114 トーカ奮戦
ガントレットに練氣を乗せて、さらに足にもまとわせる。
武器の強度と素早さを上げて、ようやくギリギリの攻防が成立していた。
「ほらほら、早く死んでよぉっ! おねえちゃん分補給時間が減っちゃうでしょぉぉぉっ!!?」
目を見開いて斬りかかってくるビュートさん、ちょっと……いや、かなり怖いけど。
いやいや、気迫で負けちゃだめだ!
「おねえちゃんを吸いたいの、味わいたいのぉっ! だから死んで、早く死んで、今死んでぇっ!!」
「あとでたらふく味わえばいいさ、正気に戻ったあとでっ!」
この人、間違いなく強い。
鍛えてる軍人だもん、ただの鍛冶師のアタシより強いに決まってるさ。
けど、あやつられてて助かった。
そのおかげで豊富な戦闘経験からくる駆け引きってヤツが、すっぽり抜け落ちているんだ。
「今っ! 今吸いたいのぉっ! 今すぐおねえちゃんをちゅーちゅー吸いたいんだってばぁぁぁっ!!」
おかしな内容を叫びながら、がむしゃらに剣を振りまわす。
そのパワーとスピードに、はじめは圧倒されたけど、
(目が馴れてきた……、見える!)
長い長い攻防の中、攻撃に目が馴れてきて、パターンも完全に見切った。
左からの横薙ぎをガントレットではじいたら、体を回転させて右から大振りの斬り上げが来る。
(このタイミングでっ……!)
体を低くして相手の左側に回り込み、攻撃を空ぶりさせると同時、カウンター気味の練氣パンチを背中に思いっきりブチ込んだ。
「げあっ!」
低い悲鳴を上げて、ビュートさんの体がブッ飛んでいく。
地面に二、三回バウンドして、それから動かなくなった。
……死んでない、よな?
気を失ってるだけだよな?
「……うぐぅ、おねえちゃん……っ、ぺろぺろ……」
よし、生きてる。
洗脳は解けてないみたいだけど。
ジョアナさんとリアさんの方はどうなってんだ?
「殺す……。死ね……。任務のために……」
リアさんの槍の連撃を前に、ジョアナさんは防戦一方。
全身にすり傷を作って、息も絶え絶えって感じだ。
「あのままじゃまずい……! 横やり入れるのは趣味じゃないけど……っ!」
左腕のガントレットを分解して、その分の砂鉄を右腕へ。
大きさ二倍の巨大ガントレットを生み出して、装甲展開、ひじのバーニアに火を入れる。
「ジョアナさん、ドデカいパンチが行くからな!」
ブーストを全開にして、リアさんめがけて突進。
アタシのちっちゃい体が浮くくらいのスピードと勢いで、一直線に突っ込んでいく。
「巻き込まれたらごめんなさいっ!!」
ドゴォォッ!!!
「うぐぁぁぁぁぁぁああぁぁぁっ……!!!」
よし、リアさんだけに命中。
ジョアナさん、後ろに飛んでなんとか避けてくれた。
ブッ飛ばされて、壁に大の字に叩きつけられるリアさん。
……手加減はしたけど、ちゃんと生きてる、よね?
「……う、うぅ……っ」
……ふぅ、良かった、こっちも殺さずにすんだ。
モンスターの大群も、ゴーレムとガーゴイルがほとんど片付けてくれたみたい。
「豪快なパンチねぇ。お姉さんとっても助かったわ」
「アタシの方こそ助かったぞ。アンタがリアさんを引きつけてくれたおかげで勝てたんだ。中々やるね」
とくに怪しい動きも無かったし、もしかしてアタシの考えすぎ?
……いや、結論を出すのはまだ早いか。
「あらあら、死なないだけで精いっぱいだったわよ? それにしてもいいパンチだったわねぇ。さすがはドワーフ」
「よせやい。……さ、キリエたちを追いかけよう。約束、ちゃんと守ったぞって安心させないと」
メロとかさみしくて泣いてるかもな。
「ええ、急ぎましょう。ルーゴルフは強敵、ベアトちゃんたちを守ったままじゃ勝てるかどうか——っ、危ないっ!!」
ズバシュッ!!
「……え?」
なに、今の音。
ブシュウウウゥゥゥゥッ。
「……ジョアナさん?」
何が起きたんだ?
ジョアナさんがアタシの前に、両手を広げて立っている。
彼女の前には、浅黒い肌に白い髪の大男。
両手に持った剣を振り下ろして、ジョアナさんの体から勢いよく血が噴き出して。
「……まず、一人」
「トーカさん……、よかった……、無事……、ね……?」
ドサっ。
うつ伏せに倒れた体の下から、血だまりが広がっていく。
もう一人、操られてる魔族がいたのか?
ジョアナさん、アタシをかばって斬られたのか?
死なないよな、死んでないよな。
いろんなことが頭の中でぐちゃぐちゃ、ぐるぐるになって、敵の前で棒立ちになったそのスキを、大男は見逃さなかった。
「むん……っ」
スパァっ!
「いっ……」
深い踏み込みからの、鋭い斬り上げ。
とっさに後ろに飛びのいたけど、ワンテンポおくれたせいで足を深く斬られた。
「ガーゴイルっ!!」
魔導機竜を呼び寄せて、その背中に飛び乗る。
足の出血がひどいけど、これならまだなんとか……。
「ゴーレムたち、お願い!」
モンスターを全滅し終えた十三体のゴーレムが、アタシの命令でいっせいに襲いかかる。
その間に服を破いて、包帯がわりにきつくしばって手早く止血。
ゴーレムたち、休む時間くらいはかせげるかと思ったんだけど。
「練氣・延刃……」
剣に練氣をまとって、透明な刃をのばして一回転。
全ゴーレムの上半身と下半身が、たった一撃でお別れしてしまった。
「敵、あと一人……」
機竜の背中のアタシを見上げ、気の刃を振り上げる。
「まず……っ」
あの攻撃、この高さまで届くヤツだ。
ガーゴイルに急旋回を命令するけど、こんなせまい空間じゃ機動力を半分も出せなくって、
ズバァッ!
翼を斬り落とされて墜落、爆散。
ギリギリで飛び降りたアタシの体が、爆風にあおられてゴロゴロと地面を転がった。
「くっそ……!」
大柄魔族さんが、このチャンスを見逃すはずないよね。
練氣の刃を短いサイズに変えて、こっちに突っ込んできた。
接近戦に対応するために、突撃用の巨大ガントレットを普通サイズに戻して両手に再構成。
そしてはじまる至近距離での打ち合い。
この人、ビュートさんとくらべて、パワーはあるけどスピードが遅い。
アタシも同じなんだけどね。
足のケガでスピードガタ落ちだ。
「お前を殺せば……、任務が完了する……。みなに認められる……」
重い一撃一撃を、ガントレットで受け止めるたびに体がよろめく。
反撃しようとしても、足が踏ん張れない。
さばききれずに、どんどん傷が増えていく。
「いっ……、つぅ……っ!」
切っ先がかすめるたびに傷が増えて、体中が真っ赤にそまる。
全身ズタボロ、まるでキリエみたいだな、今のアタシ。
「まずい……! これ、アタシ一人じゃムリ……!」
「諦めろ……、諦めればいい……。諦めて、俺の手柄になればいい……」
……そう、アタシ一人じゃ勝つのはムリだ。
アタシ一人なら、ね。
ゴーレムは生き物じゃない。
上半身だけになっても、パーツさえ無事なら機能停止しないんだよ。
這いずってきたゴーレムの上半分が、相手の足にしがみ付く。
「なに……っ!」
文字通り、足をひっぱられて体勢を崩した瞬間。
「ブッ飛べぇぇぇぇっ!!」
ドゴォォッ!!
あごに思いっきりアッパーを入れて、カチ上げる。
「うぐぉ……っ!!」
天井近くまで打ち上げられて、頭から落下。
そのまま動かなくなった。
でもさ、生死を確認してる余裕、アタシには残ってないんだよ。
あの魔族さんのことも、ジョアナさんのことも。
(あ、ダメだ、目がかすんできた……)
足に力が入らなくなって、体を支えられなくなって、大の字にぶっ倒れる。
ジョアナさん、ちゃんと生きてるよね。
もし生きてたら、きちんと謝ろう……。
命がけでアタシをかばってくれたんだもん、もう信じるしかないじゃん。
(……意識が、遠のいて……っ)
薄暗い天井がぼやけて、目の前がぐにゃぐにゃしてきた。
これ、ちゃんと目が覚めるヤツかな……。
(キリエ、ベアト、それからメロ、ごめん……。約束したのに……、助けに行けそうにないや……)
アイツらの無事と、それからジョアナさんの無事を願いながら。
アタシの意識は、深い闇に落ちていった。