104 たまには勇者らしく
パラディの地下、人工勇者実験用の貯蔵庫から持ってきた、勇贈玉の入った箱。
その扱いをどうしようか、私は困り果てていた。
【水神】のラベルが貼られてて、水を出すギフトなら相性バツグンだと思ってたんだけど、開かないんだよね、この小箱。
どうやったって開かないの。
まず、カギ穴が見当たらない。
力でこじ開けようとしても壊そうとしてもビクともしない。
魔力を弾く素材で出来てるのかな、【沸騰】ですら溶けてくれないんだ。
かなり強くなったと思ってたのに、こんな小箱相手に手も足も出ないなんて。
「なんですかお姉さん、その小箱。もしかしてベアトお姉さんへの婚約指輪ですか?」
「違うって。パラディ潜入の戦利品。勇贈玉が入った箱だよ」
婚約指輪なわけないのに、なんでニヤニヤしてんだメロちゃんは。
「ほぇー、勇贈玉。どんなギフトなんです?」
「【水神】だってさ。水を操るギフトみたい」
「おぉっ、相性バツグンですね! 戦力大幅アップなのです!」
だと、いいんだけどね。
飛ばされたり落としたら大変だし、カバンの奥の底にしまっておく。
なんせここ、ちょっと上がれば雲に届きそうな高さだし。
私たちの乗るガーゴイル、地上からは少し大きな鳥にしか見えないだろうな。
パラディを出発した翌日。
私たちは魔導機竜の背に乗って、エルフの国の上空を飛行中だ。
コルキューテの南に隣接した国だってトーカが教えてくれたけど、通り過ぎるだけだし細かいことは聞いてない。
私と話し終えたメロちゃんは、トーカのそばへ。
「トーカ、もっともっと高く飛ぶですよ! 雲よりも高く!」
「ホントにいいのか? 地上の様子が見えないし、何より寒いし空気薄いぞ?」
「う……っ、や、やっぱりこの高さでいいのです……」
あの娘、すっかりトーカに懐いてるね。
見た目的にも年の近い友達って感じだし。
「……っ♪」
で、ベアトだけど、さっきから楽しそうに地上の様子をながめてる。
あの娘、機竜の背中ではいつもこんな感じだ。
地上を見下ろしてるか、私にくっついてるか。
こんな上空から見下ろせる機会なんて無いもんね、目をキラキラ輝かせてる。
「……?」
あれ、どうしたんだろう。
ベアトが軽く首をひねって、それからあわてて私の方に来た。
「……っ! ……っ!!」
私のそでをクイクイひっぱりながら、必死に地上を指さしてる。
ただ事じゃない感じだけど、あっちになにかあるのか——。
「……っ! トーカ、あっち! あの森の辺り!」
「おうっ、どうした?」
ベアトが大慌てするわけだ。
この子が指さす先、森の中の少し開けた場所にある大きな街から、火の手が上がってる。
しかもアレ、ただの火事じゃない。
「うわ、なんなんですかアレは! 魔物の氾濫でも起きたんですか!?」
そう、ここからでも見えるくらい大量の、魔物の大群が押し寄せてるんだ。
「……っ! ……っ!!」
そうだよね、ベアトならアレを見なかったことにはできないよね。
「トーカ、急いであの街に。私たちで加勢するよ」
「勇者サマみたいなこと言うね。了解っ、しっかりつかまってなよ!」
魔導機竜の翼が変形して、筒がせり出した。
トーカいわく、ブースターっていうらしい。
勇贈玉に宿った知識が教えてくれるみたいだ。
そこから火を吹いて、機竜は急加速。
メロちゃんがトーカに、ベアトは私にギュッとしがみついた。
「と、飛ぶのです、飛んじゃうのです〜」
「〜〜〜〜っ!!」
この加速圧、二人には辛いだろうな……。
ベアトに手をまわして抱きしめて、飛んでいかないように支えてあげた。
さすが全開の速度を出した魔導機竜、あっという間に街の上空まで到着だ。
街中を埋め尽くす魔物の群れに応戦する、エルフの兵士たち。
よかった、まだなんとか持ちこたえてる。
ただ、何人かが私たちを見上げて指をさしているんだけど。
新しい魔物だと思われちゃってるかな、これは。
「……ねえ、トーカ。街の外の開けた場所に着陸させて、それからベアトのことお願い。このままじゃ魔導機竜、攻撃を受けちゃいそうだから」
「お願いされんのはいいけどさ、それならキリエはどうすんだ?」
「こうすんの。あとはよろしくねっ!」
地上まで、だいたい二十メートルくらい。
この程度の高さなら問題なしだ。
「おまっ、ちょっと待てってば!」
ガーゴイルの背中の上から飛び出しながら、真っ赤なソードブレイカーを抜き放つ。
真下には、エルフの兵士に襲いかかる毛むくじゃらのクマ型魔獣。
刀身にほんのちょっぴり【沸騰】の魔力を込めて、
ズパァァンっ!!
表面を撫で斬りながら着地すると同時、魔物の血肉が沸騰して弾け飛んだ。
「あ、あなたは……っ?」
「私のことより状況教えて。この街、まだ大丈夫だよね?」
突然降ってきて魔獣を一撃で倒したヤツがいたら、そりゃ驚くだろうね。
びっくりしてるエルフのお姉さんに、まずは戦況の確認だ。
「えっ、ええ。非戦闘員は街の奥、長の屋敷にかくまわれています。迎撃に当たっているのが、我々エルフ部隊と——」
説明してくれてるお姉さんの後ろから、でっかいカエルのバケモノが襲いかかる。
だけど、私が迎え撃つまでもなく。
ヒュッ、ドスドスドスっ!!
飛んできた三本の矢に貫かれて、その場にすっ転ぶ。
そこへ飛び込んできた、オレンジ髪の小柄な女魔族。
手にした槍を魔物の脳天に突き刺して、大ガエルの息の根を止めた。
「ひゃあっ!」
ワンテンポ遅れて魔物に気づいたお姉さんが、腰を抜かしてへたり込む。
こんな調子で大丈夫なのか、この人。
で、オレンジ髪の女魔族だけど、タルトゥスたちと同じコルキューテの軍服を着てる。
「……よし、次はこの辺りの魔物を掃討する!」
弓を放った部下たちに指示を出して、私たちには目もくれず、辺りの魔物を倒しはじめた。
どうやらあの魔族の将、この街を守ってくれてるみたいだ。
もしかして、タルトゥスとは無関係な正規軍か?
へたり込んだままのお姉さんに手を差しのべて、起こしてあげるついでに質問だ。
「あの魔族たちは?」
「彼女たちがさっき説明しそびれた、私たちと防衛に当たっている魔族の部隊です。たまたま駐留してくれてて、助かりました……」
なるほどね、エルフと魔族が共同で防衛にあたってるわけか。
状況を把握できたところで、私もたまには勇者らしく、魔物退治を頑張ろう。
それと、あの魔族が敵か味方かしっかりと見極めなくっちゃね……。