11 新しい日々の始まり
さて、ベアトにだっこされてまんまと熟睡した私。
おかげさまで、すっきりと目が覚めた。
とりあえずあの子は自分の部屋に帰して、クローゼットに入ってた服を適当に選んで着る。
別に身だしなみはどうでもいいけど、クレアがくれた翼のヘアピンだけはしっかりと鏡の前で整えて、部屋を出た。
バルジさんから色々と詳しい話を聞きたいし、あと朝ごはんも食べたい。
ごはんの匂いに誘われるまま、昇り階段の方へ向かう。
「……っ!」
「……ベアトもお腹空いた?」
「……っ、っ」
いや、そんな何度も頷かなくても分かるって。
あとさ、いつの間に私の後ろにいて、いつの間にすそ掴んでたんだ。
二人で階段を上って、隠し扉を持ち上げてお店の中に出る。
まだ準備中みたいで、入り口のカーテンは閉まったまま。
「お店の奥の方だね、行こう」
「……!」
階段をきちんと隠してから、匂いのする方へと向かう。
カウンターの奥の方、居住スペースへ。
匂いがするのは、一階の奥の方からだ。
ちなみにこの家、二階建て。
地下も入れれば三階建てだ。
リビングっぽいところを抜けて、キッチンに辿り着くと、料理を作っていたのはジョアナでもバルジさんでもない。
鼻歌交じりに鍋をかきまぜる、ピンク髪のポニーテールの女の子だった。
歳は、私よりちょっと下かな。
「ふふーん♪ お、兄貴起きた?」
こっちに気付いた女の子は、
「……兄貴じゃないじゃん、お前ら誰だ」
包丁片手に私たちをにらみつける。
いや、怖いって。
「ちょ、待って! 聞いてないの? 私はキリエ! 勇者!」
「勇者ぁ……? あぁ、兄貴が昨日言ってたヤツか。『今日から二人ほど下で厄介になるぜ』とかって」
それは口真似なのか。
とりあえず納得してくれたみたいで、料理に戻ってくれた。
兄貴って呼ぶからには、バルジさんの妹かな。
あとなんか私の後ろで、ベアトが威嚇してるんだけど。
犬か、この子。
「もう少しで出来るから、てきとーに座ってて」
「う、うん、分かった……」
かなり気が強そうだな。
あの子が猛犬なら、私にちょこちょこ付いてくるベアトは忠犬ってとこか。
言われるままテーブルの椅子に座ると、ベアトが当然のように私の隣に座った。
「はい、おまたせ!」
そして、ドンと置かれるベーコンエッグ。
私とベアト、そして推定妹さんと、バルジさんの分もテーブルに並ぶ。
そのバルジさんだけど、やっと二階からパジャマ姿で降りてきた。
大あくびしながら。
ありがたーく食事を頂いた私。
ベアトはあっという間に平らげて、バルジさんと妹さんはとっても上品に食べていた。
この兄妹、なんだか育ちが良さそう。
「……さて、と。話が聞きたくてしかたないって顔してるな」
「そんな顔してますかね。気にはなってますけど。バルジさんと昨日の騎士さんの関係とか」
表情は動かしてないつもりなんだけどな、ずっと。
「おう、そこからか。アイツはな、俺の兄貴だ」
「兄貴、ってあの時も呼んでましたよね。実のお兄さんなんですか?」
「そう、名前はギリウス・リターナー。今は第三近衛騎士団団長として、王に仕えてる身だ」
「ブルトーギュに……? だって、あの人レジスタンスのこと知ってたよね?」
知られちゃってたら、かなりまずい立場の人なんじゃないの、それ。
あの人いい人そうだったけど、そんなこと聞いちゃうと内心かなり焦る。
「内部からの協力者ってやつさ。元々兄貴は、王の首を取るために騎士団に入ったんだからな。兄弟で力を合わせて、内と外から協力して王を倒す。その過程でどちらかが死のうが後悔しない。そう誓ってな」
「……そっか。あなたたち兄弟は、どうして戦うの?」
「……。そう言う嬢ちゃんは、どうして戦うんだ?」
少しの沈黙のあと、逆にそう聞かれちゃった。
けど、その問いかけに対する答えは、始めから決まってる。
「復讐。家族と、村のみんなの仇を討つため」
「……なるほど、聞いてた通りの事情みてぇだな。ま、大それた目標の動機ってのは、そんなに大それてるもんでもねぇ。みんな似たような理由さ」
「似たような……。つまりバルジさんたちも?」
「そんなもんだ。……スティージュって知ってるか?」
「知らないけど。それ、地名?」
「あぁ、俺の祖国だ。巨象に踏み潰されて死んだ小さな国さ。その恨みは、今もまだ生きてるがな」
説明してくれたのは、それだけ。
あんまり言いたくないのかな。
わかるよ、私もあの日の夜のこと、あんまり思い出したくないから。
「兄貴ー、難しい話続けんならさ、あたし退屈だから食器洗ってくる」
「おう、すまねぇな、ストラ」
テーブルの上の食器をまとめて、席を立つ妹さん。
レジスタンスの活動、あんまり興味なさそう?
「あなた、ストラっていうんだ」
「そう、ストラ・リターナー。今後ともよろしくね、いそーろーの勇者さん」
ホント気が強そうな子だなぁ……。
タダ飯喰らいの豚を見るような目を向けられた。
食器を持ってキッチンに向かうストラを、バルジさんが苦笑いで見送る。
「まあ、アイツはああいうヤツだ、気にすんな」
「いいです、別に。正直なところ、仲良くする気もあんまり無いので」
「お、そうなのか? まあ無理もねぇか、あんなことがあったんじゃあな」
こっちの事情は知ってくれてるみたいだ。
ジョアナが教えたんだよね、ケニーじいさんの手紙を受け取って。
そういえば……。
「ジョアナはどこ? あの人見当たらないけど」
「アイツな。日が出てる間は、情報収集であちこち走りまわってるらしい。なんでもプロの情報屋って触れこみで入ってきてよ、これが頼りになるんだ。重大な情報を、いくつも俺たちにもたらしてくれた」
「へぇ……」
確か、ギリウスさんはあの人のこと、新入りだって言ってた。
短期間でそこまで貢献したんなら、なるほど信用されるわけだ。
「その情報の中でもまさに勇者ちゃん、キミの存在は王にとって致命的だ。村一つ潰してまで隠ぺいしようとしたキミの殺害。コイツを公にすれば、向こうに大ダメージを与えられる。とは言っても、ウワサは出所が肝心だ。いたずらに流しても、根も葉もないウワサとして片付けられちまうからな。さらに——」
「さらに、私の存在は王を打倒する大義名分にもなる。でしょ?」
「お、よく分かってんじゃねぇか。頼もしい限りだ」
「ジョアナの完全な受け売りだけどね」
「……と、いうワケで、キミが生きてると分かったら、向こうは全力で消しにくる」
「……あ」
そうじゃん。
つまり私は……。
「おちおち外も出歩けないってこと? ずっと地下室?」
「さすがにそれは可哀想だろ? それに、タダ飯喰らいの居候を二人も置いとくのもアレだ。だから、ジョアナにこいつを調達してきてもらった」
私とベアトに、それぞれ服が渡された。
「とりあえず、着替えて来い。話はそれからだ」
とりあえず地下室の部屋に戻って、もらった服に着替えてみる。
なぜか当然のように、ベアトも一緒だ。
「……あれ?」
畳まれてた服を広げると、すぐに異常に気付く。
これ、男モノの服じゃん。
ダボついた感じのゆるいシャツと、作業用のズボンと上着、あとは肩まで伸びた髪を隠すための帽子。
なるほど、これで男のふりをしろってことか。
「いや、胸それなりにあるし、これで隠せるもんなのかな」
わかんないけどとりあえず着てみた。
上着をはおって、髪をまとめて帽子を深めにかぶって。
鏡の向こうの私は、チクショウ似合ってやがる。
いい感じにダボついた服で、胸もカモフラージュ出来てるし。
「……っ! ……っ!」
で、ベアトもなんか嬉しそうだし。
「ほら、ベアトも着替えよう。ずっとパジャマのまんまだしさ」
「……」
なに、じっと見つめてきて。
まさか着替えさせろってか。
「えっと、自分で着替えられるよね?」
「…………」
渋々着替え始めた。
なんで残念そうなんだ。
着替え終わった私たちは、店のある一階へ。
もちろん地下への階段はしっかり隠す。
ベアトの格好は、ごく普通の街娘って感じのワンピース。
ただし、やせ細った体を目立たせないために長袖とロングスカート、肌の露出は極限まで抑えている。
今は冬だし、ちっとも不自然じゃない良いチョイスだ。
髪型はロングヘアーを腰までおろして、後頭部で髪を小さく結んでる。
動くたびに揺れて、なんか犬のしっぽみたい。
それと、元々してたボロボロの首輪はもちろん外されたんだけど、なぜか似たようなデザインの真新しい首輪が。
アクセサリーなのか、それ。
何考えてんだジョアナのヤツ。
「お、来たか。二人とも似合ってんぞ」
「嬉しくないんだけど」
「レディに対する褒め言葉としては、定番だと思うんだがな」
その定番、時と場合は選ぶと思う。
デリカシーの無いバルジさんは今まさに、開店準備の真っ最中。
「さて、二人とも。レジスタンスの面々は皆、表向き職業を持って一般市民に溶け込んでる」
「うん、ジョアナから聞いてる」
「なら話は早いな。ってわけで、お前らの表向きの職業は俺の店の店員だ。今日からここで働いてけ」
うん、置いてもらう以上何も文句はないよ。
素性隠す必要あっても、男の格好なのはどうかと思うけど。
ベアトと一緒に頷いて、こうして私の新しい暮らしが始まった。
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カロン少将暗殺の知らせは、その日の晩のうちにブルトーギュ王の耳に入った。
翌朝、神託者ジュダスを呼び出した彼は、勇者の存在について占わせる。
彼女なら居場所はわからなくても、生存しているかどうかだけは調べられる。
神託の、その結果は——。
「陛下、勇者キリエは生きています」
彼にとって、想定しうる最悪のものだった。