110 【使役】
「リア将軍、およびその旗下百名! ハルネストよりただ今帰還致しました!」
「……うむ、ご苦労」
コルキューテの王都ケイロン、その王城。
謁見の間にて、玉座に深く腰掛けた我が主セイタム様が、深くうなずかれた。
白い髪に、やせ型の体型。
口元に少しだけ刻まれたしわが、苦労をしのばせる。
どこか虚ろな表情を浮かべておいでなのが、気になるところだが。
「報告はまた後日聞く……。ワシはつかれておるのでな……」
「つかっ……、お待ちください、陛下!」
呼び止める私の声に耳を貸さず、一方的に謁見を切り上げて奥に下がってしまわれた。
確かにおつかれのご様子だが、魔物の氾濫の報告はおろか、合同軍事演習の中止すらお伝えしていないというのに。
謁見の間を後にした私は、ルーゴルフ殿の居室へとむかう。
キリエ殿らから聞かされたことの真偽をたしかめるために。
それにしても、気になるのは陛下のご様子。
「なにか妙だ……」
温和で優しく、自分の身よりも家臣や民のことを優先する。
そのようなお方が、つかれたなどと言って報告も聞かずに奥へ下がるなど、考えられない。
「何が妙なの? おねえちゃんっ」
「おっと」
後ろから飛びついてきたブロンドの髪の少女の重みに、少しバランスを崩す。
私としたことが、考えを巡らせていて気付けなかった。
気配の消し方が上手いというのもあるのだが。
「ビュートか。突然飛びついてくると危ないだろう。いつまでも子どもじゃあるまいに」
彼女の名はビュート。
私と同じくセイタム様に仕える将であり、一軍を率いる指揮官のはずなのだが、どうにも子どもっぽさが抜けない。
血の繋がっていない私を、おねえちゃんなどと呼んでくる理由もよくわからん……。
「だってぇ、久しぶりにおねえちゃんに会えてうれしかったんだもん」
「久しぶりって、まだ二週間ほどだろう……」
「ビュート、そこまでだ。あまりリアを困らせるな」
浅黒い肌に白い髪の大柄な男が、ビュートのえり首をつまんで持ち上げた。
彼の存在にも気付けなかったとは、本当にぼんやりしていたらしいな。
疲労がたまっているのだろうか。
「こらガープぅ、あたしとおねえちゃんの再会をジャマすんなー」
つままれ状態のビュートが、口をとがらせてパンチやキックで抵抗する。
二メートルを超える長身のガープには、私よりも小柄な彼女の手足じゃ届かないのだが。
「下ろしてやれ、ガープ。いつものことだろう」
「相も変わらずだな、リア。器が大きいと言うか、人が良いと言うか」
ぽいっ、と雑に放り投げられると、猫のように空中でクルクル回って身軽に着地。
それからガープに突っかかっていく。
「ちょっと! レディに対してなにその扱い! ほんっとサイテーなんだけど!」
「レディ……か」
「あ? なにか言いたいわけ? 言いたいことあんならはっきり言ったら?」
「二人とも、ケンカはやめないか……」
いつも通りの光景を、いつも通りに止めに入る。
私たち三人は、古くからの付き合い、いわゆる幼なじみだ。
巨人族と魔族のハーフであるガープと、私をおねえちゃんと呼んで付きまとうビュート。
軍人になる前、それこそ子どもの頃からいっしょに遊んで、今もこうして軍人として共に働いている。
「ところでリア、急いでいる様子だったが、これからどこへ?」
「ルーゴルフ殿の自室だ。内密に話したいことがあってな」
「ルーゴルフ殿……、良いウワサは聞かない相手だな……。出自の話は、俺もとやかく言える立場じゃないが」
「おねえちゃん、あたしもついてく!」
ビュートがこう言うのは想定内。
普段なら断るところだが、もしルーゴルフ殿が暴れた場合、私一人では心細い。
彼女とガープ、三人で行けば安心だ。
「いいぞ、ついてこい」
「やったっ」
「ガープも来てくれないか。二人がいれば心強い」
「ええっ、ガープも!? むぅ〜、おねえちゃんのいけずー」
ほほを膨らませるビュートに苦笑いしつつ、ガープがうなずいた。
「積もる話はまたあとで、だな」
「手早く用事を済ませて、土産話に花を咲かせるとしよう」
「うぅ、おねーちゃ〜ん……」
手早く、か。
キリエ殿たちの話が本当なら、簡単には終わらない用事だが……。
軽くノックをして、うっとうしそうな返事を受け、ルーゴルフ殿の部屋へと入室。
黒髪の陰気な魔族は、来客を迎えようともせず、だるそうにソファーに寝転がっていた。
「失礼します、ルーゴルフ殿。少々、おうかがいしたき事が」
「ぁんだよ、めんどくさいな……。見てのとおり僕、つかれてんだよ……」
「お疲れのところ申し訳ない。ですが大事な話なのです」
「大事な話……? それってさぁ、タルトゥス様が王国の領土を乗っ取ろうとしてるってヤツかぁ……?」
「な……っ!?」
今、なんと言った……!
こちらから問いかける前に、あっさりと自白したのか……!?
「そ、それでは……っ、正規軍や亜人軍への攻撃が自作自演だという話も……!」
「本当さ……。なぁ、もう用事すんだろ? だったらもういいよなぁ、……ふあ〜ぁ」
どういうつもりなのだ。
ルーゴルフの考えが読めない。
自らに不利な情報を、聞いてもいないうちから吐き出すなど。
この態度もだ。
まるで私が来ることも、その内容も知っていたかのような……。
「……なぁ、もういいかって聞いてんだけどさぁ、ジュダスよぉ」
ルーゴルフが虚空にむかって呼びかけた瞬間、室内に風が渦をまく。
突風から顔をかばい、自分の腕で視界がさえぎられ、風が止んだ時には。
「ええ、情報の裏付けは取れましたから」
ローブ姿の女が、そこにいた。
「お、お前は……!」
「はじめまして、リアさん。私はジュダス、パラディの神託者です」
「パラディ……、つまりお前がタルトゥス様——いや、タルトゥスの協力者……!」
「ぁ? ぉまえ、今タルトゥス様を呼び捨てにしたか……?」
ソファーから起き上がったルーゴルフが、怒りをあらわにする。
かまうものか、タルトゥスの謀反はもはや明確だ。
「ルーゴルフ、この件はセイタム王に報告させてもらう! 追って沙汰を待て!」
「ぁあ? セイタムぅ……? はっ、コイツまだ気付いてないのかよ。アイツはもう、僕の操り人形だってのに。そこの二人みたいによぉ……」
左腕に着けた腕輪を、これみよがしに見せつけた次の瞬間、
「あはぁ、おねえちゃぁんっ♪」
「なにっ……!」
ビュートに背中から羽交い絞めにされた。
さらにガープが剣を抜き、私の首元に突き付ける。
「コイツが僕のギフト、【使役】の力さ……。勇者から聞いてなかった? それとも、魔物を操るしか能がないギフトだと思い込んでたのかね……、ククク……」
「貴様、二人を……! セイタム様まで操っているというのかッ!」
「正確にはセイタムと宰相、それから大臣や将軍たち数人かな……。要はこの国のトップ丸ごと、僕の支配下さ……。その二人はついさっき、部屋に入ってきた時に【使役】したんだ……」
バカな……、それではもうこの国は……!
「つまりこの国は、我らがタルトゥス様が乗っ取ったも同然ってワケさ。ふわぁ……」
「く……っ、離せビュート! ガープっ!」
まずい、この状況はまずい!
ビュートの力が強すぎて振りほどけない……!
「僕はさぁ……、面倒事なんてまっぴらごめんなんだ……。だからこうやって、誰かに押し付ける。僕は寝てるだけ、戦いも仕事も操ったヤツらが命令通りにこなしてくれる……。最高だろ……?」
宝玉が黒い輝きを放つ。
頭の中に何かが流れ込んでくる不快な感覚。
その直後、私の意識はプツリと途切れた。
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ぼんやりとした表情で入り口近くに並ぶ、三人の魔族の将。
自我を奪われ、与えられた命令を忠実にこなす操り人形となったビュート、ガープ、そしてリア。
仕事は終わったとばかりに、ルーゴルフがソファーに横たわる。
「ふあぁぁ……、また増やしちまったよ……。ねぇ、言われた通りやったけどさ、疲れるって言ったよな……? なんだって三人も増やすんだよ」
「ご苦労さまです、ルーゴルフさん。これは私の策のため、必要な手駒。後は勇者たちをこのお城までおびき出して、有利な場所で仕留めるだけ。勇者を殺し、聖女の片割れを手に入れれば、ルキウス閣下もきっとお喜びになられましょう」
「そりゃ嬉しいね……。ふぁ〜ぁ、考えるのめんどくせぇし、策とか全部お前に任せるから……」
「面倒、ですか。探究心のかたまりとして歴史に名を残したおじい様とは、ずいぶん違うのですね」
「……ちっ、ジジィのことは言うなよ……。それで苦労したんだからさぁ……」
不機嫌さを露わにするルーゴルフに、神託者は口角を上げた。
彼が好んでキマイラを使う理由、その強さの理由、その性格の由来。
全てを知った上で、嘲笑った。
「失礼しました。全て私にお任せを。何もかもを利用し尽くして、うまく事を運んでみせましょう。うふふっ」