01 始まる前に終わった勇者の物語
おめでとうございます、キリエ・ミナレットさん。
突然ですが、あなたは勇者に選ばれました。
私にそう告げたお城のお役人様は、お面みたいな笑顔を浮かべていた。
勇者様なら先日の戦いで、魔族軍相手に見事な討ち死にを遂げたはず。
どうやらその力が、私に継承されちゃったらしい。
今日は私の誕生日、とんだプレゼントを寄こされたもんだよ。
勇者とは、神様に選ばれた存在。
人並み外れた力と、【ギフト】と呼ばれる特別な力を授かる戦士。
その程度のことは、ただの村娘である私でも知っている。
このデルティラード王国が、領土を広げるために魔族に戦争を仕掛けて、勇者の力を利用していることも。
先代の勇者様も、先々代も、そんなクソどうでもいい戦争で死んだ。
きっと私もそうなるんだろう。
涙ながらに私を見送る母さんと妹の顔が、それを物語ってる。
(ヤダって言っても、殺されるのがオチだろうし、ね)
暴君ブルトーギュに逆らえば、勇者だろうと待っているのは死。
そいつだけは間違いない。
総勢二十人の村民に見送られながら、旅立つ勇者の私。
生まれ育った小さな村が、小さくなっていく。
絶対に忘れないよう、最後に目に焼き付けて。
かくして剣の一本も握ったことない私は、豪華な馬車でお城へと連れ去られていった。
○○○
秘密裏にお城に送られた私は、綺麗な服を着せられて、謁見の間へと案内される。
新たな勇者に授けられた【ギフト】を調べるためらしい。
緊張の中、立派な扉をくぐって通された謁見の間。
両脇にズラリと偉そうな人たちが並んでいる。
きっと貴族なんだろう、一人も知らないけど。
「……勇者殿、こちらから玉座の前へ」
ゴツイ騎士のおじさんに促され、ふっかふかの赤カーペットの上を歩いていく。
天井も高いし壁も柱もキレイだけど、あんまりキョロキョロしてると睨まれそう。
玉座の前まで歩かされ、片膝姿勢でひざまずくよう指示された。
ひざついてる方の足がちょっと疲れるな、これ。
そのまま待たされること数分。
ファンファーレが響き渡り、王様がご登場。
黒い角刈りに立派なあごひげ、筋肉はムッキムキ。
一代で大陸の半分を掌中に納めた、ブルトーギュ・ハディス・デルティラード。
その強引な侵略に、暴君なんて呼ばれてる。
彼が連れてきた側近は、一人はマントをつけた温和そうな顔の小太りのおじさん。
きっと大臣だ、ああいう人は大臣と決まってる。
もう一人は、多分女の人かな。
フードかぶってて口元しか見えないけど、体のラインが女の人っぽい。
あと、なんか水晶玉っぽいの持ってる。
「面を下げよ、無礼であるぞ!!」
「は、はいっ!」
ジロジロ見てたら、温和そうな大臣にいきなり怒鳴られた。
細かった目をいきなり見開いて、甲高い声で。
慌てて頭を下げる私。
人はみかけによらないね、うん。
「よい、面を上げよ、勇者」
「ははっ!」
言われるままに顔を上げる。
王様は、私の顔をじっと見つめてなにか頷いた。
「……一見するとただの村娘。ジュダス、この者で間違いはないのか」
「ええ、陛下。間違いございませんわ」
「左様か。お主のことだ、間違いはあるまい」
確かにただの村娘です。
お国のために戦わされるんですよ、ただの村娘が。
はぁ、お家に帰りたい……。
「勇者よ、名乗ることを許す。申せ」
「はいっ! リボの村出身、キリエ・ミナレット。十六歳です!」
私の発言を、大臣が紙に記録している。
勇者のプロフィールだもんね、大事だよね、多分。
「あい分かった。ではジュダス、さっそく【ギフト】の診断を」
「仰せのままに、陛下」
ジュダスと呼ばれた女の人が、水晶玉に祈りを捧げる。
あぁ、あの人はきっと神託者だ。
神と呼ばれる存在、エンピレオの声を聞いて、人間に伝える力を持った人。
かなりの修行を積まないとなれないって聞いたことある。
「……見えました。この者のギフトは——」
謁見の間に緊張が走る。
当然だろう、【ギフト】は勇者の強さの要。
強力なものであればあるほど、この国の戦争は楽になるのだから。
「【沸騰】……です」
「ふ、ふっとう……?」
思わず声が出てしまった。
慌てて口元を抑え、頭を下げてじっとする。
(沸騰ってあれ? 水沸かしてブクブクってなるあれだよね?)
あまりにも弱そうな響きに、もう嫌な予感しかしない。
貴族様たちも、なんだかざわついてるし。
「ふむ、名前だけでは判断しかねるな。騎士団修練場に移動だ、そこで見極めるぞ」
王の一声によって、謁見は中断。
私は騎士団の修練場まで、ごつい騎士のおじさんに連行されていくのだった。
○○○
そして私は、生まれて初めて剣を持たされ、へなちょこな素振りを繰り返している。
王様と貴族様たちが離れて見守る中で。
これ、どんな罰ゲームだよ。
「……はぁ、全然なんにも出ない」
「勇者様、奥底から湧き上がる衝動に任せて、秘めた力を解放するのです」
「と、言いましても……」
ごつい騎士さんが助言をくれるけど、剣を振っても振ってもなんにも起こらない。
何が出来るか分からない新米勇者にはよくあることらしいんだけど、やっぱり気まずいよね……。
「はぁ、疲れた……」
汗だっくだく、腕は重いしシビれるし。
剣ってこんなに重いんだね……。
「お疲れさまです、お水をどうぞ」
「あ、ありがとございます」
騎士さんが水の入ったコップをくれた。
飲んでみるとよく冷えてておいしい、さすが王宮のお水。
喉もうるおったし、もうちょっと頑張ってみよう。
(えっと、奥底から湧き上がる衝動に任せて……?)
コップを持ったまま、貰った助言を頭の中で繰り返すと、何かが掴めた気がした。
心臓の奥の辺りから、力が湧き上がってくる。
胸から腕を伝って、熱いモノが手から飛び出し、
ボコボコボコボコッ。
「……ん?」
熱い。
コップが熱い。
と、言うか、コップの中身が熱い。
水が湯気を出して、泡がぶくぶくしてる。
「沸騰、してる……?」
もしかして、これ?
私の【ギフト】って、水をお湯にするの?
それだけなの?
……といった具合で、その後の修練場の空気はコップの中身とは真逆。
冷え切ってた。
貴族様から漏れる失笑、湯沸かし勇者とかいうひそひそ声の陰口。
王様は見切りをつけたようにその場を立ち去り、謁見は終了。
翌日には、城中に私のウワサが広まってた。
まあ、ね。
恥ずかしいさ。
顔から火が出てお湯湧かせそうなほど恥ずかしいよ。
部屋にいてもメイドさんが思わず噴き出すし、冷えた紅茶を自分で沸かせられるし。
でも、いいこともあった。
「勇者よ、故郷に帰ってよい」
王様直々の、戦力外通告。
そりゃそうだ、お湯沸かすしか能がない村娘だもん。
わざわざ遠い遠い最前線に送り出したって何の役にも立たないし、むしろ邪魔になるだけ。
勇者の力は、手放したいと願えば誰かに押し付けられるらしい。
正直、これは嬉しかった。
戦わなくていい。
また村に帰って、今まで通りの暮らしが出来るんだ。
貴族様から笑いが漏れても、大臣に凄い目で睨まれても、私はノーダメージ。
死ぬよりずっとマシです。
……嘘、ちょっと泣きそう。
こうして私は、行きと同じく豪華な馬車に送られて、故郷リボの村へ早過ぎる凱旋を果たした。
かなり恥ずかしいけど、これでまたいつも通りの日常が戻ってくる。
私の勇者としての物語は、始まる前にめでたくエンディングを迎えたのだった。
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王の居室にて、大臣グスタフが王に詰め寄る。
議題は、勇者キリエについて。
「何故あの小娘を村へ返したのですか! 勇者が死なねば新たな勇者は誕生しない、それはよくご存じのはず!」
「知っておる。それと大臣、機密事項だ。そう声を荒げるな」
「し、失礼。私の性分でしてな」
大臣の性格を、王は熟知している。
短気な性分を差し引いても、この男は有能だ。
使える、だから多少の非礼でも殺さない。
「考えよ、勇者が城内で殺されたとなれば、家臣の心に乱れが生じる。下手人の後始末も一苦労だ」
「た、確かに……」
「帰路における馬車内での襲撃もまずい。あれは王家の馬車、襲われたと民衆に知れれば余の権威に傷がつく」
「ではどうするのです。このまま勇者を欠いては、我が軍は劣勢に……」
玉座に深く座り、あごひげを指で弄りながら、王は冷酷な笑みを浮かべる。
「案ずるな、大臣。よい考えがある」
「と、申しますと?」
「人口二十名ほどの小さな村、たまたま野盗に襲われて全滅しても、我が国にはなんの影響もあるまい?」
「ほう、なるほど……。では、そのように手配致します」
ニヤリと口元を歪め、大臣は退室した。
これで万事抜かりなし。
勇者が死ねば、新たな勇者がじきに生まれる。
戦局は優勢、王国が魔族領を踏みつぶし、手中に納める日も近い。
王の興味はすでにキリエを離れ、まだ見ぬ次の勇者へと移っていた。