけどよぉ……、自分の才能がうっとうしくなったんだよ……。もうなにもかも面倒になってなぁ……、本気を出すのはやめてぐーたらしてやろうって決めたんだ……」
お前の才能はどうでもいいけど、お前の存在そのものがうっとうしいよ、私としては。
敵に自分の身の上話をペラペラと、どんだけ自分が好きなんだ。
「……はぁ、退屈な無駄話ごくろうさん。半分聞き流してたけど、これだけはわかった。さっきベアトに【使役】をやぶられて、あんだけうろたえてた理由が」
「ぁあん?」
「アンタ、プライドのかたまりでしょ。人を見下して、誰よりも自分が優れてるってカン違いしてる。だからベアトのことも見下して、そんな相手に自分の魔力を上回られたからプライドが傷ついたわけだ。やっすい男だね、ホントに」
「ぁんだと、凡人が……。もう一度言ってみろよ、あぁ……!?」
お、怒ってる怒ってる。
これ、いいかもしんないな。
挑発して冷静さを失わせる、そうすればスキが生まれるかも。
「何度でも言ってやるよ。お前は自分を特別だと思ってるだけの、イタいカン違い野郎だって」
「んだとコラァ!!」
おぉ、キレたキレた。
ものすごい勢いで私にむかってつっこんでくる。
レヴィアの高速突進よりはおそいけどね。
神鷹眼を発動して、しっかりと動きを見切り、限界ギリギリのタイミングで横っ飛び。
ドゴォォッ!!
振り下ろされた棒の衝撃で、お城の壁が砕けたんだけど。
アレをモロに喰らったら、体が弾け飛びそうだな……。
(今っ!)
この瞬間、このタイミング。
棒を振り下ろした一瞬の硬直、そのスキをついて、剣の先っぽで体のどこかに触れる。
コイツを倒すにはそれしかない。
着地しながら腕をのばして、ルーゴルフの二の腕めがけて剣を突き出す。
(届け……っ!!)
だいじょうぶ、この距離なら確実に触れられる。
もう少しで、私の腕がのびきって、切っ先が触れ——。
「見えてんだよ……」
触れられなかった。
触れそうで触れないその一瞬、ルーゴルフの姿が消えて。
バギャッ……!
「ごぽっ……」
お腹に横ぶりの棒がめり込んで、口から大量の血が飛び出した。
コイツ、あの状態から体勢を沈めて、反撃してきたってのかよ。
あまりの痛さに意識が遠のいて、ダメ、もう立ってらんない……。
「まだ寝かせねぇぞ……、ぉい……」
ガシっ、と髪の毛をつかまれて、むりやり立たされた。
女の子の髪になんてことしやがるんだ、このクソ野郎が……。
「僕を、この僕をコケにしやがってよぉ……! 凡人がっ! 天に選ばれたこの僕をさぁぁっ!!!」
ドボっ、ズドっ、ドスっ!
「が……っ、かは……、こふっ……」
何度も何度も腹にパンチを入れられて、そのたびにうめき声と血が口から勝手に飛び出す。
やっと髪の毛から手を離したと思ったら、倒れた私の右腕を、
ボキィ……!!
「っあ゛あああぁ゛ぁぁぁぁ゛あぁあぁ!!」
思いっきり踏みつけた。
骨、へし折れたっていうか、粉々にくだけたよ間違いなく。
変な方向に曲がってるもん。
痛すぎて気絶すらできない。
気持ち悪い、吐きそう。
「ただでは殺さねぇぞ……。泣いて謝るまでいたぶり続けてやる……。早く殺してって言わせてやるよ……」
ダメ、あきらめるな。
心まで折れちゃダメだ。
ありったけの殺意を込めて、クソ野郎をにらみつける。
なんとかチャンスを見つけて、絶対に殺してやる……!
「……ぁんだぁ、その目はよぉっ!!!」
○○○
「ベアトお姉さん、ダメです! 行っちゃダメですってば!」
「……っ、……っ!!」
離してください、はやく治癒魔法をかけないと!
「……っ!!」
何度もお腹を蹴られて血を吐くキリエさん。
傷だらけなあの人の姿に、私の目から自然と涙がこぼれてきました。
「気持ちはわかるですよ、わかりますけど……」
たしかに私が行っても、なにもできないかもしれません。
けど、このまま黙って見てるなんて……。
どうしよう、このままじゃキリエさんが、キリエさんが死んじゃう……。
キリエさんからあずかったポーチを、おもわずぎゅっと抱きしめます。
「こ、こうなったらあたいが援護するです! やってやりますですよ……!」
「……?」
ポーチの中に、勇贈玉が入った小箱が見えました。
キリエさんが時々がんばって開けようとして、それでも開けれなかったのを知ってます。
その小箱から、なんだか変な感じがしました。
ごそごそ、中から取り出して、小箱を手のひらに乗せます。
獅子の刻印、エンピレオ教団のシンボルが彫られた小箱。
キリエさんに開けられなかったモノが、私に開けられるはずないのに。
今の私なら開けられて当然って、不思議な確信があるんです。
「……っ」
フタに指をそえて、魔力をそそぎます。
カチって音がして、小箱がひとりでにひらきました。
「……っ!」
中におさめられていたのは、青い小さな玉。
どうして開けられたのか、なんて考えてる時間はありません。
なんとかしてキリエさんに届ければ、もしかしたら。
だけど、どうやって届ければいいのでしょうか。
ルーゴルフに気付かれて、奪われてしまったら、勝ち目は完全に消えてしまいます。
「ロックラッシュ、準備完了です……っ!」
私が箱を開けてる間に、メロさんはたくさんの石を作って浮かべてました。
足も腕もふるえてるのに、怖いのをがまんしてがんばってます。
……そうだ、石です。
木を隠すなら森の中、です!
「あたいだって、やる時はやるんです……。フレジェンタの仇、この手で討つつもりで——」
「……っ!」
「わひゃっ! な、なんですかベアトお姉さん! いきなり肩をツンツンして……、その手に持ってるの、もしかして?」
「……っ」
コクリ、うなずきます。
メロさんの力で、キリエさんにこれを渡すんです!