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第9話 始まりの光

 










「きゃっ!?」

「聖女様!」


 軽く地面が揺れて、私は小さく悲鳴を上げてしまう。

 アリスターを一緒に追いかけているヘルゲが、手を取って支えてくれた。


 これが聖女に与えられる気遣い……! あ、もう手は離してくれて大丈夫よ。

 しかし、一体何が……。


「あ、あれは……」


 私の目に飛び込んできたのは、森から天に向かって伸びている黒い光だった。

 何かしら、あれは? 魔力?


「くっ……!? なんだ、あの禍々しい魔力は!? 騎士団にいて鍛え上げられたこの私が、怯えている……!?」


 ……何を言っているのかしら、この人?

 いえ、ちゃんとあの光が異常だということは分かっている。


 しかし、屈強な男が身体を抱きしめながら震えているのを見ると、何だか……キョトンとしてしまう。

 それに、禍々しいという感想も、私は首を傾げたくなる。


 なんというのだろうか……温かさというか、居心地の良さというか……そんなものを感じるのである。


「いったい、どのような邪悪な存在があそこに……!」

「…………」


 しかし、そんなことを言っているヘルゲに、私の本当の気持ちを言えるはずもない。

 邪悪な存在だとか言っているのに、聖なる存在である聖女が居心地良さそうなんて感想を持っていることが知られたら、下手をすれば処断されてしまう。


 聖女という存在から解放されるのはまったく構わないのだが、命まで取られたり投獄されたりなんてことは御免なのだ。

 ……そう思うと、私を売り飛ばしたアリスターには、絶対に許せないという強い怒りがわいてくる。


 そんなことを考えていると、ハッとあることに気が付く。

 ヘルゲは、あんな光は見たことがないような反応をしている。


 ということは、今までの日常では、こんなことはなかったということだ。

 しかし、その日常が変わったのが、私という聖女を護送した今日である。


 そして、私が道連れにしてやったあのいけすかないゴミ……もとい、アリスターも往復している。

 アリスター……そう、彼があそこにいるのではないだろうか?


「ヘルゲさん、あそこに向かいましょう」

「何故ですか!? あの禍々しい魔力に、聖女様を近づけさせるわけにはいきません! 即刻戻りましょう!」


 なん……ですって……?

 それはいけない。アリスターをまだ道連れにできていないのだから。


「あの場所に、アリスターがいる気がするんです」

「な、何を根拠に……?」

「証拠はありません。ですが、感じるんです。あそこに、彼がいると……」


 これは本当だ。直感が、私にそう強く訴えかけてくるのだ。

 ヘルゲは汗を垂らし、苦しむように顔をゆがめていたが……。


「……わかりました。もし、あの場に彼がいるのであれば、騎士として彼を助けなければなりません。それに、あの付近に気になることもありますし」

「ありがとうございます」


 よっし、受け入れてくれた。

 これで、アリスター道連れ作戦を続けられるわ。


「……あの、気になることとは?」


 しかし、不穏な言葉を聞いて、確認しておく必要が生まれた。


「これは、噂にすぎないのですが……。王都の近くの森のどこかには、かつて勇者が魔王を駆逐した時に使用していたという聖剣が隠されてあるとされているんです。それを持てば、魔の力を持つ者を一掃することができるような強大な聖なる力を持つことができる、と。私たちも探しているのですが、聖剣を扱うことができる適合者以外を拒絶するらしく……未だに見つけられていません」


 へーっと思う。

 まるで、本に描かれている物語のようだ。


 ということは、だ。もしかしたら、アリスターがその聖剣を見つけてあの光を放っているという可能性も……。


「それはないわね」


 私はボソリと呟く。

 うん、それはない。


 聖剣というものは、自分を犠牲にしてでも他者を慈しむような……それこそ、聖人のような心清らかな人でなければ扱えない代物である。

 では、それがアリスターに該当するだろうか?


 否、断じて否である。

 彼の内面の腐り具合といえば、それはそれは凄まじいものである。


 自分以外どうでもいい、他人は自分のために存在しているし利用するもの、という思想の持ち主だ。

 まあ、この思想は私も似ているが、アリスターほど腐ってはいない……はずだ。


 ともかく、そういうわけだから、彼が聖剣の担い手にふさわしいかといえば、まったくふさわしくないわけだ。


「聖剣じゃなくて、魔剣だったりして……」


 うん、アリスターなら、そっちの方が合っている。

 ただ、魔剣というものは何かしらの代償を伴わなければ使用することができないものだ。


 仮に、アリスターが魔剣を使ってあの光を発しているのだとしたら……何を犠牲にしたのだろうか?


「ヘルゲさん、早くあの場に行きましょう!」

「は、はい。いきなりどうしたのですか?」


 私の焦りっぷりに、驚いた表情を見せるヘルゲ。

 だって、急がないと……急がないと……!


 アリスターが苦しんでいたり不様になっていたりする姿を見られないじゃないの!!

 急ごう。彼が苦しんでいる様を見て、ニヤニヤしよう。


 そして、弱っているアリスターを道連れにするのだ!

 私は決意を固くして、黒い光の元に向かうのであった。











 ◆



『えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!? どういうことぉっ!?』


 聖剣……いや、魔剣から戸惑いの絶叫が響き渡る。

 どうした、魔剣くん。


『いや、魔剣じゃないから! 僕、聖剣だから!』


 何を言っているんだ。魔剣と言えば、力を発揮したんじゃないか。


『それがおかしいんだよ! 嘘でしょ? 僕が何百年も聖剣としてあり続けていたというのに、君のどす黒さで魔剣に染められたというの?』


 俺のせいじゃないと思う。

 お前の心の中の黒さが、ここに来て開放されたというだけの話だろう。


『僕のせいにする気か!!』


 ギャアギャアとうるさく抗議してくる聖剣の言葉を聞き流し、俺は立ち尽くしているゴブリンたちを見る。

 完全な獲物だった俺が、何だか変な力を身体から放っているから警戒しているのだろう。


 俺の心境も変化していた。

 ゴブリンたちが蛆虫にしか見えないのは一緒なのだが、あいつらに恐怖心というものを感じなくなっていた。


 ふっ……全然怖くない。この力があれば、もう何も怖くないんだ。

 今までこんな雑魚魔物どもから必死に逃げていたのが恥ずかしいな……。


 まあ、誰にも見られていないからいいけど。


「ギッ……!」


 ニヤリと笑う俺を見て、どこか怯えたような様子を見せるゴブリンたち。

 だが、許さない。たとえ、どれほど不様に謝罪してきたとしても、この俺の命を脅かしたということはそれだけで死に値する。


『自分の力じゃないくせに、急に図に乗り出して嫌だ……』


 お前だって適合する俺みたいなやつがいないと何もできないだろうが。

 お互い利用し合うんだから、つべこべ言うなや。


『……まあ、悪い魔物を滅ぼすのは、聖剣の役割だしね』


 魔剣な。


『聖剣!!』


 ここでようやく意思疎通を果たした俺と聖剣は、とりあえずゴブリンを滅殺することで一致する。

 聖剣の黒々とした光が纏っていく。


 うーん……まったく聖剣に見えない。


『こうなったら八つ当たりだ! 嫌な適合者を連れてきた報復だ!!』


 やけくそになった聖剣の声が届く。

 というか、俺を嫌だと言いやがった。なんて奴だ。


 そもそも、八つ当たりをするような聖剣もどうなんだという話だが……。


「今回に限っては、まったく問題ないな」


 俺はニヤリと笑みを浮かべる。

 ゴブリンどもは、今更になって怯えた表情を見せる。


 それは、俺がお前らから逃げていたときに見せていた表情だ。

 それでもこいつらは俺を追い立てることを止めなかったので、俺が攻撃を止める理由は何一つとしてない。


『くたばれ!!』


 俺よりも早く聖剣の声が響き渡った。

 というか、こいつ、俺の身体を操ったな。


 まだ振り下ろすつもりのなかった聖剣が、いつの間にか腕を振って切り払われていた。

 もう少し、いつ殺されるかとビクビクしているゴブリンたちを見て楽しみたかったのに……。


 圧倒的強者から一気に弱者に陥った下等生物の顔を見たかったのに……。

 まあ、いいか。


 ともかく、色々とやけくそで張り切った聖剣の力は凄まじかった。

 振り払われたと同時に溢れ出した黒々とした光は、大地を破壊しながら突き進み、あっけなくゴブリンたちを飲み込み消滅させた。


 そのまま森を破壊するかと思いきや、唐突に方向転換して空に昇って行く。

 そして、大爆発。空にかかっていた雲が、はじけ飛んだ。


 ……この方向転換も、聖剣がやったことだろう。

 俺の身体を勝手に使われてしまったからか、げっそりと疲れてしまった。


「はぁ……本当、今日は厄日だったなぁ……」











 ◆



 その高く昇った黒い光は、多くの人の目に留まった。

 それは、アリスターの元に向かおうとしていたマガリやヘルゲの目にも映るのであった。


【魔物に追い詰められていた勇者アリスターは、聖剣■■■■■■と運命的な出会いをした。否、これは運命だったと言えるだろう。聖女マガリの王都に向かう道中を心配して同行し、役目を果たした際には二人して涙の別れをし、そして帰りに恐ろしい凶悪な魔物に襲われた。勇者アリスターは聖剣なくとも見事な身体能力で魔物の追撃から逃れていたが、ついに追い詰められてしまう。そこで聖剣と出会い、これから様々な偉業を成し遂げていくかの力を発揮したのだ。しかし、聖剣は誰が持っても力を発揮するというわけではない。清らかな心と他者をいつくしむ優しさがなければ、使用できないのである。事実、初代勇者の■■■■■■■以来、その聖剣を扱える者は現れなかったのだから。心優しき勇者アリスターは、その聖剣を以て悪辣な魔物を打ち倒すのであった。そして、これが勇者アリスターと聖女マガリの聖剣伝説の始まりなのである】

『聖剣伝説』第一章より抜粋。




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