109 はやく明日になーれ
「あまり報告が長くなっても、要点が散らかってしまうでしょう? 情報は正確、かつ簡潔に、よ」
この人、アタシの揺さぶりに少しも表情を揺るがさずに答えてのけた。
この調子じゃ、もしクロだったとしても、簡単にはシッポを出さないだろうな。
「だとしたら、判断が早かったかもね。特大のニュースがまだ残ってんだから」
「おっと、そうだったの。これは大きなミステイク」
にぎり拳で自分の頭をこつんと叩いて、小さく舌を出しながら。
こっちに歩いてきたジョアナさんの視線が、すれ違う瞬間、アタシの首元にそそがれる。
首から下げた、黒い玉がはめこまれた首飾りに。
「それ、勇贈玉ね。色は黒——ってことは【機兵】かしら。タルトゥス軍のブルムから奪ったのね?」
「……そうだけど?」
「ふふっ、戦果をあげておめでとうってところかしら」
ニコリと笑ってから、宿の中へと戻っていく。
キリエたち三人とも無条件で信頼してるけど、首飾りをプレゼントしたのがあの人なら、発信器はあの人が取り付けた可能性が高い。
証拠はないけど、疑うには十分。
年長者として、注意しなきゃいけないかもな。
○○○
「あらあら、ベアトちゃんたらキリエちゃんのおひざの上に乗っちゃって。ねえメロちゃん、もしかしてこの二人、ずいぶん進展しちゃったのかしら?」
「むふふ、実はそうなのですよ……!」
「違うから! 進展もなにも無いから! ほら、ベアトも降りて」
ずいぶん長いトイレだったな、ジョアナのヤツ。
少し遅れてトーカも戻ってきた。
もしかしてこれ、トイレとかじゃなくて、二人でなにか話してた感じか。
「……ねえ、トーカ。なに話してたの?」
「バレてた? いや、大人同士でかるーく自己紹介ってトコかな。年少組は気にすんな」
そうは言うけど、やっぱ気になるよね。
あと、ひざから降りたベアトが私にぴったりもたれかかってるのも、少し気になる。
「はい、無駄話はそこまで。トーカさんから聞いたわよ、特大ニュースがあるらしいじゃない。お姉さん一人だけ知らないなんてさみしいわ」
言ったのか、トーカ。
内容までは言ってないみたいだけど。
「きっと驚くよ? なんせリーダー、生きてピレアポリスにいたんだから」
「……あら。あらあらあら。リーダーが生きていたの? それはびっくり。お姉さん今まで生きてて一番びっくり」
ウソつけ……って言いたいとこだけど、ジョアナにしては珍しく、本気で驚いてるみたいだ。
「どうしてリーダーが死んだ、なんて報告したのさ。裏を取らないなんてジョアナらしくない」
「モルドに殴られて、倒れたシーンを見ちゃったのよ。そのあと屋根の上から転がり落ちていって……」
「……それは、死んだと思ってもしかたないか」
ただ、情報は正確に伝えてほしかったな。
ストラがあれだけ悲しんでるんだから。
「それでね、リーダーってば、なぜかデタラメに強くなってたんだ。タルトゥス軍のヤツらより強いんじゃないかってくらいに。……ただ、記憶を失ってた。スティージュのこともレジスタンスのことも、家族や仲間のことも全部忘れてた」
「そう……。原因はおそらく『三夜越え』の猛毒、その後遺症に間違いなさそうね」
「『三夜越え』……。前にも聞いたような気がするけど……」
結局なんなのか、よくわかんないままだったな、そういえば。
「キマイラっていうのは、少し特殊なモンスターでね。自然に発生した魔物じゃないのよ」
「自然に発生……って、そもそもさ、モンスターって自然に出てくるモノなの? 赤い石から生まれるモノなんじゃないの?」
「またまたビックリ、どこで知ったのかしら。まあいいわ、話が逸れそうだから後にしましょう。その通り、正体不明の赤い石が生物の情報を読み取って生み出す、それがモンスターという存在よ」
パラディの地下でトーカが見た光景から、私たちが立てた憶測、バッチリ当たってたみたいだ。
つまりパラディのヤツら、魔物を生み出す実験までしてたってことだよね。
ますます真っ黒じゃんか。
「五十年ほど前、とある魔族の魔術師がいた。彼は全てを越える力を求め、人生を賭けた長い研究の末に辿りついたの。大蛇の毒に獅子と虎の血、そして幻と呼ばれる聖獣グリフォンの体液を混ぜた秘薬。これを体内に注入すれば、限界を越えた強大な力が得られる、と」
「五十年前の魔術師……。もしかして、【魔剣】の勇者の英雄譚に出てくる魔術師?」
誰でも知ってるような、有名な話だ。
強大な力を持つ邪悪な魔術師が現れて、魔法剣を操るギフト【魔剣】を持つ勇者に倒された。
その【魔剣】、今は敵に回ってんだけどね……。
「ええ、そうよ。力を得るまでの話は、パラディが極秘扱いにしてるんだけど。当然だわ、魔物の発生に関わることなんですもの」
「あの……、秘薬の材料ってキマイラのパーツですよね……? まさか……」
「……話を戻すわ。秘薬の材料を手に入れた魔術師だけど、どうしても調合が上手くいかなかった。何度試しても失敗ばかり。魔術師はどうしたと思う?」
いや、突然話を振られても。
「答えはね、キレたの」
「えっ」
キレたの?
「素材探しの旅で偶然見つけた、点滅する赤い石。癇癪を起こして、手元にあったそれを投げつけた時、赤い石が四体の獣の情報を同時に読み取って、その魔物は誕生した。秘薬を作るために欠けていた最後の一ピースが、赤い石だったのよ。これが、キマイラと『三夜越え』の正体」
四種類の獣を合体させたモンスター、キマイラの体内でのみ生成される秘薬、それが『三夜越え』。
三日間をかけて服用者の体を内側から作り変え、強大な力を与える。
ただし、得られる力があまりに強大なため、ほとんどの場合肉体が耐えられずに死に至る。
万が一耐えたとしても、記憶や人格に異常が発生する……と、ジョアナが教えてくれた。
「魔術師さんも、力を得たもののすっかり人が変わっちゃって。あとはご存じのとおり、邪悪な魔術師として暴れ回り、勇者に成敗されましたとさ」
「……つまり、リーダーの記憶が戻る可能性は?」
「限りなく、ゼロに近いでしょうね」
最後にジョアナが告げたのは、残酷な事実。
スティージュに戻ったらストラに知らせて、なんてのん気に思ってたけど。
リーダーのことを話すかどうか、真剣に考えなきゃいけないかもな……。
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三夜越え、ね。
ルーゴルフの生い立ちを考えると、中々面白い因縁だわ。
キマイラを好んで使う辺り、彼にも思うところがあるのでしょうね。
それにしてもキリエちゃんたち、あれから色々と話してくれたわね。
大臣殺しにパラディの地下施設での実験、勇贈玉の正体まで。
ぜーんぶ知らないフリしてたけど、よく自力でここまで突き止めてきたわね、えらいえらい。
私ももちろん、色々と話してあげたわ。
ルーゴルフは今のところ大人しくしている、とかね。
うふふっ。
「……私も頑張らないといけないわね。タルトゥス軍の猛者を、キリエちゃんにたくさん殺してもらうために」
手始めに、リアさん、だったかしら。
彼女を引き金にして、キリエちゃんとルーゴルフをぶつけましょう。
「がんばってね、キリエちゃん。神託者と対峙するその時まで、殺して殺して殺し続けるの。そしたら私も、私のかわいい『あの子』も、とーっても幸せなんだから」
まあルーゴルフに殺されたとしても、超強力な【沸騰】の勇贈玉が手に入るから、それはそれで美味しいんだけどね。
体に風をまとわせて、宿屋のベランダからふわり。
ルーゴルフのいるお城にむかって一直線に飛んでいく。
リアさんのことは伝書鳥で知らせたけど、細かい作戦も詰めないと。
私って、とっても出来た協力者ね。
ただ、気がかりなのがドワーフのあの子。
私のことを怪しんでるみたいだし、なにか手を打たないと。
よし、そのための下準備もしておきましょう!
「ふふっ、とっても楽しみだわ。はやく明日になーれっ」