106 森の都の魔族軍
街中に散らばった魔物の死体は、翌日にはきれいに片付けられて、今は壊れた街並みの立て直しが始まってる。
「キレイな街だったんだろうね、ここ」
「です。森の都フォレスティア。避暑地や観光地としても有名で、あたいも一度は来てみたかったのですよ。こんな形で来るとは、思わなかったですけど……」
焼け落ちた家の前で泣きわめくエルフの女の子の横を通りながら、メロちゃんが暗い顔で説明してくれた。
今回の襲撃で、今の子みたいに家族を失った人、大勢いるんだろうな。
家族をとつぜん失う悲しみ、痛いほどわかるよ。
けど、これは自然発生の魔物の氾濫。
憎しみを向ける先がないって、辛いだろうな……。
「……っ」
ベアトにそでをクイっとされた。
怖い顔してるつもり、なかったんだけど。
「悲しそうな顔、してたぞ」
「……っ」
しゃべれないベアトの代わりに、トーカが教えてくれた。
そっか、元気出してって言ってくれてるんだ。
「ありがと、ベアト。私は大丈夫だから。さ、リアさんの陣所に行こう」
あの人からは、色々と聞きたいことがあるからね。
どうしてこの街にいたのか、とか、今のコルキューテの様子とかも。
○○○
街の外れ、入り口から少し離れた森の中の広場にある、魔族軍の陣所にやってきた。
テントがたくさん張られてて、焚き火の跡もあちこちにある。
近くにいた兵士さんに、リアさんに用事があるって伝えたら、快く案内してくれた。
復興作業にかり出されてて、兵士さんは少しだけしか残ってないみたい。
一番奥にある小屋みたいな大きさのテントの前まで連れてこられて、中に声がかけられる。
「リア様、お客様がいらっしゃいましたが、お会いになられますか」
「かまわない、通してくれ」
今のはリアさんの声だな。
許可が出たところで入り口をくぐると、オレンジの髪を後ろで結んだ軍人さんが出迎えてくれた。
「おぉ、客人とはキミらのことだったか」
「おう、アタシらだ。さっそく来てやったけど、迷惑だったりは?」
「とんでもない、こちらこそ何もないところですまない。せめてゆっくりしていってくれ」
トーカがやり取りしてくれるから楽だよね。
年長者、ホント頼りになる。
テントの真ん中には長い机とたくさんのイスが置かれている。
生活するためじゃなくて、指揮したり作戦立てたりするためのテントって感じだ。
「さ、遠慮なく座ってくれ」
「失礼します……」
愛想のいいトーカに比べて、表情筋が死んでる私。
しかも男のフリして声低くしてるから、余計に愛想悪く見えるよね……。
イスに座ると、ベアトが私のとなりにぴったりとくっついた。
もう定位置だね、そのうちひざの上に乗ってくるんじゃないかな。
メロちゃんとトーカも席について、軽く自己紹介。
私はキリエと本名を名乗ってみたけど、男にしては珍しい名前、程度の反応だった。
「……さて、困ったことがあって頼ってきた、という風ではないな。どんな用事だろうか」
「実は、アンタに色々と確認したいことがあってね。……あとはキリエ、よろしく」
「え、わたっ……ボクが!?」
「しかたないだろ。アンタが聞きたいこと、アタシは聞いてないんだから」
「うっ、確かに……」
あらかじめ全部教えて、全部トーカにやり取りしてもらえばよかった。
もう男の演技やめたい……。
「え、と……、まず、リアさんはどうしてこの街に……?」
「そうなのです。いくら隣国でも、エルフの国は他国なのです。魔族軍がいるだけでも色々まずいのに、なんで首都にいるのですか?」
メロちゃん、ナイス補足。
「我らの駐留は、セイタム様からの命令だ」
セイタム……、タルトゥスの父親で、争いごとが嫌いな魔族の王様だね。
「先の戦闘で、一部の魔族軍の暴走により正規軍、亜人軍に多くの死傷者が出た。セイタム様は心を痛めると同時に関係の悪化を恐れ、隣国であるハルネストとの合同軍事演習をもちかけたのだ」
「なるほどね、それで親交を回復しようってわけか」
「そうして数日前、この街に到着し、準備を進めていたわけだが……。ご存じの通り昨日のトラブル、演習は中止となりそうだな。このまま我ら、そろって本国に帰還だろう」
昨日のトラブル……、魔物の大群が街に押し寄せてきた事件、か。
「あんなことって、この辺りではよくあることなの?」
「いや、あまり聞かないな。何十年に一度、小規模なものがあるかないか、その程度だろう。魔物がよく見られる場所も、この街からは遠く離れている」
……ちょっとタイミングが良すぎる気もするな。
そんなレアケースが、たまたま魔族軍がいる時に、狙いすましたように起こるだなんて。
もちろんリアさんを疑ってるわけじゃないんだけど。
「けど街のみなさん、魔族軍の人たちに感謝してたですよ。関係の悪化を防ぐって目的、果たせたんじゃないですか?」
「そう、だな……。もちろん手放しで喜べないが、不幸中の幸い、といったところか」
この通り、魔族側にメリットが発生したし。
さて、となると怪しいのはもちろん……。
「ねえ、リアさん。タルトゥス軍の誰か、コルキューテに帰ってきたりしてない?」
「一月ほど前に一人戻っている。ルーゴルフ殿だ。……それがなにか?」
ルーゴルフ、と。
えーっと、たしか……。
「……【使役】」
そうだ、【使役】の使い手だ。
魔物を呼び出して自由に操り戦わせるギフトだっけ。
ちょっと怪し過ぎるぞ、これは。
「しえき……? キリエ殿、少し様子がおかしいが、なにか気がかりでも?」
「いえ……、思い過ごしです……」
リアさんにはまだ黙っとこう。
適当にごまかして、話をはぐらかしておく。
「……ところで、さっきから気になっているのですよ。タルトゥスって今、コルキューテでどういう扱いなのです?」
メロちゃん、またもナイス。
聞きにくかったことに、ズバッと斬り込んでくれた。
「さて、どういった意味の質問かはわからぬが、あの方は今、王都ディーテに駐留しているのだろう?」
「駐留って……。王国を滅ぼして乗っ取ることを駐留というのですか!?」
おっと、それはぶっちゃけ過ぎなのでは。
「メロちゃん、ちょっと落ち着いて」
「あ……、ごめんなさいです、つい……」
もう少し様子を見てから問い詰めたかったんだけど、責めてもしかたないか。
「王国を、滅ぼした……? 私が聞いている話と全く違うのだが、どういうことだ……」
リアさん、ものすごくショック受けてるみたい。
もともと青白い顔が、さらに青くなってる。
「その話、本当なのか……? 詳しく聞かせてくれ」
この反応、タルトゥス側からの情報操作が行なわれてたと見て、間違いなさそうだ。
そういえばこの人、さっきから例の件について、一部の魔族の暴走としか言ってないし。
だったら、隠す必要ないよね。
私の知ってるタルトゥスの悪行全部、ルーゴルフの勇贈玉も含めてリアさんにぶちまけてやった。
「そんなことが……! では、件の同志討ちも一部の者の暴走などではなく……」
さて、リアさんはどうするんだろう。
正義感と忠誠心が強いこの人なら、私たちの味方になってくれる——、
「……いや、キミたちの言葉のみを鵜呑みにはできないな。疑っているわけではないが、ここは慎重に自分の目で、耳で確かめて、その上で判断したい」
……んじゃないかと思ったけど、そりゃそうか。
いきなり現れて素性も知れない私たちのこと、証拠もナシに信じるわけないよね。
「賢明な判断だ。けどさ、確かめるって、どうするつもりだい?」
「本国にはルーゴルフ殿がいる。彼に探りを入れて、シロならばよし。もしもクロならば、しかるべき対応を取らねばなるまい」




