101 おかえりなさい
ベルナさんがいっしょに来てくれたおかげで、何事もなく大神殿の入り口まで出て来られた。
フードとベールで顔を隠した状態で、だけどね。
ペコリと頭を下げて、私を見送るベルナさん。
このまま別れる前に、さっき聞けなかったことを聞いておきたい。
「……あの、ベルナさんってクレールさんの娘さんですよね……?」
「え……っ? ええ、私の母はクレールですが、御存じなのですか……?」
やっぱり。
ベアトの乳母をやってた人が、どういうわけで聖女の使用人みたいなことをやってるんだろう。
そこも気になるけど、今一番聞いておかなきゃいけないことは別にある。
パラディにやってきた目的のうち、最後の一つ。
ベアトが生け贄にされなきゃならない理由をつきとめること。
この人なら、なにか知ってるかもしれないよね。
「クレールさんとは、ちょっとした知り合いというか……。えっと、一つだけ、聞いていいですか?」
「うふふ、そんなに固くるしくしなくても、私で力になれるなら、なんなりと」
教会のシスターって感じの物腰の柔らかさ。
優しい人なんだって、少し接しただけで伝わってくる。
そっか、ベアトはこの人に育てられたんだよね、そりゃ優しくていい人で当然か。
「それじゃあ聞きますけど、ベア——」
「知りませんっ!!」
……びっくりした。
温和そうなベルナさんが、ベアトの名前を出したとたん声を張り上げた。
私のセリフにかぶせて、覆い隠すように。
「……すみません」
こっちに目をむけた参拝者たちに、ペコリと頭を下げる。
それから、固まってた私の方に来て、
「その名前を、この場でみだりに出してはいけないのです……」
そう言ってから、耳元で、小さくささやいた。
「あなたのことは聞いてます。あの娘のこと、守ってあげてくださいね……」
「……え、と」
「おつとめがありますので、私はこれにて」
何がなにやらわからないうちに、ベルナさんはペコリと頭を下げて、大聖堂の中に入っていった。
結局、ベアトが狙われる理由はわからないままか……。
悪夢も見ちゃったし、気分は最悪だ。
早くベアトに会いたいな……。
○○○
「ベアト、それにメロも! あんたらどこで寝てんだい、まったく!」
「……っ!」
「あいたっ」
おばあちゃんに頭を叩かれて、私とメロさんは夢から覚めました。
どうやら私たち、待ちくたびれて一晩テーブルに突っ伏していたみたいです。
「もう朝なのですか……?」
頭をさすりながら、メロさんがキョロキョロします。
ちゅんちゅん、小鳥のさえずる声と窓からさしこむ明かり。
完全に朝ですね。
……あれ、キリエさんたちは?
「……っ、……!」
『おばあちゃん、キリエさんたちはかえってきてないんですか?』
「見ての通りさ」
そんな……。
キリエさんに限って万一はない、と信じたいです。
信じたいですけど、一晩たっても戻らないなんて……。
チリンチリン!
カウンターの呼び鈴が鳴りました。
このお店にお客さんが来るわけないですから、きっとキリエさんたちです!
帰ってきたんです!
「ちょっ、ベアトお姉さんは出て行っちゃダメですってば!」
「……」
……はい、そうですね。
万一、本当に万が一ですが、お客さんだったりしたら、顔見られちゃいますもんね。
「かわりに見てきてやるよ。ま、十中八九、客だろうけどねぇ」
「……?」
違うと思いますよ。
だって、今までこのお店にお客さんが来たとこ、一度も見てませんから。
おばあちゃん、どうやって暮らしているのでしょうか……。
お店の方に行ったおばあちゃんが、すぐに戻ってきました。
フードとベールで顔を隠した、小さい女の子を連れて。
「……お客じゃなかったよ、意外なことにね」
「トーカっ!」
「よっ、ただいま戻ったよ」
変装セットを外すと、やっぱりトーカさんです。
メロさんが嬉しそうに飛びつきました。
「トーカ、無事だったのです!」
「あぁ、アタシは無事だよ。……けど、この分だとキリエのヤツ、まだ戻ってないか」
「……っ!?」
キリエさん、いっしょじゃないんですか!?
「……っ! ……っ!!」
「ちょ、落ち着けベアト!」
落ち着いていられません!
ベールとフードとローブのフル装備ならお外に出られます!
私、キリエさんを探しに——。
ガチャリ。
その時、お店のドアが開いた音がしました。
○○○
中々入り組んでるよね、この路地裏。
何はともあれ、無事にクレールさんのお店に到着。
さて、トーカは戻ってきてるかな……。
ガチャリ。
お店のドアを開けて、中に入る。
相変わらず不気味だ、変なニオイするし。
「……っと、カウンターの呼び鈴、鳴らせばいいんだっけ」
置いてあるベルに手をのばした、その瞬間。
どたどたどたっ!
足音を立てて、誰かがこっちに走ってくる。
カウンターの奥から飛び出してきたのは、ベールとフードで顔を隠した女の子。
だけど、キラキラ輝いた青い瞳を見れば、誰だかすぐわかる。
「ベアトっ!」
「……っ!!!」
変装セットを取っ払って、私にむかって飛びついてきた。
軽くて細い体を受け止めて、ギュッと抱きしめる。
あったかくていいニオイ……。
「……っ! ……っ!」
私の胸に顔をうずめて、頭をスリスリするベアト。
結んだ髪が、犬のしっぽみたいにブンブン揺れてとってもかわいい。
「……。……っ!」
けど、突然ハッとして、羊皮紙にペンでスラスラ。
『ケガしてませんか? してたらすぐになおします』
「大丈夫。見ての通り元気だよ」
リーチェか、それとも教団の治癒魔術師なのかはわかんないけど、昨夜のダメージは全部、きれいさっぱり治療されてる。
私の無事な姿を見て、ベアトは安心したみたい。
ホッと息を吐いて、それからにっこり、天使みたいな笑顔を見せてくれた。
『おかえりなさい、キリエさん』
「うん、ただいま、ベアト。遅くなっちゃってごめんね」
見つめ返したら、ベアトがなぜだかちょっとびっくりした。
それからまた、ペンをスラスラ走らせて。
『キリエさん、いまとってもやわらかいひょうじょうでした。もうすこしで笑いそうでした!』
「え、そんなに……?」
おかしいな、全然自覚なかったんだけど。
「……うん、もしそんなカオできてたとしたら、ベアトのおかげかな」
『わたしのおかげ、ですか?』
「さっきまでの私、どん底に近い気分だったんだよ? だから、ベアトに会えて癒されたんだと思う。ううん、それだけじゃない」
今だけじゃなくて、今までもずっと。
ベアトがいなかったら、きっと私もレヴィアみたいになってた。
復讐だけを生きる理由にして、どんどん心が死んでいって、きっと最期には何も果たせずに死んでいた。
「全部、ベアトのおかげだから」
ギュッと、抱きしめる。
らしくなかったかな。
けど、どうしても今、こうしたかったんだ。
「……っ」
ベアトも顔を真っ赤にして、私の背中に手を回す。
ドキドキ、ドキドキ。
心臓の鼓動が伝わってきて。
「……なぁ。こいつぁ営業妨害かい?」
「お熱いのです、すごいのです……」
「あー、いや、なんだ。元気そうで安心したよ! 無事でよかったな、キリエ!」
ねぇ、カウンターから私たちを観察してる三人さぁ。
これ、見せ物じゃないんだけど。