107 魔族の国コルキューテ
リアさんたちの部隊は、フォレスティアの復興作業を数日間手伝ったあと、昨日本国に帰っていった。
私たちの証言が本当かどうか確かめるために。
とは言っても、私たちは知ってるんだ。
タルトゥスがどれだけウソと偽善にまみれたクソ野郎かってことくらい。
アイツが本国から見放されるのも時間の問題、ってトコだよね。
もう私たちがなにかする必要ないのかもしれないけど、やっぱりどうなるか見届けたい。
そのためには……。
「トーカ、コルキューテに向かおう」
「言うと思ったけどね、アタシらが行ってもやることなくないか? それより一度、アンタらの本拠地だっていうスティージュだっけ、そこに戻った方がよくない?」
ミックスフルーツジュースをストローでかき混ぜながら、トーカが首をかしげた。
私たちがいるのは、エルフの国ハルネスト第二の都市トゥリーズ。
そのメインストリートにあるオシャレなカフェ。
フォレスティアから歩きで半日以上かかる距離だけど、魔導機竜なら数十分でひとっ飛びだ。
あの街、今はなにかと物資が足りないからね。
泊まったり食事をしたりはこの街で済ませてたんだ。
「殺意先行してるわけじゃないよ、きちんと考えあってのこと」
「考えねぇ……、なんなのか、アタシには見当つかないな」
そりゃそうだ、トーカはアイツに会ったことないもんね。
今この状況で、一番頼りになる仲間がコルキューテにいることなんて知るわけないか。
「実はね、コルキューテには——」
「ベアトお姉さん、ショートカットケーキおいしそうです! あたいのフルーツタルトと一口交換しないですか?」
「……っ」
ちょっと待って、なにやってんのベアト。
なんでフォークに刺したケーキをメロちゃんの口元に持ってってるの……?
「……あ、っと、やっぱりいいのです……。あたい、ケーキひと切れのためにグツグツシチューになりたくないので……」
「……?」
あれ、突然の心変わり。
ベアトも不思議がってるけど、どうしたんだろ。
ま、いっか。
「話を戻すね、トーカ」
「お、おう……。キリエ、悪いこと言わないからあとでメロに謝っとけ、な?」
謝るって、メロちゃんになにかしたっけ、私。
トーカの顔も、なんとなく引きつってるような。
「怖いのです……。無表情でにらまれるの、怖いのです……」
え、もしかして怯えてるの?
私に?
なんで?
「……まぁいっか。実はコルキューテには、私たちの仲間が情報収集のために潜入してるんだ」
「へえ、初耳だね。どんなヤツなんだ?」
「ジョアナっていってね。パラディの人間なんだけど、情報収集と潜入の達人で、とっても頼れるお姉さんって感じかな」
アイツがいるといないとじゃ、安心感がぜんぜん違うんだ。
こんなこと本人の前じゃ、口が裂けても言えないけど。
「頼れるお姉さん、かぁ。アタシとキャラかぶってるな!」
……いや、それはどうだろうか。
頼れるのベクトルがなんとなく違う気がするし、身長とか胸とか色々と正反対だし。
「ジョアナがなにか掴んでるかもしんないしさ、リアさんがタルトゥスの悪事を暴いたら、スティージュとの連携を取り付けてくれるかもしんないじゃん。その時に私たちもいた方がいいでしょ、絶対」
「リアさんに色々吹き込んだのはアタシらだしな。いた方がスムーズか」
「ルーゴルフのヤツが自棄になって暴れた時、私なら殺せるし、ね」
これまで、タルトゥス軍のヤツらを二人も狩ってるんだ。
もうアイツらなんかに負ける気しない。
「……やっぱり殺意先行してんじゃん」
「そんなことないよ?」
私はいたって冷静だよ。
問答無用で殴り込みかけようとか言ってないもん。
抵抗した場合にブチ殺すってだけで。
「……っ」
おっと、怖い顔してたか。
ベアトにそでを、クイっとひっぱられちゃった。
「大丈夫、ちゃんと冷静だから」
注文していた紅茶を一口飲んで、ほっと一息。
少し苦めな味だから、甘いモノが欲しくなっちゃったな。
「ねえベアト。そのケーキ、私にも一口ちょうだい」
「……。……っ!?」
私、なにかおかしなこと言っちゃったか?
ベアトの顔が真っ赤にゆで上がって、フォーク片手にオロオロ。
それから意を決したみたいにケーキを一切れ、フォークに刺して、
「……っ」
私に差し出した。
「え、あれ、ベアト、えっ……?」
これ、さっきメロちゃんにやろうとしてたアレ?
あーん、ってヤツ!?
「う、うぅっ……」
どうしよう。
これ、やった方がいいヤツか?
……うん、ここで断る方が不自然だ。
大丈夫、メロちゃん相手に平気でやろうとしてたんだから、大丈夫。
友達同士だって普通にやるし、おかしなことじゃないはずだ。
「あ、あーん……」
ぱくっ。
……甘いね、このケーキ。
○○○
トーカの魔導機竜で軽く飛ばして数時間。
魔族の国コルキューテに無事到着。
歩きなら何日もかかる道のりを、こんなにも早く移動できるんだからすごいよね。
コルキューテの首都である王都ケイロン。
荒れ果てた荒野の中に立つ、王都ディーテにひけをとらないほど大きな街だ。
魔族領は土地が枯れてて、作物も実りにくい。
その代わりに、魔族たちはマジックアイテムの高度な製作技術を持っている。
それらを人間の国や他の亜人の国に輸出して、かわりに食料を輸入することで国が成り立ってた。
だけどブルトーギュが戦争ふっかけたせいで、輸入が止まって食糧難な状態に。
小さな村では餓死者も出るほどヒドイ状態らしいって、トーカが教えてくれた。
ちなみに私たちは今、宿屋の中で作戦会議中だ。
「……けどさ、街の中はにぎわってたよね」
街の雰囲気、かなり意外だった。
私が王都に初めて来た時、道行く人たちは夢も希望もないって顔してたのに、こっちの街はとっても活気に満ちてる。
「予想はつくさ。王都を占拠したアイツが、物資を山ほど本国に送りつけてんだろ」
「あぁ、なるほどね。本国からの評価爆上がり、救国の英雄サマってわけかチクショウ」
ブルトーギュが死ねば、どうせ戦争が終わって、ペルネ姫が食糧の輸出を解禁しただろうに。
「ホントにムカつくな、あの野郎……」
タルトゥスには色々とムカついてるけど、何よりもムカつくのが善人ヅラしてるとこ。
私らが、リーダーが苦労して積み上げてきたものを、横からかすめ取りやがって。
「あたいも今、本当にムカついてるです。一発ブチかましてやりたいのです……!」
メロちゃんも、やる気満々って感じだ。
故郷のフレジェンタを潰された分をやり返したい、そう言ってこの旅についてきたんだもんね。
もしも物騒なことになった場合、私といっしょに戦うつもりだろうな。
「メロ、早まるなよ。全てはリアさんの行動を待ってからだ」
さすが年長者、トーカが先に釘を刺してくれた。
「むぅ……、わかってるのですよ……。キリエお姉さんと違って、殺意先行で動いたりしないのです……」
いや、失礼だと思うよそれは。
「それでキリエ、リアさんの部隊の到着は明日の予定だけど、それまでどうすんだ?」
フォレスティアからここまで、馬で急げば一日。
部隊は騎馬が中心だけど、物資の輸送もあるから到着までは二日かかる。
出発が昨日だったから、到着は明日の予定だ。
「もちろん、ジョアナを探す」
ジョアナはもう一月くらい、この街で情報収集を続けてる。
アイツのことだから、色々と役に立つ情報を探り当ててるだろうね。
「問題は、どこにいるかさっぱりなことだけど……。なんとか探してみるよ」
「その必要はないわ」
扉の外から聞こえた突然の声。
壁に立てかけてあったソードブレイカーへとっさに手を伸ばしかけて、すぐに気付く。
「……その声、ジョアナ?」
「はい、せいか〜い」
ガチャリと扉が開いて、クリーム色のウェーブがかった髪のお姉さんが登場。
敵だと思って警戒しちゃって損したよ。
「脅かさないでよ、ジョアナ。久しぶり」
「ええ、お久しぶりね、キリエちゃん。うふふっ、ホントに久しぶり……」