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100 聖女




 お加減はいかがですか、と聞かれて、初めて気付く。

 全身に刻まれたケガが、全部すっきり治ってるんだ。

 精神的にはともかく、体調的な意味じゃ健康そのものって感じ。


「えっと、嫌な夢を見ただけで……」


「そう、よかったです。治癒魔法に失敗してしまったのかと、心配でしたので」


「あの、ここは……? キミは誰……?」


 聞いてみるけど、なんとなく想像つくよね。

 ベアトとそっくりの顔。

 違いと言えば、まんまるな目のベアトと比べてちょっとつり目気味。

 それでも、ベアトの顔を見慣れてなければ気付けないくらいのちょっとした違いだ。


「申し遅れました。私はリーチェ・ティナリー。パラディの聖女を務める者です」


 思った通り、この子が聖女さまだった。

 天使みたいな笑顔を浮かべて名乗ってくれる。

 ま、ベアトの方が天使だと思うけど。


「ここは大神殿の五階にある私の部屋。礼拝堂で傷だらけで倒れていたあなたを見つけて、ここまで連れてきたんです」


 説明してくれた事柄ことがらにも、ウソはないみたい。

 気を失う直前に見たベアト、幻覚じゃなくてこの子だったわけだ。


 だけど、簡単に信用できないな。

 ベアトを生け贄にしようとしてて、怪しい実験を地下でやってて、タルトゥス軍に物騒なモノを渡したヤツらのトップだもん。

 いくらベアトに似てるからって、治療してくれたからって、それだけじゃ信用できないし、ベアトの名前も出したくない。


「……どうして、私を助けたの? あんな場所で血まみれで倒れてて、どう見たって怪し過ぎるでしょ。悪い人かもしれないのに」


「悪い人なのですか?」


「いや……、違う、とも言いきれないかもしれないけど……」


「うふふっ」


 笑われちゃったよ。


「ごめんなさい、本当は知っています。あなたが誰なのか。顔を見た時はびっくりしました」


 ……あぁ、そっか。

 そうだよね、私は勇者だ。

 顔が割れてるからこそ、ずっと男装してるんだもん。


「当代の勇者、キリエ・ミナレット様。改めまして、パラディへようこそ」



 △▽△



「おい、起きろ嬢ちゃん」


「……んあっ」


 あ、ダメだ、今一瞬、意識飛んでた。


「ようやくお目覚めかい。通気口の中なんかで、よく二時間も寝れるな」


「あれ、アタシそんなに寝てた?」


「もう朝だぜ」


 うわ、ホントだ。

 バルジさんが見せてくれた懐中時計が朝の六時をさしていた。


 キリエを探して、一晩中ダクトの中を這いまわったアタシたち。

 金網のスキマからのぞいて探したけど、行方不明の勇者サマは結局見つからず。


「まじかー。怒られるの覚悟で、一度戻ろうかな……」


 一晩中探したのに見つかんないんだもんね。

 もしかしたら、自力で脱出してるかもしんないし。


「俺の方も戻るとするよ、おかげで目的達成できたからな」


「赤い石の実験のこと? アレはビビったね」


 あの坑道の奥にあったのと同じ、赤い石。

 ドクンドクンと鳴動するアレを、研究員が小さなトカゲにかざしたんだ。

 そしたら、光がトカゲを探るみたいに動いた。

 その直後、石の中からトカゲにそっくりな小さなドラゴンが大量にズルズル這い出してきて、思わず悲鳴を上げそうに。

 なんとかこらえたけども。


「魔物を誕生させるための石なのかな、アレ」


 魔物ってのはもしかして、ああして生まれてるのか?

 赤い鉱石が元になる生物の情報を取り込んで……。


 あそこにあった岩も、キリエが触ってから点滅をやめて、それからあの坑道に魔物が出なくなったんだよね。

 ……もしかしてアタシ、とんでもないモノを剣にしちゃったか?


「どうした嬢ちゃん、顔青いぜ?」


「嬢ちゃんじゃないって。アンタと年、そんなに変わんないから」


 ま、今んトコあの剣に害はないし。

 それに、点滅が止んで魔物が出なくなったんなら、その時点で無害化されてるはずか。


「よし、じゃあ戻ろっか」


「だな。用事も済んだし、俺んトコのガキどもも心配だ」


 バルジさん、たしか実験台にされてた人たちを助け出して一緒に暮らしてるんだっけ。

 ガキどもってことは、子どもも実験材料にされてたのか……。

 ひっどいことするもんだな、パラディも。


「こっちだぜ。とっておきの秘密の抜け道だ、ついてきな」


 バルジさん、廊下に飛び下りて隠し階段に向かうかと思いきや、またまたダクトをほふく前進で進みだした。

 もしかしてこの人、礼拝堂の隠し階段から出入りしてるわけじゃなかったりする?




 ダクトの行き止まり、バルジさんが金網を外すと、そこは枯れた井戸の底。

 壁をよじ登って井戸から顔を出す。

 どうやら大神殿の外れ、ぽつんと立ってる小屋の中らしい。

 なるほど、ここから空気を取り入れてたわけだ。


「普通の出入り口なら待ち伏せされてるかもしんねぇけどな、ここなら安全だ」


「ずいぶんとまぁ、無用心なもんだね」


 こんな仕組みの場所は他に見たことないし、警備の盲点なのかもしんないけど。

 さて、話しこんでる時間はないね。


「じゃ、アタシはベアトたちんトコ戻るよ」


「俺ぁまだ、この街にいるからよ。一緒には行けねぇが、いつでも訪ねてきてくれ」


 バルジさんからもらった小さなメモ。

 書かれていたのはどっかの住所だ。


「俺たちの隠れ家だ」


「ありがと、ここまで信用してくれて」


 カバンの奥にしまって、今度こそ。

 アタシとバルジさんは小屋を出て、それぞれの戻る場所に駆け出した。



 ○○○



 ゆっくりしていって、なんてリーチェには言われたけどさ、ゆっくりしてらんないよね。

 私の荷物、ベッド脇に剣とまとめて置いてある。

 念のため中身を確認したけど、【水神】の勇贈玉ギフトスフィアが入った箱までまるっと無事だ。

 ……ホントに、敵じゃないのかな。


 荷物をまとめて寝室を出ると、広い広いリビングルームが広がっていた。

 イスに腰かけたリーチェが、私を見て少し驚いた表情カオをする。


「……あら? もうお帰りになられるのですか?」


「悪いけど、あんまりゆっくりはしてらんないんだ」


「そう、少々残念ですね。あなたとはじっくりと語らいたかったのですが」


 まゆげをハの字にして、ホントに残念そうだな……。

 テーブルの上に置いてあった呼び鈴を鳴らして、


「ベルナ、表まで案内してあげて」


「はい……」


 シスター姿の女の人を呼びつけた。

 あれ?

 ベルナってもしかして、ベアトの乳母うばをやってたって人じゃ……。


「大神殿の外まで、ご案内いたします」


「あ、ありがとう……」


 聞きたいけど、ここで聞いたら色々知られそうでまずいよね。

 とりあえずはなんとも思ってないフリをして、案内してもらうことにしよう。


「じゃ、私はこれで。治療してくれてありがとうね」


「いえいえ、また会いましょうね。近い内に」


 聖女リーチェは最後まで、部屋を後にする私のことを笑顔で見つめ、手を振っていた。



 ●●●



 キリエが部屋を出ていってしばらく。

 浮かべた笑顔はそのままに、リーチェが再度呼び鈴を鳴らす。


「ノア、もう出てきてもいいですよ」


「はい、リーチェ様」


 ノア、と呼ばれた法衣の女性が、リーチェのかたわらにひざまずいた。

 差し出されたリーチェの手をとって、いとおしげに頬をすりよせる。


「いい子ですね、キリエさんとベアトの関係を教えてくれるなんて」


「リーチェ様のためですもの。私を地獄から救い出してくださったあなたに、全てを捧げると誓ったのですから……」


「くすっ、本当にお利口なペット……」


 聖女はノアのあごをくすぐりつつ、おだやかに微笑んだまま、紅茶を一口あおった。


「……しかし、よろしかったのですか? ベアトを見逃すだなんて……」


「かまいません。あの娘を捕まえる代わりに勇贈玉ギフトスフィアを使わせる、それがタルトゥス軍との契約ですもの。こちらで捕まえたら向こうの面目を潰してしまうし、美しいこの街で暴れられても嫌でしょう?」


「では、【水神】の勇贈玉ギフトスフィアを取り返さなかったのも、なにか理由が?」


「だって私が疑われてしまうもの。今はまだ、静観こそが正解。どうせあの箱の封印はエンピレオ神に選ばれた聖女にしか、私にしか解けないのだから、何も問題ありません。それに、くす……っ」


 皿の上にティーカップを静かに置いて、


「パラディの秘宝である勇贈玉ギフトスフィアを盗み出すだなんて、いい『口実』になると思いません?」


 満面の、天使のような笑みを浮かべた。




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