102 タカラモノにはカギをつけて
さて、まずはトーカとはぐれてた間の情報共有だ。
最初に私がグスタフを殺したことと、タルトゥス軍のレヴィアと戦って倒したこと、最後に人工勇者の実験について話す。
トーカからは、赤い鉱石の実験が魔物を生み出すためのものだったと聞いた。
「なるほどねぇ……。そこまで腐ってたとは、嘆かわしい限りだよ、まったく」
ため息をつくクレールさん。
あとの三人は勇贈玉について聞いてからずっと、私の方を見て青ざめてる。
「勇贈玉って、そういうモノだったのですか……?」
「この【機兵】の中にも、かつての勇者がいるってわけか……。なんとも、うすら寒い話だな……」
トーカもショックだろうね。
首から勇贈玉の首飾りを下げて、その力で戦ってるんだもん。
けど、一番ショックが大きかったのはやっぱりベアト。
「……っ! ……っ!!」
泣きそうな顔で、私の手をギュッとにぎってくる。
「……っ」
そうだよね、今さらながら気持ちが沈んできた。
たとえ仇討ちを成し遂げて、ベアトも守って、平穏を手に入れたとしても。
人間である以上、いつか私は死ぬ。
そしたら私の魂は勇贈玉に閉じ込められて、永遠に玉の中。
あの世や生まれ変わりとかがどんなシステムになってんのか知らないけど、私に限っては、死んだ時点でベアトと永遠にお別れだ。
考えるだけで耐えられない、胸がかきむしられるような感じになる。
「……そうだ、いっそのこと」
そうだよ、そもそもの原因があの存在じゃん。
アレが私を勇者に選ばなければ、私の家族も死なずに済んで——。
「……っ?」
ベアトに、そでをクイクイひっぱられた。
怖い顔をしてたら教えてって頼んだヤツ。
今回はやけに激しくひっぱられたけど、私、そんなに怖い顔してたか。
「あ、ごめん。ちょっと考えゴトしてただけ」
とんでもない、あまりに大それた考えゴトだった気がするけど。
それから、クレールさんとベアトにはベルナさんの話を。
リーチェの側に仕えてたって伝えたら、二人とも安心したような様子だった。
やっぱりリーチェって、敵じゃないのかな……。
「ねえ、ベアト。リーチェってどんな娘なの?」
「……っ?」
質問の意味がわからない、みたいなカオをされたけど、羊皮紙にスラスラ書いてくれた。
『リーチェはわたしのおねえさんです。ちいさなころからなんでもできて、とってもまじめでした。わたしがあそんでるときも、いっつもべんきょうして、りっぱな聖女になろうとしてたんです』
「……そっか。ゴメンね、変なこと聞いて」
うん、どうやら疑いすぎたみたい。
ベアトを生け贄にする話にも、あの娘は関わってないのかも。
「で、あと一つが大ニュースだろ? アタシはピンときてないけど、ベアトとメロにとっちゃビックリする内容のはずだぞ」
「そうだね、大ニュース。私もいまだに信じられないもん、幻だったんじゃないかって思うくらい」
リーダーが生きていた。
それってつまり、ジョアナの情報が珍しく間違ってたってことだけど、これは嬉しい間違いだよね。
○○○
リーダーが生きてたって聞いた時、ベアトは本当にびっくりして、涙ぐんで、心の底から安心してた。
メロちゃんも驚いてたけど、ちょっと反応が違ったな。
そういえばこの子がリーダーと過ごした時間って三日くらいだったっけ。
その間、特に話したりもしてなかったし。
「こいつはストラお姉さんが喜ぶですよ!」
と、ぴょんぴょん跳ねて大喜びだった。
さて、そのメロちゃんだけど、ただ今トーカといっしょにお昼寝中。
トーカってば、リーダーといっしょに私を探して一晩中探しまわってくれてたから寝不足なんだ。
ベアトといっしょに夜遅くまで私たちの帰りを待ってたメロちゃんも同じく。
お昼を過ぎてトーカたちが起きたら、聖地ピレアポリスを出発。
行き先は今のところ、スティージュの予定だ。
そんなわけで、トーカが起きるまでヒマな時間ができた私。
ベアトにアレをプレゼントしてあげたくって、今まで買い物に出かけてた。
もちろん、忘れずに男装して。
「ただいまー」
お店に戻って、奥の居住スペースへ。
イスに座って作業をしてたベアト。
私に気付いて立ち上がると、そのまま勢いよく抱きついてきた。
「……っ」
「おっと」
胸にカオをうずめて、すりすり。
ほんのちょっと留守にしてただけなのに、朝と同じくらいの歓迎っぷりだ。
昨夜戻れなかったせいで、不安にさせちゃったのかな。
「よしよし、大丈夫。ちょっとそこまで、買い物に行ってただけだから」
「……」
頭をなでてあげたら、落ち着いたみたい。
しばらく私に体重をあずけて、
「……っ!?」
それからハッと我にかえって、テーブルの上に出してたモノをあわてた様子で片付け始めた。
何か作ってるみたいだけど、なんだろ。
「……っ」
カバンの中に詰め込み終えると、おすまし顔で羊皮紙を取り出してスラスラ。
『おかえりなさい。なにをかってきたんですか?』
「ちょっとね、ベアトにプレゼント」
「……っ!? ……?」
小さな小包を出して見せると、ベアトはびっくり。
筆談も忘れて、自分の顔を指さしてる。
「そう、ベアトにだよ。首元に首輪がないと、やっぱりおかしな感じがして」
小袋から取り出して、ベアトに見せてあげる。
買ってきたのは錠前がデザインされた首輪。
宝箱にカギをかけるみたいに、ベアトを誰にも渡さないって意思表明だ。
……ちょっと重いかもだけど、精神的な意味で。
「どう、かな? 気に入らなかったらいいんだよ、遠慮なく言って」
「……っ!!」
『そんなことないです、とってもうれしいです』
よかった、本当に嬉しそうだ。
さて、それじゃあさっそく渡して、着けてるところを見せてもらおうかな。
「……っ、……っ」
……あれ、なんだかもじもじしてる?
それから、ためらいがちにペンを走らせて。
『キリエさんがつけてください』
顔を赤くしながら、そんなお願いをしてきた。
「べ、べつにいいけど……」
なんでもないことのはずなのに、ベアトがそんな顔するから、私まで恥ずかしくなってきたじゃんか。
首輪を広げて、ベアトの首にまわして、留め具をパチリとハメる。
「うん、よかった、似合ってる」
「……っ、……」
って、またもじもじしだしたんだけど……。
『なんだか、キリエさんのもちものにされちゃったみたいです』
「い……っ、いやいや……!」
なんてこと言うんだよ、もう。
上目づかいで、そんなことが書かれた羊皮紙を両手で持って、この子は私をどうしたいんだ。
「ふあーぁ、おはよう。つってももうお昼かー」
「お昼ご飯食べたら出発ですよ! ひゃっほう、また魔導機竜に乗れるです! 楽しみなのです!」
「快適な空の旅を約束するよ。……ん? お二人さん、顔真っ赤だけどなんかあった?」
「……いや、なにもないよ、なにも」
よかった、二人が起きて来てくれて。
ベアトは残念そうにしてるけど、なんかもう、おかしな空気になりかけてたからね。
○○○
お昼ご飯をすませて、出発の時間がやってきた。
「お世話になりました、クレールさん!」
年長者のトーカがペコリと頭を下げてお礼を告げる。
気難しいおばあちゃんは、結局最後までムスッとした顔のまま。
「ふん、いい迷惑だったよ。ま、退屈しのぎにはなったがね。……そこのアンタ」
「わ、私?」
なんで私に話をふるんだ、ちょっと怖いんだけど。
「女だからって安心してると思ったら大まちがいだ。ベアトに変なことしたら、承知しないよ」
「しないから……!」
なんだよ、変なことって。
私とベアト、別にそういう関係じゃないのに。
ちょっと勘違いしてるのか、このおばあちゃん。
「ほら、もういいだろ、とっとと行きな」
しっしって感じで手を払って、お店の中に戻っていくクレールさん。
本当はさみしいんじゃないの、とか言ったら殴られそう。
背中を向けたまま、立ち止まって最後に一言。
「……それともう一つ。しっかり守ってやんな。その子に何かあったら、それこそ承知しないからね」
それだけ言うと、今度こそお店の中に入っていった。
血は繋がってなくても、孫思いの良いおばあちゃんなんだな。
まだまだ多くの闇を抱えた、純白の都ピレアポリス。
神聖な雰囲気の中にどこか不気味さを感じる街に、私たちはいったんの別れを告げた。