115 【沸騰】VS【使役】
剣や槍を手に私たちを取り囲む魔族の兵士さんたち、人質兼戦力ってとこか。
あやつってるご本人は、高く飛ばしたキマイラの背中の上。
とことん他人まかせだな、コイツは。
さて、両手がふさがってたら戦えない。
おぶったベアトを支えてる右手か、メロちゃんをつかんでる左手、どっちかだけでもあけなきゃいけない。
「……メロちゃん、ごめん。私の最優先はベアトなんだ」
「わかってるですよ。あたいのことなら要らぬご心配、自分の身は自分で守れるです。フレジェンタの魔術師は伊達じゃないですよ!」
「ありがとう。私もできるだけ、カバーするから」
ぶら下げてたメロちゃんを下ろして、背中におぶったベアトにふり返る。
「ちょっと揺れるから、しっかりつかまってて。絶対守るからね」
「……っ」
こくり、うなずいて、体に回した手にぎゅっと力を入れて抱きつくベアト。
温もりと柔らかさ、細さが伝わってきて、絶対に守らなきゃって思った。
あいた左手で真紅のソードブレイカーを抜いて、切っ先を上空のルーゴルフにむける。
「おい、クソ野郎。展望席はいい眺めかよ」
「ぁあ? 眺めなんかに興味ないなぁ、僕ぁよぉ……。興味あんのはお前の死体と背中にしょってる女だけだ……。僕ぁ効率主義者なんだよ……。ふあーぁ、メンドクサ……」
こっちも見ずにあくび交じり、ホントに面倒そうに答えやがって。
「そんなに動きたくないなら、今すぐ心臓止めてやる。覚悟しな」
「覚悟すんのはお前だろ……。操り人形たち、テキトーに殺してこい……」
ルーゴルフの命令で、兵士さんたちがいっせいに襲ってきた。
ざっと五十人ってとこかな。
種族的には強い魔族だけど、思ったより数が少ない。
お城の中にいて手軽に動かせる戦力が、これだけだったってとこだろうな。
「こんな数で、テキトーに殺されるかよ!」
メロちゃんが壁を背にして杖をかまえてるのを確認してから、敵の群れに突っ込む。
できるだけ、メロちゃんの方に行かせないようにしなきゃ……。
先頭を走る魔族兵二人が、同時に剣を振り下ろしてきた。
右の攻撃を避けながら、左の剣をソードブレイカーのクシの部分で受け止めて、ひねり折る。
武器を失ったところに、死なない程度の蹴りを入れた。
数人まき込んで吹っ飛び、壁にブチ当たって気絶する兵士さん数名。
……これを全員分、か。
なかなか気が遠くなりそうな、地道な作業だな……。
「……よし」
一気に数を減らすため、ソードブレイカーを真上にブン投げる。
「……っ!?」
ベアトがびっくりしてる感じがしたけど、確かめてるヒマないよね。
前から横から来る斬撃を、自分はもちろんベアトにも当たらないように回避しながら、空いた左手の指先で次々触れていく。
「溶解っ!」
掛け声とともに魔力を高めると、兵士さんたち十人くらいの剣が同時に赤く溶けた。
剣で触れると時間がかかるけど、素手で触れれば一瞬だ。
溶岩をコントロールして浮かべつつ、一回転しながらの回し蹴り。
横っ面を蹴り飛ばされた兵士さんたちが、残りの人たちをまき込んで吹っ飛んだ。
残りの兵士さんたちが全員倒れたタイミングで、くるくる回りながら落ちてきた剣をキャッチ。
「……っ!!」
なんだろう、背中からベアトの熱烈な視線を感じる。
目をキラキラさせてるのかな、確認する余裕はないけど……。
「おまけにコイツを……っ!」
気を取り直して、十個浮かんだ溶岩ボールを、ルーゴルフを乗せたキマイラに向けて飛ばす。
すっかり油断してたんだろう、のんきに飛んでた魔物の体にみごと命中。
「エェェェェエンッ!!」
赤ん坊みたいな気味悪い叫び声は出したけど、どうやら仕留められなかったみたい。
全身やけどを負って、生きたまま地面に落下。
溶岩の沸騰を維持するのって魔力がゴリゴリ削られるし、ここで解除しておく。
「……チッ、もうやられたのかよ」
「こんな数、片手で十分だったね。……ベアト、メロちゃんのとこに。コイツとの対決でキミをおぶってる余裕、ないだろうから」
「……っ!」
コクリとうなずいたベアト。
私の背中から飛び下りて、足ガクガクで杖をかまえてるメロちゃんの側に走っていく。
よし、あとはシンプル。
ルーゴルフとの直接対決で、ゴミ虫野郎を地獄に叩き込むだけだ。
「僕との対決ぅ……? ぁんで僕がんなことしなくちゃいけないんだよ……。一人でやってろよ……」
なんだコイツ、ボソボソブツブツと。
「はぁ、もう終わらせるか……。めんどくさいし、ぉ前が聖女の片割れ捕まえて、僕のトコまで連れてこい……」
「……あんた、頭大丈夫? 私がベアトを差し出すわけ——」
「いいや差し出すね……。僕のこの、【使役】の力でさ……」
ルーゴルフが私にむけて、左手をかざす。
その瞬間、気持ち悪いなにかが頭の中に入り込んできた。
『僕に従え。聖女の片割れを差し出せ』と、声が何度も頭の中に直接ひびく。
自我が飲み込まれそうな、私という存在を喰い尽くしそうなほどの魔力が、頭の中で暴れまわる。
「うう゛うぅ゛ぅぅ゛ぅっ……!! う゛がぁぁぁ゛ああ゛ぁぁ゛ぁぁ……っ!!!」
頭を抱えて、その場にひざを折ってうずくまる。
草地の上で悶絶しながら、私を飲み込もうとする頭の中のドロドロしたなにかに、必死に抵抗する。
飲み込まれてたまるか、このまま操られてたまるか、あんなクソ野郎の操り人形になってたまるかよ……!
「おいおい、粘るなぁ……、メンドクセ……。ぁんま抵抗するとおかしくなっちまうぞ……?」
言いなりになれば、なれば楽になる。
……違う、黙れ黙れ黙れっ!
絶対に屈しない!
私は私を忘れない……、絶対に忘れない!
「私……は……、私はぁ……、ベアトを、守る……っ! ベアトを守ってぇ……っ、お前を、殺すッ!!」
地面の草をつかんでにぎりしめ、無意識に魔力を爆発させた瞬間、頭の中のぐちゃぐちゃがキレイに消し飛んだ。
同時に、地面を溶かして出来たマグマをルーゴルフにめがけて飛ばす。
「……はぁ? なんでお前、支配できないんだよ……、ムカつくなぁ……」
うっとうしそうに軽く手で払うと、ものすごい風圧が発生。
マグマの弾は、ヤツに届く前に完全に消し飛ばされた。
「……ふぅ。ねぇ、これで終わり? 私の頭、とってもスッキリしてるよ? あんたへの殺意で、煮えたぎってはいるけどさぁ」
「……なるほど、魔力かぁ……。より強い魔力をぶつければ、洗脳のための魔力を消し飛ばせる……。チッ、今の僕、たくさん使役してるからなぁ……。一人もあやつってない状態なら、成功したんだろうけどなぁ……」
本当になんだコイツ、またもボソボソブツブツと。
「はぁ、だけども僕は戦わない……。召喚、ドラゴキマイラ」
ルーゴルフの周りに、またまた魔法陣が展開。
姿を現したのは、獅子の顔の隣にドラゴンの顔がついた二つ頭のキマイラ、合計六体だった。
「……なに、ソイツ? 趣味悪いね」
「実験の結果生み出された、最新作さぁ……。通常のキマイラの三倍は強いし、獰猛なんだよ……」
召喚されたそいつらは、火傷を負って瀕死のキマイラを見つけた瞬間、いっせいに群がって喰いついた。
ガツガツ、ぐちゃぐちゃ、バキっベキっ。
水っぽい咀嚼音がして、あっという間に骨も残さず喰いつくされる。
「腹ぁ減ってたみたいだなぁ……。ぉ前のことも、喰いたそうにしてんなぁ……」
ルーゴルフが左手をかざすと、食事を終えたそいつらが、私をにらみつける。
だけどさ、こんなヤツら今の私の敵じゃないって。
「さぁて、仕事は終わりだぁ……。ぉい、聖女の片割れ。さっさと僕のとこに来い……」
「……」
……え?
「お、お姉さん!? どうしたのです!?」
ベアトが、ルーゴルフの方に歩きだした。
表情豊かな顔を、まるで人形みたいな無表情にして、ふらふらと。
「まさか……、お前、ベアトを……っ!!」
「その女はもう、【使役】の支配下さぁ……。たしかにドラゴキマイラ六体がかりでも、お前は殺せないだろうなぁ……。けどよぉ、コイツが連れ去られるまでの、時間稼ぎくらいなら出来るよなぁ……」