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【書籍化・コミカライズ】偽・聖剣物語 ~幼なじみの聖女を売ったら道連れにされた~  作者: 溝上 良
第三章 黒の発露編

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第82話 あかん……

 










「ふぁぁぁ……」


 ベッドの上で目を覚ます。

 大きな欠伸だ。昨日の異端審問官とかいうやつらのせいで、心身ともに激しく疲弊したからな。


 しかも、おそらく俺が生まれてから一番大きな怪我を負ってしまった。

 エリザベスに治してもらったが、しかしあの激痛とストレスのせいで精神的にかなりきた。


 はぁぁぁ……。前々から思っていたことだが、一刻も早く魔剣を処分する必要があるなぁ。

 あんなこと続けられたら、本当に俺の身が持たない。


 ……捨てるか、どこかに。

 よし、思い立ったが吉日だ。今日この街に置いて行こう。


 カルトの街だし、魔剣が捨てられるのもちょうどいいだろう。

 そんなことを考えながら起き上がろうとして……。


「……うん?」


 なんだろう、うまく身体を起こすことができない。

 それに、この気持ち悪い人肌並の温度は……?


『人肌を気持ち悪いって感じるって、君相当ヤバいよね。いや、分かっていたことだけどさ』


 ほならね、いちいち口出ししてくるなって話ですよ。

 相も変わらず鬱陶しい魔剣にイライラしつつも、隣を見ると……。


「すー、すー……」


 長い金色の髪を白いシーツに散らばせながら、小さな身体で俺に抱き着くようにして眠るエリザベスの姿があった。

 寝間着だからだろうか、いつも着ている豪奢な衣服ではなく、寝やすい身体の線が出てしまうような薄い肌着だ。


 抱き着いてきているから、プニプニと柔らかいものが当たっている。

 ……いや、まあ子供だから身体全体がプニプニなんですけどね。


 多少膨らんでいるかもしれないが、だからなんだって話だし。

 あと、やっぱり子供だから体温が高い。暑いっす。


 それだけにとどまらず、このクソガキは……。


「よ、よだれを俺の身体に垂らしてやがる……!」


 ギュッとしがみつくようにして俺の身体に抱き着いているためか、彼女の口の下には俺の身体があった。

 その小さく開かれた口からは、汚らしい唾液が垂れて……いやあああああああああ!! シミになるうううううううううう!!


『主婦みたいな悲鳴止めなよ! っていうか、子供のよだれを汚らしいって……』


 他人の体液なんかキモイわ! 馬鹿か!

 しかし、こいつどうしてくれようか……。羨ましくなるくらいスヤスヤ気持ちよさそうに寝ているな。


 俺はストレスでいっぱいいっぱいだというのに……ムカつくなぁ……。


「エリザベス、エリザベス」


 俺はそう呼びかけながら、彼女の小さな身体をゆする。

 おら、起きろ! なに気持ちよさそうに寝てんだテメエ!


 俺も起きたんだから、お前も起きるんだよぉっ!!


「ん、んんんん……」


 強くむずがりながらも、目を擦って身体を起こすエリザベス。

 目を擦って欠伸をしている。


 髪の毛の寝癖が凄いことになっているけど……面白いからそのままにしておこう。


「なんだよぉ……まだ眠いってぇ……」

「教会に行ってマガリたちに会わないといけない。悪いが、起きてくれ」


 マガリを助ける形になるのが嫌だが、俺の評判のためだ。嫌々ではあるが、彼女とともにこのカルトの街を脱出し、王都へと戻ろう。


「……おう、そうだな。俺もクソ親父に一言言ってやらねえと……」


 まだ眠そうだが、少し声に力が戻ってきた。

 それはいいのだが……。


「とりあえず、ちゃんとパジャマを着直した方がいいぞ」

「あ?……わ、わ……」


 俺の言葉に怪訝そうにしていたエリザベスだが、自身の身体を見下ろして頬を徐々に赤らめていく。

 こいつ、寝相が悪いのか知らないが、パジャマがめくりあがったりして胸元やお腹が見えてしまっている。


 まあ、それを見ても子供らしいとしか思えないがな。


「……見んな」


 こちらに背を向けて、口を尖らせるエリザベス。

 だから! 見ても興味ないって言ってんだろ!!


『言ってないだろ』


 エリザベスが服装を整えている間に、俺も着替えておく。

 彼女もパジャマを脱いで着替えたようだが……もちろん、振り返るなんてへまはしない。面倒事になりそうだし。


 ……しかし、熱い視線を感じたのは気のせいだろうか?


「よし、行くか」


 俺もエリザベスも準備は万端だ。

 俺は王都に戻ってまたのんきに暮らし、エリザベスは聖女として狭苦しい生活を送る。


 ふっ、完璧だな。

 意気揚々として部屋を出て行こうとして……。


「あ、ちょっと待ってくれ」


 エリザベスに呼び止められる。

 は? 出鼻挫くとか止めてくれない?


 そう思って振り返れば……。


「寝癖、直してくれ」


 エリザベスはそう言って、俺に高そうな櫛を差し出してきていた。

 ……全部その髪引っこ抜いてやろうか?











 ◆



 鏡の前に座ったエリザベスは、無防備にも俺に背中を向けていた。

 今なら……殺れる……!


『何を殺るんだよ』


 まあ、流石に冗談だ。

 俺はエリザベスのことを疫病神以外のなにものでもないと思っているが、しかしだからと言って短絡的に殺すことはありえない。


 そもそも、俺はあまりにも危険分子以外自分の手で殺すことはないだろう。

 前の異端審問官? あれは結局殺していないし、殺したとしてもそれは操る魔剣のせいにすることができるから。


「魔剣のせいで……っ! クソ……っ! 俺が力不足だから……!」とか適当に言って涙を流しておけば、マガリ以外の存在を欺くことができるだろう。


『酷いしズルい!!』


 それに、エリザベスは天使教の聖女だ。カルトの信仰対象だ。

 そんな存在を殺めてしまえば、気持ちの悪い連中に一生付け狙われてしまうかもしれない。


 バカみたいなリスクを背負う気にはならない。

 だから、嫌々とはいえ、俺はエリザベスの寝癖を櫛ですかしながら直すのであった。


「んー……上手いな、アリスター。やったことがあんのか?」


 気持ちよさそうに目を細めながら、エリザベスが問いかけてくる。

 彼女の髪質がサラサラで優れているということもあるだろうが、確かに俺の動きは手馴れているだろう。


「まあな」


 俺はそれに対して短く答える。

 女の髪を梳くという経験はある。別にそれは言ってもまったく構わないのだが、俺の場合その動機が不純なのだ。


 つまり、いずれ見つけて捕まえる女に気に入ってもらうために身に着けた技能の一つである。

 練習相手はマガリだ。あいつ、髪が長いからちょうどよかったんだよな。


 最初はやはりうまくいかなくて散々怒鳴りつけられたのだが、何度も繰り返しているうちにマガリもやってもらっている間に寝るくらいには上手くやることができるようになっていた。


『……君たち、やっぱり仲良いんじゃないの?』


 なんで?


『いや、だって……君もさっき思っていたけど、普通殺したいくらい嫌いだったら、無防備な背中を見せないでしょ?』


 そりゃあそうだろ。

 ただ、俺とマガリの関係はそんな浅はかなものでも簡単なものでもないのだ。


『えぇ……? それに、髪の毛って女の子凄く大切にするじゃない? マガリも確か自分の黒髪に自信があったようだし、そんな大切なものに普通触らせるかな?』


 ……さあ? それは俺に言われても……。マガリに聞いてくれ。

 最初の方は、あいつの髪をグイグイ引っ張ってしまって割と痛い思いをさせていたとは思うのだが……付き合ってもらってよかったぜ。


『僕、君たちのことがわからないよ……』


 奇遇だな。俺もお前のことがわからない。


「さ、できたぞ」


 心の中で魔剣と話していても、俺は無意識でも髪を整えることができるほど手馴れていた。

 寝癖でピョンピョン跳ねている金色の髪は、綺麗にサラサラになっていた。


 ふっ、完璧だぜ。これで、いつか見つけた最高の相手を喜ばせることができる!


『うーん……パートナーに喜んでもらおうとするのはいいんだけどなぁ……』

「おぉ……すげえ。いつもやってもらうより綺麗じゃないか?」


 嬉しそうに自分の姿を見るエリザベス。

 こういう風に子供っぽかったら、別にいいんだけどな。


 欺罔行為と脅迫をするような奴じゃなかったら、俺も優しくしてやったことがなきにしもあらずということもあったかもしれないが……。


『可能性低っ』

「よし、じゃあ行くか」

「おう! クソ親父にガツンと言ってやる!」


 そう言って、お互い意気揚々と扉を開き……目の前にぎっしりと詰めかけている人々を見て硬直する。

 ……え? なにこいつら?


「「…………」」

『…………』


 無言で見つめ合う俺とエリザベス、そしてわけのわからない連中。

 え、なになに、この人たち? ちょっ……光の宿っていない目で凝視してくるの止めろ。怖い。


 しばらく、ポカンとして見つめ合っていたのだが、俺の身体はゆっくりと動き、ゆっくりと扉を閉めるのであった。

 それこそ、閉めた際に音が出ないほどゆっくり閉めて、ついでに鍵もかける。


「……知り合い?」

「……いや、あんなの知らねえ」


 この街にゆかりのあるのはエリザベスである。

 彼女が関係しているのではないかと聞けば、冷や汗を流しながら首を横に振っていた。


 そうか、エリザベスは知らないか。でも、確実にお前が原因であの怖い連中集まっているよね?

 ていうか、何であいつらの目ってあんな光宿ってないの? どす黒くて混沌としていたんだけど。


 もしかして、天使教の信者って、あれがデフォだったりする?


『それは失礼じゃないかな……?』


 でも、天使教の信者でまともな奴っていないんだもん。皆ヤバいんだもん。

 俺の命を狙ってくるわ、出てくるのを待ち構えているわ……本当、何この街? 泣きそうなんだけど。


 俺がそう嘆いていると……。


 ドンドンドンドンドンドンドンドン!!


「ぴぁっ!?」


 強烈に何度も扉を叩かれる大きな音に、エリザベスが子供らしい可愛い悲鳴を上げる。

 俺? 彼女に見えない位置で白目をむいていた。


『ここにいたぞ』

『やっぱり、聖女様と一緒にいたぞ』

『出せ。引きずり出せ』

『殺せ、殺せ』


 声を張り上げることもなく、淡々ととんでもなく恐ろしいことをブツブツと呟く部屋の前の人々。

 あかん……。




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