10 束の間の安らぎ
リターナー武具店、お店の部分はわりと狭くて、どこにでもある武器と防具が雑に並べられてる感じ。
地下への階段を下りると、六つ扉が並んでた。
廊下は土の壁に木の枠組みで補強されて、ランタンもぶら下がってて結構明るい。
部屋は武器庫が一つ、会議室が一つ、客間が四つだ。
私はその中の一つ、ベッドとか生活雑貨が並んだ部屋に通されて、ここを使わせてもらえることになった。
疲れてるだろうから、詳しい話は後だって。
奴隷の娘にも、もう一つの客間がプレゼントされたんだけど、なぜだか私から離れたがらない。
なんでこんなに懐かれてんだ。
「それじゃ、あとでお食事持ってくるから」
「ありがと、ジョアナさん」
「……んー、ジョアナさんは堅苦しいし、呼び捨てでよろしく」
「分かった、じゃあジョアナで」
呼び方変更に満足したジョアナさん、じゃなかった、ジョアナが私の部屋を後にした。
呼び捨ての提案、親しみを込めて、なのかな。
……でも、仲良くする気はないよ。
誰とも、必要以上に仲良くする気はない。
だって、仲良くなって失ったら、辛いじゃん。
もうあんな思い、したくない。
だから私は、特別を作らないと決めたんだ。
さて、ジョアナが去って、残されたのは私と、この名前も分からない奴隷の女の子。
「あなた、名前は?」
いつまでも女の子、とか奴隷の娘、じゃあ色々と不便だし。
でも喋れない上に、奴隷じゃ字も書けないよね。
あ、私も字書くのは下手だけど、ケニーじいさんに教えてもらったから読み書き自体はバッチリ出来るよ。
「……っ」
部屋のテーブルに置いてあった、羽ペンと羊皮紙。
それを引き寄せて、なんとこの子はスラスラと書き始めた。
え、ウソ、私より字が上手!?
「……べ、ア、ト。これ、あなたの名前?」
「……っ!」
コクリと頷いた。
こうしてめでたく名前が判明。
そして名前以上の疑問が発生。
「あの、どうして字が書けるの?」
この世界で、読み書きが出来る人の割合は決して多くない。
大体二人に一人くらいが読めるけど書けない。
奴隷なんてなおさら、読みも書きも出来ないのが当たり前だ。
「もしかして、あなた、何かワケあり?」
「……っ、っ!」
ぶんぶんと顔を左右に振りつつ、
『わたしはただのどれいです』
と、とっても綺麗な字で書いてくれた。
「……いや、でもさ」
『字をかけるめずらしいどれいなので、カロンさまにひろわれました。それだけです』
そういうことにしたいらしい。
ま、いいか。
誰とも深く関わらないって決めたんだ。
ベアトのこと深く聞いたって仕方ない。
「……いいよ、それで。話したくないんなら話さなくても」
ちょっと冷たいかな。
この子が妙に懐いてる理由も、よく分かんないよね。
あんまり私に深く関わってほしくないんだけどなあ……。
「私はキリエ・ミナレット。よろしくね、ベアト」
「……っ!」
お返しに名前教えてあげたら、とっても嬉しそうに笑ってくれた。
なんでこんなに懐かれてんのか、さっぱりわかんないんだけど。
「ん?」
あれ、またサラサラと何かを書き始めた。
『うで、いたくないですか。いっぱい、ちが出てます』
あぁ、気付かなかった。
さっきの騎士さんに斬られた二の腕、まだ血が止まってないや。
けっこうざっくりやられたからなぁ。
私って痛みに鈍感なのかも。
「後で治療してもらうよ。にしても、全身傷だらけ。年頃の乙女がこれだもんな」
酒屋さんで応急手当してもらったけど、あのなんとかって小隊長との戦いで刺された肩も、斬られた足も完治してない。
治癒魔法じゃないんだから、そんな全快なんてするはずない。
このまま傷が増えてったら、ちゃんと戦えなくなるかもな。
それは困る。
『わたしがなおします』
「ベアトが? 治すの? ……気持ちだけ受け取っとくよ」
私の言葉に、なぜかムッとされた。
いやだって、どう見ても治療の心得とか無さそうじゃんか。
彼女はおもむろに私の傷に手を伸ばす。
ちょ、一体なにする気だ。
「……っ!」
ベアトの手のひらから、青い光が放たれた。
淡い輝きが私の傷口を包み込み、みるみる塞いでいく。
これって……。
「治癒魔法……?」
間違いない、治癒魔法だ。
魔法まで使えるのか、この子。
魔力を体内に取り込める才能と、魔術の術式を丸暗記する頭脳が必要な、魔法。
使っちゃったよ、自称ただの奴隷。
「……びっくりした。けど助かったよ、ありがとう」
「……っ」
お礼を告げると、とってもいい笑顔を向けられた。
またもサラサラ筆を走らせて。
『ほかのけがもなおします。ふくをぬいでください』
「あー、うん。じゃあお願いしようかな」
ケガが治るんなら助かるし。
ちょっとびっくりしたけど、この子の素性に興味はないからね。
さて、まさかの治癒魔法で私のダメージは全快。
服を着直すと、ちょうどジョアナがご飯を持ってきてくれた。
当たり前のように二人分、かと思いきやなぜか三人分。
「お姉さんも一緒に食べようと思って。……そんな嫌な顔しないでよ」
「してないよ? 大歓迎だから」
しまった、ちょっとうっとうしいなって顔に出てたっぽい。
三人でテーブルを囲んでお食事タイム。
昨日の夕食以来だな、まともな物食べるの。
……昨日、かぁ。
もっとずっと昔のことみたいだ。
さて、出てきたご飯は……。
「…………スノーラビットの、揚げものだ」
「あら? お嫌いだった?」
「好き、だよ。うん、好きだけど……」
あの夜の、暖かなひと時を思い出して、どうしても目が熱くなる。
二度と帰ってこない、あの時間。
やばい、泣きそう。
泣きそうだけど、ここで泣いたら……。
「何か、思い出しちゃった?」
「——っ!」
「いいのよ、辛かったら——」
「辛くないです! いただきます!」
涙は無理やり押し込めた。
そうだ、ブルトーギュ王を殺すまで涙はおあずけだ。
今はたくさん食べて、元気と体力をつける時。
お肉をフォークでぶっ刺して、おもいっきり頬張る。
うん、肉汁がしたたってジューシー。
やけ食い気味にバクバク胃の中に詰め込んだ。
「……っ! ……っ!!」
同じ勢いで、ベアトも貪るように食べてる。
お腹が空いてたのかな、あの体だもんな。
骨ばってて、痩せこけて。
満足に食事ももらえなかったんだろう。
食べ終わったところで、ジョアナが会話の口火を切る。
てっきりレジスタンスについての説明かと思いきや。
「ベアトちゃん、でいいのよね。この子、しっかり綺麗にしてあげないと」
なぜか始まったのはベアト談義。
難しい話はどうやら明日、バルジさんから直接話すみたい。
ジョアナって新入りだから、あんまり詳しくないんだって。
「磨けば光るわよ、この子。私が保証する」
「……っ?」
「うん、まあ勝手に磨いてて。私はもう寝たい……。昨日の夜中から寝てないんだよね」
お腹を満たしたら、次は眠気だ。
遠慮なく大あくびする私を、ジョアナが何か言いたげに見てくる。
「少しは会話に乗りなさいよ……。はぁ、仕方ないわね。パジャマ、そこのクローゼットに入ってるから自由に使って。さ、ベアトちゃんはお姉さんと一緒に行きましょうねー」
「……っ! ……っ、……っ!」
ベアトはいやいやしながら、手を引かれて連れて行かれてしまった。
二人がいなくなって静かになった部屋で、私はパジャマに着替えてベッドに倒れ込む。
はぁ、長かった。
やっと体が休められる。
心までは、休まらないけど。
目を閉じると、すぐに私は夢の世界へと旅立った。
○○○
お姉ちゃん、クレアといっしょにねよー!
「もう、甘えん坊さんだな。いいよ、おいで」
やったー!
えへへ、お姉ちゃんのベッド。
お姉ちゃんの匂いだー!
「もう寝るんでしょ、あんまりはしゃがないの」
だって、お姉ちゃんと一緒なんだもーん!
「こら、お布団バタバタしたら……、クレア? どうしたの? クレア?」
…………。
さっきまではしゃいでたいもうとが、めをみひらいてしんでいる。
からだから、たくさんちをながして、じっとこちらをみつめて
「っあああぁぁぁあぁああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
私は、ベッドから飛び起きた。
全身に汗をかいて、絶叫と共に。
「はぁ……っ、はぁ……っ」
指先が震える。
夢だ、今のはただの夢だ、分かっていても涙があふれて止まらない。
「……?」
と、誰かにパジャマのそでを引っ張られた。
暗くて見えないけど、だれか隣にいる?
「だ、誰……?」
頭が回らない。
まだ半分寝てるような、ふわふわした感じ。
そのまま引っ張られて、抱きしめられた。
あったかい、いいにおい。
ちょっと骨ばってて固い気もするけど。
そのまま私は、また夢の中へ。
今度は朝まで、目を覚ますことはなく。
そして翌朝、目覚めた私はベアトに抱きしめられて熟睡したことを知った。
いや、だって気付かないじゃん。
ここ私の部屋だし、なんかいい匂いで全然臭くなかったし。
ジョアナにお風呂入れられた?
なるほど、そうでしたか。