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【書籍化・コミカライズ】偽・聖剣物語 ~幼なじみの聖女を売ったら道連れにされた~  作者: 溝上 良
第四章 アリスターの婚活編

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第99話 結婚式でバーン!って乱入するやつ

 










 空はよく晴れ、綺麗な白い雲がいくつか点在するくらいだった。

 おそらく、今日一日は雨が降るようなことはないだろう。


 とても心地よく、気分が高揚するような一日。

 それこそ、何か幸せなことが起こるかもしれないと、人々に思わせるような稀に見る晴天であった。


 そして、そんな今日、このような晴天にふさわしい行事が執り行われようとしていた。


「それでは、新郎新婦の入場です」


 厳かな雰囲気の中、そう声を発したのは今や国中に勢力を広げつつある勇者教の聖女、エリザベス・ストレームであった。

 小柄で華奢な彼女だが、穏やかな笑みを浮かべているその姿は、聖女にふさわしいとても包容力のあるものだった。


 彼女や参列者が多く集まっているこの場所は、かつては天使教の……そして、今は勇者教の拠点である教会である。

 それも、立派で荘厳な教会で、こんな所で執り行われている結婚式は、それほど重要なものだということだ。


 参列者もそうそうたる面々である。

 一般市民ももちろんいるのだが、大きな力を持つ商人や他の領地を治める貴族までもが参列している。


 そして、何よりも……この国の聖女であるマガリと、第一王子であるエリアまでもが参列しているということに、今回の結婚式の当事者たちがどれほどのものなのかということを示していた。

 そんな彼らに大きな拍手をして迎えられるのは、二人の男女。


 一人はにこやかな笑みを浮かべている男だ。彼もまたこの王国内で大きな力を持っている貴族である。

 その名前は、ゲーアハルト・エーレンフェスト。エーレンフェスト家の若き当主である。


 そして、もう一人もまた美しい容姿をした女だった。

 ゲーアハルトよりも少し年上だろうが、しかしそれでも年増とかそういうことではなく、女の花盛りを迎えているであろう女。


 彼女も王国の有力貴族であり、ゲーアハルトと同じく本日の主役であるマーラ・バルディーニである。

 少し不思議なのは、とてもにこやかで幸せそうな笑みをゲーアハルトが浮かべているのと対照的に、マーラはどこか晴れない憂慮しているような曇った表情を浮かべている点である。


 しかし、そんな少し憂鬱気味な雰囲気も、彼女の美しさを際立てていた。


「(ふっ……何とかここまでこぎつけたわ)」


 他の参列者たちとは少し違った、特別に設置された高座にいるマガリは、うっすらと笑みを浮かべていた。

 なかなかあくどい笑みなのだが、幸いにして参列者たちの注目を集めているのは本日の主役である新郎新婦であるため、彼女を見る者は誰もいなかった。


 この結婚式、何を隠そう推し進めて協力したのはこのマガリである。

 もちろん、他人の幸せのために尽力するような女ではない。当然ながら裏がある。


 彼女が積極的に動こうとするのは、自分のためとあと一つは……。


「……少しおかしいな。バルディーニの表情が優れないような気がするが……」


 彼女と同じく高座にいるのは、この国の王子であるエリアである。

 有力貴族同士の結婚式なので、王族から何かしら祝いの言葉が届けられるのは当然だろう。


 それでも、王子レベルが参列することはほとんどないのだが、マガリが行くということで彼女に惚れているエリアもついてきたのである。

 そんな彼は、主役の一人である新婦の何とも言えない表情が気にかかった。


 本来であれば、このような晴れ舞台、それこそ大輪の花のような笑顔を咲かせると思っていたのだが……。


「そういうこともありますよ。女には、マリッジブルーなる症状もあるらしいので」

「そ、そうなのか?」

「(私は全然わからないけど)」


 追及されたら面倒なので、マガリはそう言ってエリアの疑念を無理やり晴らす。

 結婚なんてしたことないし、これから彼女がそれをするとなると、都合のいい異性を見つけたということなのだから、彼女はウキウキで結婚式を挙げることだろう。


「しかし……ここはいい教会だ。勇者教に代わると聞いたときは意味が分からなかったが……悪いものではないな。ここで式を挙げるというのも、良いものだ」

「そうですね」


 教会の中をじっくりと見回すエリア。

 基本的に他者に辛辣な彼がここまで褒めることは珍しい。


 それほど、この協会が立派で美しいということである。

 なお、この時マガリはアリスターが信仰されていることで焦燥していたのを思いだし、こみあげてくる笑いを抑え込んでいたので聞いていなかった。


 天使の偶像が掲げられていたであろう場所も撤去され、何やら勇ましい男が剣を掲げている偶像に変えられているのである。

 あの勇猛で厳つそうな偶像がアリスターだと思うと、マガリは笑いがこらえきれない。


 ビビりヘタレウジウジ他人より自分のアリスターが、あんな格好よくなっているのである。笑わないはずがなかった。


「……俺たちの式の候補になるやもしれないな」

「は?」


 しかし、その愉快な気分はエリアのボソリとした呟きによってかき消される。

 は? 何を言っているのだ、この馬鹿王子は? お前と結婚するつもりなんて毛頭ないぞ?


 第一王子の嫁なんて大変過ぎて絶対に楽できない。

 そりゃあ、金銭的な面や暮らしという面ではこれ以上ないものだが、絶対に王子の……いつか王となったときに、パートナーとして公の場に引きずり出されるだろうし、何かしらの仕事は与えられるだろう。


 そんなの嫌である。楽な生活をのんびりと送りたいのである。


「お二人は病めるときも健やかなるときも――――――」


 どうにかエリアを諦めさせようとマガリが考えを巡らせているとき、エリザベスの一般的な口上が始まっていた。


「……今日という日を迎えられること、とても幸せに思います、マーラさん」

「そう、ですわね。わたくしも……」


 小さく、ゲーアハルトとマーラが会話をする。

 言葉の通り幸せそうな笑みを浮かべるゲーアハルトに対して、今この状況にあってもどこか難しい顔をしているマーラ。


 幸せだ。幸せのはずだ。事実、これだけ多くの人が、自分たちを祝福してくれている。

 行き遅れであるという認識は持っていた。


 これからも結婚はできないのであろうと諦めていたのだから、今回の話は嬉しいはずなのだ。

 相手に問題があるのであればまだしも、このゲーアハルト・エーレンフェストには何の問題もない。


 家柄はもちろんのこと、民を慈しんで治世を行っている性格や、うまく領地内を回している能力も申し分ない。

 それに、何よりも自分のことを好いていてくれている。


 貴族同士の結婚では、外面だけの婚姻関係で、実際はそれぞれ愛人を作っているということもあると聞いている。

 自分のことを好いてくれているゲーアハルトは、愛人を作らずに結婚生活を築くことができるだろう。


 幸せな結婚生活を送りたいというかつての夢があるマーラからすれば、ゲーアハルトとの結婚はまさに望むものだろう。

 しかし……やはり、マーラの胸はすくことがなかった。


「今は、色々と考えることもあるでしょうが、必ず私があなたを幸せにします。だから、私を信じてください」

「……ええ」


 ゲーアハルトの言葉に、コクリと頷くマーラ。

 嬉しくないはずがない。彼の言葉は、子供の時夢見ていた言葉そのものなのだから。


 男から幸せにすると宣言され、嫁にもらわれる。

 その小さなころの夢が、今ようやく叶おうとしているのである。


 まさに、女としての幸せを謳歌していても不思議ではない瞬間。

 しかし、マーラの頭の中には、ゲーアハルトとは違うまた別の男の顔が浮かび上がっていた。


 彼は、容姿が整っており高い戦闘能力を持っているだけではなく、心優しく自分よりも他者を思いやり、そっと手を差し伸べてきてくれる優しい男。

 そして、何よりも自分のことを――――――。


「それでは、誓いのキスを」


 エリザベスの声に促されて、ゲーアハルトの手がマーラの顔に被せられていたベールをとる。

 そして、二人の顔がゆっくりと近づいていき……。


「――――――その結婚、少し待ってもらってもいいか?」

「ッ!?」


 大きな教会の扉がバタン! と音を立てて開かれ、それと同時に凛々しくも強い決意を秘めた男の声が響き渡った。

 この静粛であり祝いの場でもあるこの場所……それも、今式の中でも最高の瞬間を迎えようとしていた時の水を差すような音と言葉に、参列者たちは驚きの声と共にその男に視線を向ける。


「ちっ……! まさか、ここまで……!!」


 忌々しそうに舌打ちをするのは、マガリである。

 荒んだ目で、乱入者の男を睨みつける。


 常に演技をしていて外面の良い聖女を演じている彼女からすると、なかなか珍しい光景である。

 それほど、彼女の心をかき乱す男なのだ。


「アリスター……さん……」


 ポツリとマーラが呟く。

 その顔は、呆然としているのだが、どこか喜色を混じらせていた。


 参列者たちの様々な視線が向けられる。

 その数の多さに見据えられるだけで、身体をすくませる者もいるだろうというほどの数だ。


 しかし、彼はそんな目を向けられてもものともせず、強い決意を秘めた表情を作る。


「俺が……俺が、マーラの夫になる」


 そして、彼は……アリスターは、そう宣言するのであった。




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