116 行かせない
ルーゴルフが新しくキマイラを召喚。
そいつに吸い寄せられるように、ベアトがふらふらと歩いていく。
「ベアトッ!! 行っちゃダメ、止まって!!」
止めに行こうとしたとたん、六体のドラゴキマイラが私に襲いかかってきた。
先頭の一体がぶっとい柱みたいな前足を、ごう、とうなりを上げて振り下ろす。
「無駄だって……。コイツは完全に【使役】の支配下……。お前なんかの声が、とどくわけないだろ……」
「ベアト、私がわからないの!? ベアトっ!!」
風圧を顔面にあびながら、横っ飛びで回避。
声の限りでベアトに呼びかけるけど、あの子はまったくの無反応。
ドゴォォォッ!!
キマイラの腕が地面を割ってへこませる。
アレに当たったら無事じゃすまないね。
当たってやんないけど。
「エェエェエッェエッ!」
「ウェェェェェンッ!!」
しっかしキマイラって、強化されても変わらず気味悪い鳴き声だな……。
まるで赤ん坊が泣きわめくみたいな声。
耳ざわりだけど、今は何よりベアトだ。
(あの子をなんとか、止めないと……!)
新しく呼ばれた方の普通のキマイラは、腹を地面につけるほど姿勢を低くしてベアトを待っている。
このままベアトをキマイラに乗せて、連れ去るつもりか。
「待って、ベアト! お願い、止まってッ!!」
ダメだ、止まってくれない。
キマイラたちも全力で邪魔してきやがる。
三体が同時に、竜と獅子の口から火炎と光線を吐き出してきた。
ジャンプして避けたところに、別のキマイラたちがヘビのしっぽをのばしてくる。
アレに噛まれたら『三夜越え』。
いくら強くなっても、私じゃなくなったら意味がない。
記憶を失うってことは、家族の記憶が消えちゃうってことだもん。
母さんもクレアも、絶対に忘れない。
絶対食らってたまるか!
「邪魔だぁぁぁぁっ!!」
沸騰の魔力を剣にこめて、体を回転しながら剣を振るう。
牙をむいた尻尾のヘビ、その首を二体分、同時に斬り飛ばしつつ魔力を流し込んだ。
「エェェェェッ!!?」
「ビェェェエエェッ!!」
しっぽの断面から、体液の沸騰が猛スピードで頭の方に登っていく。
私の着地と同時、全身から湯気を上らせたキマイラ二体が音を立てて倒れた。
「まず二つ!」
残りは四体、ベアトが連れていかれる前に全部片付けなくちゃ。
(ベアトは……)
チラリと横目でベアトの様子を確認。
しゃがんだキマイラの背中によじ登ろうとしてる。
まずい、このまま飛び立たれたら……!
(……あれ、あの子なにしてんだ?)
敵に視線をもどそうとした時、視界のはしにメロちゃんが映った。
杖を両手でにぎって、とがった岩を自分の周りにたくさん浮かべてる。
「い、行かせないです! あたい、これでも怒ってるんですからね!!」
「……ぁあ?」
ルーゴルフがうっとうしそうにメロちゃんの方をむいた。
「ぁんだよこのガキ……。大人しくしてないと殺すぞ……?」
ギロリとにらまれて、ビクっと体をふるわせる。
無理もないよね、とんでもない力の差があるんだもん。
このままじゃメロちゃんまで危険な目にあっちゃうけど、まずはキマイラを全滅させなきゃ始まらない。
わめきながら飛びかかってきたキマイラの、体の下をくぐりながら指先で腹にタッチ。
内臓を一気に沸騰破裂させて、三匹目を殺す。
倒れる前に体の下を走り抜けて、すぐに四匹目のところへ。
「あ、あたいはっ! すみっこでガタガタ震えるためについてきたんじゃないっ!!」
それと、嫌なこと考えちゃった。
このままメロちゃんがおとりになって、時間をかせいでくれたら、って。
優先順位をつけてる自分が、ちょっと嫌になる。
「グレイヴスピアッ!!」
岩の槍が数本まとめて、ベアトがまたがろうとしてるキマイラめがけて発射された。
けど、命中する前にルーゴルフが飛び出して、
「はぁ……、無駄なことさせんなよ……」
回し蹴りを一発。
その衝撃でぜんぶの槍が消し飛んで、風圧が小さな体を吹き飛ばす。
「あああぁぁぁっ!!」
「メロちゃんっ!!」
背中から壁にたたきつけられて、げほげほとせき込むメロちゃん。
私の方は、ドラゴキマイラが二匹ならんで火炎を浴びせてきた。
よけながら懐に飛び込んで、四匹目と五匹目の顔面を続けざまに斬りつける。
「エエエェェェェッ!!」
「ウギェエエェェェェン!!」
あっという間に顔面がグツグツシチューになって、二匹まとめて絶命。
残りはあと一匹だ。
早く、早くしなきゃ……!
「……チッ、もう一体だけかよ……。ガキを殺してるヒマないじゃんさぁ……」
ベアトを乗せたキマイラが、翼をはばたかせて浮き上がった。
まずいまずいまずい、早く片付けなきゃ、ベアトがさらわれる!
あせる私の前に立ちはだかる、ドラゴキマイラ最後の一匹。
倒すのを諦めたんだろうね、バサバサと翼を動かして、突風を起こして足止めをしかけてきた。
「そこを、どけぇぇぇぇっ!!」
立ってられないくらいの暴風の中、怒りにまかせてソードブレイカーを投げつける。
たっぷりと、沸騰の魔力をこめて。
ザクッ!
切っ先が獅子の首に突き刺さって、顔面全体がグツグツ煮立ちはじめる。
ひるんで翼が止まった瞬間、全速力で駆けよって竜の首に直接タッチ。
パァンッ!!
「ァエエエェェェェェンっ!!」
脳みそがはじけ飛んで、最後の一匹が死んだ。
もう邪魔者はいない。
手早く剣を引っこ抜いて、腰のさやに納めながら、ベアトを乗せて飛びたったキマイラを追いかける。
けど、キマイラの上昇速度、思った以上に早い。
中庭を囲むお城の屋根よりも、もうずっと上。
普通にジャンプするだけじゃ届かない。
壁やバルコニーを蹴って屋上に上がって、そこからさらに全力でジャンプ。
ダメだ、これでも届かない……!
だったら……。
「メロちゃん、私にむかってロックラッシュお願い!」
「けほっ、けほ……っ! え、お姉さん本気ですか……!?」
「本気も本気! 手遅れになる前に、早くっ!!」
なにがなんだかって感じのメロちゃんだけど、言われた通りに石の弾丸を生み出してくれた。
「知らないですよ、どうなっても! ロックラッシュっ!!」
拳大の石の弾丸を連射して、相手にぶつける下級土魔法。
この勢いを利用すれば……!
「練氣・堅身!」
全身を練氣でおおって、防御力を大幅にアップ。
その直後、石の弾丸が私の体に叩きつけられる。
「……っぐぅぅぅぅぅぅ!!」
堅身のおかげで体を貫通したりしないけど、やっぱりメチャクチャ痛い。
痛いけど、歯を食いしばってガマン。
激突の勢いで体が吹っ飛ばされて、上へ。
ついでに男装用のぼうしもどっかに吹っ飛んだ。
小石の中に混じってた大きめの石を蹴ってジャンプして、さらに上へ。
よし、同じくらいの高さまで辿りつけた。
「あとは、コイツで……っ」
メロちゃんが届けてくれた石の弾丸をつかんで、沸騰の魔力をこめてマグマに変える。
コイツをキマイラめがけて飛ばして、ぶつければ……。
「行けっ!」
「はぁ……、無駄な努力だっつーの……、ダル……」
飛ばしたマグマが、軽々と避けられた。
とっておきのマグマの弾が。
「……っ、まだ……っ」
ホーミング機能が、まだ残ってる。
当たりさえすれば、撃墜できるんだ。
できるのに……っ!!
「なんで、当たらないんだよっ!」
下から、横から、後ろから、どこからぶつけようとしても、簡単にかわされる。
まるで後ろに目がついてるみたいに。
「残念だったなぁ……。ソイツぁ、僕が思うまま操作できる設定にしてあんだよ……。集中してなきゃいけないぶん、ダルいけど……」
説明ありがとうよクソ野郎。
あぁ、もうダメだ。
今度こそ、もう何も打つ手がない。
「ベアトっ! 正気に戻って、ベアトっ!」
ベアトが正気に戻る、そんな奇跡を信じて呼びかけることしか。
「……」
「お願い、戻ってきて! 私にはベアトが必要なのっ! ベアトがいないと私……っ!」
「……」
「無駄無駄ぁ……。聖女の片割れ、確保完了、と」
「ベアトっ!!!」
「……、……っ。……っ!!」
その時、辺りが光に包まれた。
キマイラの背中の上で発生した、膨大な光の魔力。
二つ目の太陽が現れたみたいな輝きが、辺りをまばゆく照らす。
「な、なにっ……!」
「ベアトお姉さん!?」
「まさか……、ぁりえないだろ、おい……。この魔力、片割れなんてレベルじゃない、まさしく聖女の……」
何が起きたのか、正直私にはよくわからなかった。
ただ、光がおさまったとたんに、
「……っ」
キマイラの背中から、ベアトがひょっこり顔を覗かせて、
「……っ!」
「……へ?」
私にむかって、飛び下りたんだ。