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【書籍化・コミカライズ】偽・聖剣物語 ~幼なじみの聖女を売ったら道連れにされた~  作者: 溝上 良
第三章 黒の発露編

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第77話 ほっとけや

 










「はぁ……」

「はぁ……」


 俺は同じ馬車に乗っていたマガリと同時にため息を吐いてしまった。

 ちっ。ただでさえ憂鬱なのに、こいつと一緒の馬車とか舐めてるのか?


 余計にイライラしてくるわ。

 彼女も同じ意見のようで、俺を睨みつけてくる。


「鬱陶しいため息止めてくれるかしら? ムカつくわ」

「奇遇だな。お前もため息止めろ。むしろ、息止めろ」

「嫌よ。あなたが死ねば考えてあげてもいいわ。実行しないけど」


 バチバチと睨み合う俺とマガリ。

 その冷気というか殺気は、周りに人がいれば凍りつかせているだろう。


 あいにく、エリザベスたち天使教の用意した馬車に乗っているのは、聖女であるマガリと彼女が要望した俺だけだった。

 護衛としてヘルゲたちがついてきているが、彼らは外である。


 ……あいつら、役に立つの?

 人魚の騒動の時は、役に立つどころか敵になっていたんだけど。


 そんなことを考えていると、ふと魔剣が声をかけてきた。


『……ねえ。ふと思ったんだけどさ、君たちってもしかして仲良いの?』

「「はぁ?」」


 あまりにも衝撃的な言葉だったので、俺とマガリは思わず同時に声を出してしまった。

 俺とこいつが仲が良い……?


 思わず、じっと見つめ合ってしまう。

 相変わらず顔だけは整っているな。顔だけは。


 その大きく綺麗な目を見ていると、吸いこまれてしまいそうだ。吸い込まれないけど。


「そんなわけないだろ。今まで俺とマガリの何を見てきたんだ?」

「そうよ。本来なら、同じ空気を一瞬たりとも吸いたくないわ」


 また同時に答える。

 今度こそ間近で睨み合う俺とマガリ。


 真似してんじゃねえぞ、おぉん!?

 そんな俺たちに、また魔剣の呆れたような声が聞こえてくる。


『えぇ……? いや、だってさあ……二人の距離、すんごい近いよね?』

「「…………?」」


 ……近い? いや、まあそうかもしれないが……。

 俺とマガリは目を丸くして見つめ合う。


 そして、同時に首を傾げあった。


「そうか?」

「というか、仕方ないじゃない。馬車が広いわけじゃないんだし、座ることができる場所なんて限られているでしょ」


 マガリの言う通り、大広間でもない馬車の中である。

 それこそ、王族や大貴族が使うような馬車ならもっと広くて何人も乗ることができるような作りなのかもしれないが、天使教が用意したものがそれらに匹敵するとは思えない。


 それでも、十分豪華だとは思う。故郷に馬車を持っている人なんていなかったし。

 ケツが痛いという難点さえ除けば、自分が動かずとも勝手に移動してくれるので非常に楽である。


『いや、うん。まあ、そうなんだけどさ……アリスターの膝の上にマガリが座っているって、おかしいよね?』


 ……またもや、俺とマガリは視線を合わせる。

 確かに、魔剣の言う通り、マガリは俺の膝の上に座っていた。


 小ぶりで柔らかな臀部の感触もあるし、香水なのかよくわからない良い匂いも漂ってくる。

 だからなんだという話だが。


 性欲をほぼ完全に支配下に置いている俺は、これほど密着したとしても女に興奮することはない。

 まあ、マガリの場合は内面がゴミという重大な欠点もあるしな。


「……そんなにおかしいか?」

「……別にそんなことないんじゃない?」

『えぇ……』


 俺とマガリはそんな疑問形の会話をして、納得して続行した。

 困惑しているような魔剣の声は無視である。


 もちろん、俺とマガリがお互い密着したいからこんなことをしているわけではない。

 ただ、先ほども考えたことだが、この馬車は乗っているとケツが痛くなるのである。


 だったら、どちらかが痛みを受け持つことを交替でやれば、常に痛いということは避けられるのである。賢い。


「途中で交代しろよ」

「重いわ。膝枕で我慢して」


 そんな会話をしながら、俺とマガリは確実にカルトの街へと近づいて行くのであった。











 ◆



「ようこそ、私たちの街へ!」


 馬車から降りれば、歓迎の声がかけられる。

 天使教の街……ちょっと見ただけの感想だが、とても清潔なように見える。


 治安もあまり悪そうではない。

 人々の幸せオーラが凄い。


 ……何か怖いな。いや、いいところばかり目につくのが、逆に警戒してしまう。

 やはり気は抜けないと考えている俺の元に、ルボンがやってくる。


「聖女様とその護衛の方々はこちらへ。勇者様は……申し訳ありませんが、近くの宿でよろしいでしょうか? もちろん、最高級の待遇をお約束します」

「ははっ、気になさらなくても大丈夫ですよ」


 そう言って、俺は優しく微笑む。

 よっしゃ。天使教の巣窟なんかに行けるか。宿の方がましだ。


 マガリとヘルゲたちから離れられるのもいい。のんびり過ごさせてもらおう。


「では……」

「アリスターは私が案内しますね」

「エリザベス……」


 ルボンの言葉を遮って近寄ってきたのは、エリザベスであった。

 いや、ここで簡単な地図と説明をしてくれたら一人で行くから。案内とかいらないです。


「いいでしょう、お父様?」

「……もちろんだ。勇者様に無礼がないようにしなさい」

「はい」


 不承不承といった様子でルボンが頷く。

 これ、俺じゃなかったら苦言の一つや二つ呈されているところだぞ。ちゃんと演技しろや。


 そんな風に心の中で悪態をつく俺の手をとり、エリザベスが引っ張ってくる。

 多くの集まっていた人の中から抜け出し、俺と彼女くらいしかいない場所に来て、ようやく彼女の雰囲気が変わった。


 ……いや、戻ったというべきか。


「よお。まさか、アリスターがあんなところにいるとは思ってもいなかったぜ」


 ニヤリと笑って見上げてくるエリザベス。

 マジで見た目からは想像もできない乱雑な本性だな。


「……俺も、まさか再会がこんな形だとは思っていなかったよ」

「別に、俺が望んで聖女なんかになっているわけじゃねえけどな」

「おいおい……」


 けっと忌々しそうに顔を歪めるエリザベス。

 誰が聞いているかわからないので、俺は思わず周りを見渡してしまう。


 こいつが勝手に危険な状態になるのは構わないが、それに俺を巻き込まれては困る。


「いいんだよ。俺を祭り上げているのも、あのクソ親父だ。俺の魔法がちょっと使えるからって、みこしにして寄付金を集めてそれを懐に収めてやがる。腐った奴さ」


 運営費ってことでちょろまかしているのか?

 そういうこともあるだろう。だって、カルトだし。


 そもそも、お金ないと生きていけないし。


「……まあ、逆らえない俺も同罪だがな。クソ親父が着服した金で、俺も安全安心に育ててもらってるんだ」


 分かっているんだったら文句言ってんじゃねえよ。


「こんな俺を知って、幻滅したか?」

「……いや、俺は聖女としてではなく、エリザベスとして君を見て知ったんだ。だから、君に対して幻滅するなんてことはないよ」


 そもそも、幻滅するほどお前の評価は俺の中で高くないぞ。むしろ、低い方だ。

 初対面で人を騙して脅迫するようなガキだぞ? 評価上がっているわけないだろうが。


『流石アリスター。根に持つタイプだね』


 もちろんだ。受けた恩は忘れるが、受けた仇は絶対に忘れない。


「……バッカじゃねえの」


 しかし、俺の答えに満足したのか、エリザベスはむず痒そうにしながら顔を背けた。

 俺だってこんなこと言いたくないわ。


 だが、カルトの巣窟にいてその信仰対象を相手にしている以上、媚び売らなければいけないだろうが。


「まあ、せっかくここに来たんだ。案内してやるよ。って言っても、俺もあんま詳しくないけどな」

「そうか。楽しみだよ」


 ほっとけや。

 そんなことを言うこともできず、俺はエリザベスに手を引っ張られて歩き出すのであった。











 ◆



 マガリやヘルゲたちを案内した後、ルボンは暗い小部屋にいた。

 彼の前には、跪く一人の男の姿もあった。


「エリザベスはどうしている?」

「はっ。聖女様は王国の勇者と共に、街を回られています」


 すぐさま返ってきた答えに、ルボンは頷く。


「そうか。護衛はちゃんとつけているだろうな?」

「もちろんです。我らの同胞が、彼らに気づかれないように」

「……あまり良い傾向ではないな」


 悩ましそうに眉根を寄せるルボン。

 そんな彼に、男はおずおずと尋ねる。


「それは、聖女様のことでしょうか?」

「ああ。エリザベスは天使教の聖女としてふさわしくあらねばならない。彼女はそういう存在なのだから。聖女に、あのような笑顔は必要ない」

「…………」


 年相応の喜びなど必要ない。子供らしい笑顔なんて必要ない。

 エリザベスに必要なのは、天使教の聖女としての自覚と振る舞いだけである。


 そして、聖女に笑顔などはいらない。ただ、救いを求める者に、救いに見せかけたものを供給し続けていればいいのだ。

 そうすれば、信仰は深まり、信者は増え、そして寄付金も莫大なものへと膨れ上がる。


「仕方ない。消せ」


 ルボンの決断に、男は目を丸くする。


「……勇者を、ですか? しかし、彼を殺めれば、王国での大々的な布教はしづらくなるでしょうし、そもそも国王たちを敵に回せばこちらに踏み込まれるかも……」

「なに。この街のほぼすべての人間が天使教徒。口裏合わせをして、勇者が乱心したとでも伝えればいい。証言だけとはいえ、多くの人間の証言は無視できないだろう。それに……国王はまだしも、エリア王子はどうにも私たちに対して不信感を持っているようだった。あれでは、国王の後ろ盾をもらうことはなかなか難しいだろう」


 つまり、国王などに媚を売っても天使教にとってプラスになるとは限らないということである。

 下手をすれば、国家を敵に回すだろう。


 だが、天使教は……ここにいる狂信者は、そんなことでうろたえることはない。

 ただ、天使教のために。ただ、聖女のために。


「消せ。勇者は異端だ。聖女をたぶらかす異端者は、皆殺しだ」

「はっ」


 恐ろしく冷たい命令にも、男は唯々諾々と従う。

 頭を下げて、暗い部屋から出て行った。


 一人になったルボンは、小さく呟く。


「エリザベスにあのような姿は似つかわしくない。無表情で、無機質で……聖女然とした彼女を取り返さなければ……」


 歪んだ父としての愛が、娘に向かおうとしていた。




活動報告でキャララフを公開しました!

是非見てください。

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