117 あなたのところに
まっくらな中に、ぷかぷか浮かぶ私。
右も左も、前も後ろもわかりません。
自分がなにをしていたのかも、思い出せません。
——……トっ!
キリエさん、とっても大切な人。
なんにもないまっくらな世界で、あの人の声が聞こえた気がしました。
——……い、……って——……!
……間違えました、気のせいじゃないです。
あの人の声が、聞こえました。
あの人のところに戻らなきゃいけないことも、思い出しました。
だけど、頭の中にあるなにかが、私とキリエさんの間に入ってジャマをします。
ソレを取り除く方法、キリエさんが教えてくれました。
強い魔力をぶつければ、消えてくれるんですよね。
……は——アトが必要な——……!
はい、私もです。
私もキリエさん無しじゃいられません。
だから今、あなたのところに戻ります。
私の力は小さいから、体中からありったけの力をかき集めてぶつけなきゃいけません。
体の奥の奥からかき集めて、それでも足りない気がしたから、もっともっと、奥の奥のそのまた奥から。
カチッ。
心の一番奥底で、カギが外れたような音がしました。
そしたら、なんだか自分でもびっくりするくらい、とんでもない魔力があふれ出してきたんです。
同時に、頭に軽く痛みが走って、
縺溘∋縺溘>。
変な声が、聞こえた気がして。
だけど、痛みも声も一瞬で消えました。
わずかに残った疑問や戸惑いも、
——ベアトっ!!!
あの人が私を呼ぶ声にくらべたら、とってもちっぽけでどうでもいいモノですよね。
キリエさんに会いたい、その一心で、かき集めた全ての魔力を頭の中のもやもやにぶつけます。
ぱぁーっと、暗い世界が明るくなって……。
「……っ!」
気づいたら、私はお空の上。
正しくは、キマイラの背中の上でした。
そこから身を乗り出して、下を見ます。
「……っ」
いました、キリエさん。
こんな高いところまで、私を追いかけてきてくれたんですね。
とってもうれしいですけど、私のとこまで届かないみたいです。
だんだん失速して、もうすぐ落ちていってしまいそう。
だから私は。
「……っ!」
キリエさんにむかって、キマイラの背中から飛び下ります。
怖くはないですよ?
あの人が、必ず受け止めてくれるから。
○○○
キマイラの背中から、ベアトが飛び下りた。
目をぎゅっとつむって、なぜかほっぺまでふくらませてる。
素潜りするわけでもないのに、怖いのかな……。
あの表情の豊かさ、間違いない、あの子は自力で【使役】をはねのけたんだ。
「ぁりえないだろ……、はぁ、ダル……。ぉい、とっとと捕まえろ……」
ルーゴルフの命令で、飛び下りたベアトにむけて、キマイラが一直線に急降下していく。
「……これ以上、ベアトに触れるな!」
マグマのホーミング弾、まだ生きてんだよ。
まっすぐベアトに突っ込んでいく軌道上にマグマを呼んで、
「ッエエエェェェェェ!!」
「……チッ、やりやがる」
猛スピードの突進にあわせて、顔面にブチ当てた。
顔を焼かれて大きな口を開けたところで、マグマを口の中から体内に。
内臓をダイレクトに焼かれて墜落してくけど、キマイラなんてもうどうでもいい。
それよりベアトだ。
「ベアトっ!!」
「……っ!!」
ギュッと目を閉じてたベアトが、私の声でまぶたを上げて、キラキラした青い瞳に私を写した。
大きく手を広げて、私の胸に飛び込んで、その勢いで私たちはくるくる回りながら落ちていく。
「ベアト、元に戻ったの? もう操られてない?」
「……っ、……っ」
こくこく、うなずいて、それから私にぎゅーっと抱きついた。
私もベアトの腰に手をまわして、もう絶対に離れないように、離さないように、強く強く抱き寄せる。
「よかった、ベアト、連れてかれちゃうかと思った……。もう会えないかと思った……。ホントに、よかったよ……」
「……っ」
抱き合いながら、くるくる、くるくる。
これまでの疲れも、体の痛みも、ベアトと抱き合ってるだけで吹き飛んでいく。
……いや、これベアトがヒールかけてくれてるのか。
私の体光ってるし、メロちゃんのロックラッシュで出来たアザが消えてってるし。
さっきベアトが放ったすごい魔力は気になるけど、今は戦闘中。
それと、もうすぐ地上、中庭だ。
考えるのも質問もあと。
まずは無事に着地して、アイツをブッ殺す!
「衝撃にそなえて、私にしっかりつかまってて。舌、噛まないように気をつけてね」
「……っ!」
抱き合った状態から、お姫様だっこに姿勢を変更。
いっしょに落ちてきてるキマイラ、その死体の腹の中にあるマグマを操作して、私たちの下に移動させる。
コイツをクッションにして落下の衝撃を抑えなきゃ、両足が砕けかねないもんね。
ドゴォォォォォッ……!
キマイラの巨体が中庭に落下、砂煙がモクモクとまき上がった。
死体の方、落下の衝撃で骨とかいろいろ飛び出したひどい有り様だけど、その上に着地した私たちは無事。
堅身で固めてる両足がちょっと痛いくらいだけど、それもすぐベアトがヒールをかけてくれた。
なにも言ってないし、痛そうな顔も見せなかったはずなのに。
「ありがとう、ベアト」
「……っ」
お礼を言ったら、にっこり笑ってくれた。
死体の上から飛び下りて、ルーゴルフをにらみつけながら、壁際でぐったりしてるメロちゃんのところへ。
「ぁりえねぇだろ……。ぁいつなんなんだよ……。他のヤツらに魔力をまわしてなかったとしても、ぁんな魔力をぶつけられたら解けるだろ……」
あのゴミクズ、ものすごいショックを受けた表情でブツブツ言ってんな。
ま、襲ってこないなら好都合か。
「お、お姉さん、相変わらず無茶しすぎですよ……」
「メロちゃんだって、かなりの無茶だったよ、アレは。下手すりゃ一瞬で殺されてたのに」
「えへへ……、あたいとキリエお姉さん、やっぱり似てるかもですね……、けほっ!!」
「……っ!!」
せきこんだメロちゃんを見て、ベアトは大あわて。
私からぴょんと飛び下りて、急いでヒールをかけはじめた。
「……二人はそのまま、そこにいて。私はアイツをブチ殺してくる」
「……っ」
「あ、あたいも援護するです!」
「うん、ありがとう」
フレジェンタの恨み、たっぷり晴らしたいよね。
気持ちはわかるよ。
けど……。
「ただ、メロちゃん。ここぞって時にお願いね」
これまでの攻防で時々見せた、アイツのとんでもない力。
きっとルーゴルフは、今まで戦ったどの敵よりも強い。
メロちゃんの気持ちは否定しないけど、割りこむスキはきっと出来ないと思うんだ。
二人を置いて、まだブツブツ言ってるルーゴルフに近寄る。
ベアトのアレ、そんなにショックだったのか?
「つまりこの僕よりも……、あの女の魔力総量の方が上……? ぁりえねぇだろ……」
「おいゴミクズ。なにブツブツ言ってんだ。神様にお祈りでもしてんのか」
「ぁああ!? っせぇなぁ!! ぃまよぉ、僕は考え事をしてんだよ、見てわかんだろ……!?」
「わかるわけないしどうでもいい。そんなことよりさぁ、私、すっごく怒ってるんだよね」
堅身を解除して、練氣・月影脚を発動。
一瞬でルーゴルフの間合いに入って、ソードブレイカーを横になぎはらう。
全速力の奇襲だったけど、バック転で軽々とよけられた。
やっぱりコイツ、だるそうにしてるくせに強い。
けど、関係ないよね。
私からベアトを奪おうとしたコイツは、何があろうと絶対に生かしておかないから。