第80話 消し飛べやあああ!
「おぉ……おぉ……! これぞ奇跡! これぞ聖女様! やはり、聖女様は素晴らしいお方だ。天使教に必要不可欠な存在です……!」
戦っている相手を回復したエリザベスに向けて、異端審問官が向けたのは敵意ではなく称賛の言葉だった。
彼にとって、エリザベスは天使教を象徴する聖女。彼女のやることに、敵意を抱くことはありえない。
すべて何でも許容されるのだ。
アリスターは引いていた模様。
「おい! お前、これ以上アリスターを傷つけるようなことは止めろ! 何でこんなことすんだよ!」
アリスターの腕を治したエリザベスは、異端審問官に怒鳴りつける。
自分にかりそめとはいえ自由を与えてくれた男を傷つけられるのは、我慢ならなかった。
象徴たる聖女の言葉は絶対。
とくに、天使教というカルトじみた宗教を信仰し、かつ異端審問会に入会することを認められるような信者なのだから、なおさらである。
しかし、苦しそうな表情を浮かべながらも、彼は首を横に振った。
「……いえ、それはできません」
「どうして!?」
今まで自分の言葉に信者が従わなかったことはない。
エリザベスは決してしなかったが、仮に彼女が死ねと命じれば喜んで死ぬ者ばかりなのが天使教徒である。
それなのに、どうして……。
「聖女様は……エリザベス様は、聖女としてふさわしくなくなってきている。その聖女たる資格を失いかけている……そう、ルボン様が仰ったからです」
「資格を……!?」
ぎょっと目を見開く。
ルボンの求める聖女像とは、ただ自分の言葉に従い、無表情に無感情に信者たちに対した利益のない見かけ倒しの魔法を使って寄付金を集める象徴でしかない。
感情を表に出すようになれば、信者たちが求める聖女像とかけ離れて信仰心が薄まるかもしれない。
ましてや、自由を求めて逃げ出すようなことをされれば、最悪である。
だから、殺すことにした。
間接的にとはいえ、エリザベスに悪い影響を与えるアリスターを、抹殺することにしたのだ。
「天使教は永続しなければいけませんし、聖女たるエリザベス様もまた同じ。ならば、あなた様に良くない影響を与える存在には、消えてもらうしかないのです」
「お、俺のせいで……」
「(お前のせいか!)」
愕然と下を向くエリザベスに、血走った目を向けるアリスター。クズである。
だが、彼は姑息にして悪賢い。
落ち込んでいるエリザベスにさらに追い打ちをかけることはしない。
なぜなら、人はへこんでいる時に手を差し伸べられると、それは強く脳に刻み込まれて無条件でその差し伸べてきた人物に好印象を抱いてしまうからである。
「エリザベス」
「アリスター……」
金色の髪の上に、ぽふっと優しく手が乗せられる。
目を上げれば、アリスターがいた。
怒りや恨みの目を向けてきているのだろうとおそるおそる覗き見たのだが、彼が浮かべていた表情は優しく慈しみのあるものだった。
「今回のことはエリザベスのせいじゃないさ」
「い、いや、だって、俺がお前と会って一緒にいなかったら、こんな怪我をすることなんて……」
「(本当にな)」
アリスターはエリザベスの綺麗な髪をくしゃくしゃと乱雑に撫でる。
男らしい性格をしている彼女だが、それでも髪は大切なものだという風に認識しているので、むっとして彼の顔を睨みあげる。
「その怪我も、エリザベスは治してくれたじゃないか。それだけで、俺にとっては十分だ」
「あ……」
激しく頭を撫でてきたのも、エリザベスがいつもの様子に戻るようにしたかったからだろう。
それに気づいて、目を丸くして彼を見上げる。
「ただ、俺にも(楽して贅沢をしたいという)やらなければならないことがある。殺されるわけにはいかないから、切り抜けさせてもらおう」
そう言って、アリスターはエリザベスを下がらせて剣を構える。
「あなたにそれができますか? 私の姿を見ることができず、居場所を掴むことすらできない。……その状態で、何ができるというのですか?」
異端審問官の言葉は事実であった。
彼が話しているというのに、しかしそれでも【マリヤーニ】という闇魔法で位置を特定することができない。
聖剣ですら知覚することができないのだから、アリスターがどうにかできるはずもない。
しかし……。
「なら、ゴリ押しだ」
構えた聖剣から、ゴウッとどす黒い瘴気が溢れ出す。
夕闇よりも暗く黒い瘴気は、エリザベスの目にも認識できるものだった。
「ぐっ……!? この邪悪すぎる魔力……! やはり、ルボン様は正しかった! 聖女様の側にいていい存在ではない!!」
闇魔法を操るからこそ、リーダーはアリスターの操る闇の力に気圧される。
あれは……あの魔力は、およそ人間の操れるものではない。
魔王や魔神……人間性や善性を一切持たざる者が、ようやく操ることができるものだろう。
アリスターのように、善の心を持ちながらあの禍々しい力を使うとなれば、いったいどれほどの苦しみと覚悟が必要なのだろうか?
その目を見張るほどのえげつなさを、エリザベスも理解していた。
『うぅぅぅぅぅぅ……! 本当の僕の力は、こんなえぐいものじゃないのにぃっ!!』
「いくぞ……! これが、俺の覚悟……! 魔剣を操り、他者を助ける俺の力だ!!」
『そんな格好いいこと、いつも考えてないだろ!!』
轟々と音を立てて聖剣に黒い魔力が集まって行く。
しかし、大丈夫だ。どれほど強大な攻撃を繰り出そうとも、アリスターに自分の姿は見られていない。
居場所が特定できていない以上、自身の危険はそうそう高くはないだろう。
そう考えていた異端審問官だったが、その認識は甘いと言わざるを得なかった。
「…………ッ!?」
アリスターの視線が、異端審問官の目を捉えたのである。
偶然か? いや、必然だ。彼は確実に自分のことを認識し、見つめてきている。
「な、何故……!?」
どうして自分のことを認識することができる、と問いかけようとして、ハッと自身の身体を見下ろす。
【マリヤーニ】で身に纏っていたはずの魔力が、薄くなっている。
その魔力は、まるで吸い込まれるようにしてアリスターの持つ聖剣に纏っていた。
「ま、まさか……私の魔法を吸い取り、糧にしたというのか……!? そんなことが……!!」
愕然とする異端審問官。
しかし、現にそれはアリスターがなしている。
慌てて逃げようとするが、もう遅い。
「逃げ……!!」
「(消し飛べやああああああああああああああああああああああああ!!)『邪悪なる斬撃』!!」
『聖なる斬撃!!』
異端審問官の魔法を吸収したこともあいまって、凄まじい威力を誇る聖剣の一撃が叩き込まれた。
その邪悪で禍々しい力は、逃げようとした異端審問官をあっさりと飲み込むのであった。
活動報告にキャララフ第二弾公開しております。
是非ご確認ください!




