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【書籍化・コミカライズ】偽・聖剣物語 ~幼なじみの聖女を売ったら道連れにされた~  作者: 溝上 良
第三章 黒の発露編

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第87話 力を貸してくれないか?

 










「(えっ……? ちょっと勝てなくない?)」


 硬い地面に叩き付けられたアリスターを襲ったのは、痛みではなく衝撃であった。

 彼は戦闘のド素人である。今までの戦ったグレーギルド、人魚……どれも、自分だけの力ではまったく歯が立たなかった。


 勝ったにしても、その戦闘の過程はどのようなものだったか、アリスターの目に捉えることはできなかったことがほとんどだ。

 つまり、勝つか負けるかとか、そういう次元までも達していない。


 だが、今回の敵は……天使の力を纏ったルボンは、そんなアリスターをして勝てないと思わせる存在であった。


「がはっ!!」


 そして、吐き出す血。

 それを手で受け止め、まじまじと見つめたアリスターは……。


「(なんじゃこりゃああああああああああああああああああああああ!?)」

『血だよ』


 悲鳴を上げるが、それでも表に出さないのはもう王都演劇団の主役を張れるレベルである。

 シルクヒロインの大演劇を披露することができるだろう。


「(なに冷静に言ってんだおおん!? 誰のせいでこんなことになったと思ってんだ!?)」

『……でも、たかが吐血くらいで……』

「(普通の人は普通にしてたら吐血なんてしないんですけどぉっ!?)」


 聖剣の経験とアリスターの常識は激しく乖離していた。


「(てか攻撃通用しないとか初めてじゃね? マジでどうすんの? 攻撃通用しなかったら負けるじゃん。殺されるじゃん。絶対嫌だぞ。もしヤバそうになったら、本当にマガリとエリザベスおいて逃げるからな。本気で)」

『と、とりあえず、斬撃使ってみる?』


 という聖剣の勧めもあって、アリスターは聖剣を構えて魔力を高める。

 ゴウッと唸りを上げるそれを見て、空中でルボンも目を見開く。


 砂煙が晴れて現れたアリスターには、黒々とした魔力の風が渦巻いていた。


「【邪悪なる斬撃(イヴィルスラッシュ)】!!」

『【聖なる斬撃(ホーリースラッシュ)】だってば!!』


 聖剣を振るうと同時に放たれる禍々しい斬撃は、ルボンに迫っていく。

 それほど力を溜めたわけではないので、全てを破壊することができるほどの力を秘めているというわけではないのだが、しかし人一人を排除するには十分だろう。


「ひっ……!?」


 ルボンも迫りくる黒い波に小さく悲鳴を上げる。

 思わず腕で顔を隠そうとする。


 それと同時に彼の全身を守るように障壁が現れて、黒い斬撃を受け止める。

 ガリガリと凄まじい音を立てながら拮抗する斬撃と障壁。


 全てを飲みこもうとする黒い奔流と、全てを受け止めようとする障壁の一騎打ち。


「はっ、はははっ! ど、どうだ? 天使様のお力は、貴様のような邪悪な力に負けることはないのだ!!」


 ルボンが勝利を確信して嘲笑った次の瞬間。


「ッ!?」


 ビシッ! と亀裂音が響くと同時に、障壁にひびが入った。

 これには、ルボンもぎょっと目を見開く。


 しかし……黒い斬撃が彼を追いこむことができたのは、ここまでであった。

 徐々に収束していき、障壁は見事ルボンを守りきることに成功したのである。


「はっ、はははははっ! や、やはり、天使様のお力は最強だ!!」

「(え、あかんやん……)」


 嬉々として笑うルボンと、絶望するアリスターの正反対の反応である。


「(でも、通用するのは通用するっぽいぞ! 連発だ! あの障壁ぶっ壊すため連発だ!!)」

『いや、厳しいんじゃないかな?』

「(何で!?)」

『だって、君の魔力クッソ少ないんだもん』


 ……アリスターは頷くことしかできなかった。

 異端審問官との戦い、先ほどまで信者たちに追い回されていたこと、それらの疲労や消耗が、今になって仇となっていた。


 もともと、彼の保有魔力量は多くないのに、そう頻繁に魔力を使えば足りなくなるのは当然である。


「(……もうダメじゃん)」

「さあ! 今度は私の番だ! 天使様の怒りを、受け止めろ!!」

「(嫌です)」


 空中からアリスターをあざ笑うように見下ろすルボン。

 彼は槍の矛先を地面に向け、光を集束させて……ビッ! と光線を撃ち放ったのであった。


 しかし、身動きのとれない空中ならばともかく、地面に足をつけているのであれば聖剣がただ受け止めるわけもない。

 それこそ、光の速さで降り続く光線を、アリスターは……というより聖剣は見事に避けることに成功する。


 だが……。


「それだけではないぞ?」

「(あかん……)」


 光り輝く空を見て、アリスターは絶望する。

 その光は、ルボンがいくつも展開した光球のものだった。


 その一つ一つから光線を撃ち放つことができるのだろう。

 たった一つの光線もアリスターにとって脅威になるというのに、それが数えるのも馬鹿らしくなるほどの……。


「(グッバイ。俺の人生。俺以外の皆死ね)」

『諦めるの早い!? あと、最後の言葉がヤバいよ!』


 カッ! と光って一斉に降り注ぐ光線。

 それは、まるで流星群のように美しく、自分は安全圏にいるマガリはのんきに綺麗だなぁと考えていた。


 空から降り注ぐ幾筋もの光線。それは、人を焼死させるには十分な力を持っていた。


「(んほおおおおおおおおおおおおおお!?)」


 アリスターの視線が定まらないほど、急速に身体が動き始めた。

 それは、聖剣が光線を避けようと身体を操っているからである。


 ギュンギュンと、まるで人形のように身体を動かされるアリスター。

 普段の彼では決して出せない機敏な動きなので、身体の節々からギシギシという悲鳴が聞こえてきていた。


「(もっと俺の身体を労わりながら避けてくれ!)」

『そんな無茶言わないでよ! 君の運動不足が原因じゃないか!』

「(これ運動不足って次元じゃないだろ!!)」


 少なくとも、この戦いを生き延びることができても激痛の後遺症に苦しむことが確定して、アリスターは泣きそうになる。

 そんな会話をして気が逸れたからだろうか、ついうっかり聖剣は一つの光線を見逃してしまい……。


「ぐっ……!?(おあっぢゃあああああああああああああああああああああああ!?)」


 逃げ遅れたアリスターの腕が、ジュッと焼かれたのである。

 そのダメージは非常に大きく、農作業などをサボっていたおかげでシミ一つなかった肌が痛ましく火傷するほどだった。


「アリスター!?」

「(うっわぁ……あれ、すっごい痛そうね。ちょっとだけ同情するわ)」


 エリザベスの悲鳴と、マガリの冷や汗混じりのジト目が向けられる。

 そんなアリスターは……。


「(ほげえええええええええええええ!? ほげえええええええええええええええええええ!?)」


 心の中で小さなアリスターがのた打ち回っていた。

 それでも、表にはそんな不様な姿をさらさない。


「はははははははっ!! どうだ!? 手も足もでまい!? 貴様はもう片腕を使えそうにないじゃないか!! いいざまだ!!」

「(腕がああああああああああああああああああああああ!?)」


 ルボンが大きく嘲笑っているのだが、アリスターはまったく見ていなかった。

 しかし、彼は痛みに絶叫することで脳内をいっぱいにしていたのだが、その残されたごくわずかな部分で冷静な判断を下した。


 すなわち、回復魔法を使うことができるエリザベスの近くに行くことである。

 ただ、大きく喚いて回復してもらうことを要求するようなへまは犯さない。


 そうすると、優しいエリザベスはそれでもアリスターを回復するだろうが、彼に対する評価というものも自然とさがってしまうかもしれない。

 なので、彼は偶然吹き飛ばされたように後ずさってエリザベスの側に行き、いかにも痛そうに腕を抑えるのであった。


 まあ、痛いのは本気なのだが。


「アリスター!」


 そうすると、優しくまた父親がやってしまったという負い目があるエリザベスは、自ら進んで回復にやってくるのである。

 子供を操って楽しいか?


「大丈夫……なわけねえよな。悪い……俺のクソ親父が……!」

「……君が悪いわけではない。そう考え込むな(本当にな。お前の親父、マジで死んだ方がいいぞ)」


 大やけどした腕を治療してもらいながら、内心毒づくアリスター。

 大きな隙を見せているわけだが、ルボンが追撃してくることはない。


 彼の側に、エリザベスがいるからである。

 これからも寄付金を集めて天使教の規模を拡大していくためには、彼女の存在が必要不可欠である。


 だからこそ、アリスターと密着しているので、追撃をかけることができずに歯噛みしているのだ。


「大丈夫ですか、アリスター!?(こっちに近づいてこないでくれるかしら? 嫌でも私が心配して近づかないといけないじゃないの)」

「(殺したい、この女)」


 心配そうに駆け寄ってきながら内心へっと冷笑しているマガリを見て、溢れんばかりの殺気を放ち始めるアリスター。

 しかし、今はこんなド畜生貧乳女を相手にしている場合ではないのだ。


「(今何考えた、おい?)」


 上から見下ろしてくるルボンを、何とかしなければならない。


「(……もう、エリザベスを人質にして逃げるというのはどうだろうか? 密着していたら攻撃できないようだし)」

『ダメです』


 アリスターの作戦を却下する聖剣。


「(じゃあさあ! 何か代替案持ってんだろうなぁっ!? 否定したり拒絶したりするだけなら誰だってできんだよおらぁん!!)」

『あるよ』

「(え? あるの?)」


 また誰かを犠牲にしてはいけないというきれいごとで自分を追い込むのであれば、何とか頭痛をこらえて人質作戦を敢行しようと考えていたアリスターは、目を丸くする。

 脳内でこそこそと聖剣の考えを聞いたアリスターは……。


「ふっ……」

「…………?」


 ニヤリと、エリザベスには見えない位置でマガリに微笑みかけたのである。

 マガリの背筋に、ゾクリと冷たいものが走る。


「(笑っている……? あのルボンとかいうおっさんに追い込まれている、この絶望的な状況で? 笑うということは、何か愉快なことがあったということ。そして、その笑みを浮かべているのがアリスターということは……!!)」


 マガリはザッと立ち上がった。


「さあ、エリザベスさん。ここにいたらアリスターの邪魔になってしまいます。下がっておきましょう」

「お、おう……」


 そう言ってこの場を離脱しようとするマガリ。

 彼女に腕を引かれて立ち上がろうとするエリザベスであったが……残念ながら、身体を動かすよりも言葉を発する方が速いのである。


「マガリ、力を貸してくれないか?」

「――――――」


 マガリは白目をむいた。




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