第90話 カルトに入るか!
「え、なんだよ、これ……?」
「がはっ……」
呆然とするエリザベス。そのそばで、ルボンは血を吐き出していた。
腹部を貫かれて、内臓も痛めたのだろう。絶対俺はこんな重傷負いたくないな、うん。
しかし……えぇぇぇぇぇ……? 俺が殺そうとしていた男が、串刺しになった……?
何が起きているのか、さっぱりなんだが……?
まず、この槍どこから飛んできたの? 誰が? 何のために? 何もかもわからないので、恐ろしさしか感じない。
いや、助かったのは助かったんだけどね?
俺の手を汚さずして不穏分子を処分できたわけだし。
「お、おい、親父?」
「はー、はー……無事で、よかった……。今まで、父として、何もできなかったから……最期くらいは……父としての責務を果たせた、ようだな」
「しっかりしろよ、親父!!」
エリザベスは血が付着することをいとわずに、崩れ落ちようとする父の身体を支える。
ひぇぇ……何か最期の最期に凄い良い人アピールしてるし……。
なに? 何か俺が悪いみたいじゃん。
『死ねよ、君』
「勇者……聖女……」
ルボンが声をかけてくる。
その声もかすれているし、その憔悴しきった表情は、もはや彼の命が助からないことを示していた。
事実、エリザベスが回復魔法をかけて必死に治そうとしているのだが……かなり厳しそうだ。
そんな状況で、ルボンが俺とマガリに声をかけてきた。
……ということは、だ。ここから想像できるのは、嫌なものしかない。
止めろぉ! 何も言わずに大人しく死んでくれぇ……!
「エリザベスを……私の、娘を……頼む……」
「親父いいいいいいいいいいいい!!」
エリザベスの絶叫と共に、ルボンの全身から力が抜けた。
えぇぇぇぇぇぇぇ……さっきまで殺しにかかっていた相手に娘を託すなよ……。
っていうか、マジで死んだの? なんか死ねとは思っていたけどいざこんな形で死なれると反応に困る……。
まあ、任せられたのはマガリだけどな。頑張れよ。
エリザベスはカルトの象徴だけど、なに、良い奴だから大丈夫だ。
「何言ってるの? 完全にあなたじゃない」
冷たい目を向けてくるマガリ。
ほら、聖女と聖女って間柄だろ? 俺よりお前と一緒にいた方がいいって。
「そんなことないわ」
『醜い押し付け合いは止めてよ! 今、ルボンが殺されたって大変な状況なんだからさ!』
魔剣の俺たちを非難するような強い声に、流石に黙り込むしかなかった。
とはいえ、ルボンが殺されたことは、俺にとって好都合以外のなにものでもない。
少なくとも、これからこいつに命を付け狙われることはなくなったのだから。
しかし、確かに魔剣の言うことにも一理ある。
というのも、ルボンを殺した者が、俺に好意的であるとは限らないからである。
っていうか、いきなり人を串刺しにするような奴だ。好意的だと考えない方が妥当だろう。
……よし、逃げるか。
「私も連れていきなさい」
早速決断した俺に、マガリがしがみついてくる。
止めろ、離せ。お前を置いて、俺は逃げるんだよぉ!
『ちょっと遅かったかなぁ……』
「……はあ。やはり、下界にはそう何度も降りたくないものだな。どうにも臭い」
魔剣の言葉通り、背筋がぞっとするような冷たい声が鳴り響いた。
おそるおそる目をやれば、先ほどまでルボンが浮いていた場所に別の男が浮いていた。
聖具を使っていた彼のように、翼を生やし、頭上の輪を備えた男。
しかし、ルボンと違うのは、男の放つ威圧的かつ神々しい雰囲気である。
それは、人間の俺たちとは大きく違う存在であることを訴えかけてきていた。
端整に整った顔つきは、それこそ女たちからかなりの人気が出そうなものなのだが、人形を見るような冷たい目が拒絶感を発している。
「お前が……お前が親父を殺したのか!?」
そんな男にも、果敢に声をかけるエリザベス。
彼女も普段ならば決して近づかないだろうが、父を殺されて興奮してしまっているのだろう。
しかし……。
「誰の許可を得てこの私に話しかけている、小娘が」
「……ッ!」
目を合わせただけで凍り付いてしまいそうになるほどの冷たい目に、エリザベスは言葉を出すことができなくなってしまう。
一切こちらを対等と見ていない目……気の強い彼女でも、抗うことはできなかったようだ。
「私を誰だと心得る。貴様ら天使教の信仰対象である天使、ラガエルであるぞ」
天使かよぉ……。いや、輪っかとか翼とかで想像はできていたけどさぁ……。
そういえば、何で天使ってエルって最後に付くのが多いのだろうか? どうでもいいけど。
「なんで……なんで俺の親父を殺したんだよ!?」
「そんなものは決まっている。その男が、我らの力を使いながら天使教のために行動することを止めようとしたからだ。それは、すなわち背信行為である。ゆえに、懲罰を下してやったのだ。このラガエル自ら懲罰を下してやったこと、感謝するべきだろう、小娘」
なんかすごいこと言っているし……。
自分絶対主義みたいな考え方をしているのだろう。まったく……なんて男だ。
『君は何も言えない』
「親父を……俺たちを、何だと思ってんだ!」
「我らに力を集める駒だ。それ以外のなにがある?」
「なっ……!?」
愕然とするエリザベス。
宗教の信仰対象が信者を駒と言ったのだ。その衝撃は計り知れない。
ほらな? 宗教……というか、カルトなんてこんなもんなんだよ。
今まで熱心に信仰して色々寄付していたのが馬鹿みたいだろう? 俺はそんなことしないけどな。
「そもそも、貴様ら下界の卑しい人間風情が、ただで救われるとでも思っているのか? そんなはずがないだろう。貴様ら人間は信仰を強く大きくして我らに力を集める。その一方で、我らは聖具を貴様らに与える。これは、取引なのだよ」
まあ、そんなうまい話はないだろう。
うまい話ほど疑ってかかるべきなのだ。俺のようにな。
『自分以外のすべてを信じず疑っている存在が何を言っているのだろうか?』
うるせえ。
「そんな……聖具って、ほとんど使えねえだろ!?」
「それは、貴様らの力が足りないから……信仰が足りないからだろう。私のせいにされても困る。……まあ、よい。ルボンが死んだ。可及的速やかに新たなリーダーを作り、さらに天使教の拡大に勤めよ。貴様らの使命は、私に仕えることにある。励めよ」
ひょぇぇぇ……よくこんな強くて圧迫的な言葉を吐けるものだな。逆上して襲われるとか考えないのだろうか?
俺はそれが怖くて、演技をしているということもある。
いつか見下している奴に痛い目に合わされそうだな、こいつ。
「そんな……天使様は、このような方だったのか……?」
「俺たちのことを、代わりのきく使い捨ての道具としか思っていないのか!?」
いつの間にか集まってきていた街の住人……つまりは、天使教徒たちがラガエルを見上げて絶望していた。
自分たちが信じて色々奉仕していた存在が、こんな冷たい奴だとなぁ……。
まあ、見たこともない存在を信仰するこいつらが悪いけど。
「さて、こんな下界からさっさと去りたいのだが……まずは、天使教に刃向った貴様らを処断しないとな」
そう言って、ギロリとこちらを睨みつけてくるラガエル。
こっちに矛先きたぁ……。ていうか、そっちから仕掛けてこなかったら別に刃向う気なんてなかったんですけどぉ……。
しかし、何やらラガエルは考え込む様子を見せた。
「……いや、そうだな。本来なら殺してやるところなのだが……取り込んだ方が得かもしれないな。どうだ、勇者よ? 天使教に入信し、貴様がこいつらを率いて天使教を拡大し、私に……天使に仕えないか? 聖具も祝福も与えてやろう。未来は約束されたものになるぞ?」
そう言って、手を差し伸べてくるラガエル。
くっ……悩ましい!
あの聖具を使ったルボンにも、非常に手こずり下手をすれば殺されていたかもしれない。
それなのに、聖具どころか天使そのものであるラガエルとやり合って勝てるとは、到底思えなかった。
だから、命を助けてくれると言うのであれば、何でも条件を飲むことが賢い選択だろう。
だが……だが、カルトの指導者になれなんて言われてしまえば、悩むのも当然だろう。
俺としては、一切かかわりたくないのだから。
考えろ……考えろ……! 俺にとって、どちらの選択をとることが最善なんだ!?
ここで断って、一縷の望みに賭けて戦う? 正直、避けたい。怖いし、勝てる可能性が低いし。
じゃあ、ラガエルの要求を呑んでカルトに入信する? それも反吐が出るほど嫌なのだが……しかし、こちらを選べば命の危険はないだろう。
いや、あるにはあるだろうが、ラガエルから殺されるということはなさそうだ。
なんだったら、この場しのぎのために頷いて、あのクソ天使がどこぞに帰ったら逃げればいい。
もちろん、一度入ってしまえば抜け出すことが難しいのがカルトなのだが……天使と戦うよりはマシだろう。
……よし! カルトに入るか!
俺は、血だらけのルボンに縋り付いて泣いているエリザベスを横目にしながら、そう決断して了承の意を伝えようとして……。
「断る」
また勝手に俺の口が……!! 魔剣んんんんんんんん!!
すると、スッと冷たい目を細めるラガエル。
「そうか。じゃあ、死ね」
彼の手にはルボンを貫いたであろう槍がいつの間にか戻っており、俺の近くにいたマガリはこっそりと避難していた。
また他人のために命を懸けて戦うのか……知ってた。
俺は泣きながら魔剣を構えるのであった。




