第76話 二人の聖女
面倒見てやったクソガキがカルトの聖女だった件について。
ど、どどどどうしよう……。
い、いや、別に俺が慌てる必要はないだろう。
布教に力を貸したわけでもないし、宗教テロみたいなことも起こしていない。
俺に過失も責任も何もないはずだ。うん、大丈夫大丈夫。
……しかし、あいつ貴族の子女とばかり思っていたが、まさかカルトの聖女とは……。
絶対気配遮断!!
説明しよう! 俺が誰かに見つかって面倒事を押し付けられかねないと判断した場合、意図的に自分の存在感を大幅に縮小することによって、周りの人間に気づかれなくなる(気がする)技である!
主に、故郷の村で農作業や害獣駆除を押し付けられそうになった際に使用していた。
割と気づかれないんだよなぁ、これ。
……一部、マガリが発見してきてばらされたこともあったが。腹立つ。
まあ、とにかくこの謁見では俺は一切目立つことはしない。
ただ、時間が過ぎ去るのを待つだけである。
「うむ。ワシがこの国の王じゃ。それで、ストレームとやら……何用じゃ?」
「横から申し訳ありません。しかし、そのことは私に説明させていただけないでしょうか?」
「む?」
国王の言葉に答えたのは、エリザベスではなく後ろに立つ男であった。
怪訝そうな顔をする国王に、理由を説明する。
「見ての通り、この者はまだ子供です。丁寧な説明をさせていただくのであれば、大人の私が……」
「お主は?」
「はっ。私はこの者の父、ルボン・ストレームと申します」
「うむ、よかろう。話すがよい」
男……ルボンの言葉に、鷹揚に頷く国王。
へー。こいつがエリザベスの父親なのか。
エリザベス以上にへたくそな猫かぶりだな。近づかないでおこう。
マルタの姉……パメラを見たときも何となく嫌な予感がしていたが、ルボンの場合はあっさりとその嫌な予感を感じることができた。
パメラ以下の演技力ということである。
「それでは……結論から申し上げますと、是非この王都で私たちの宗教を布教させていただきたいと考えています」
「宗教じゃと?」
天使教の流布っすか。止めた方がいいと思うけど。
信仰の自由なんてかけらも認めないカルトだぞ。
まあ、俺は別にどこぞの宗教を信仰しているわけでもないので、害はないと言えばないのだが……。
しかし、信仰を強制されるのも面倒なので、できればやってほしくない。
……そこまで王都にいるつもりもないけどな!
「ふーむ……」
「もちろん、危険な思想などは一切持ち合わせておりません。そんな危険な考え方を持っていれば、天使教は今ほどの支持と信仰を受けることができないでしょう」
「ふむ、確かにな……」
国王の目は節穴かな?
カルトでも勢いある所はあるぞ。
国王も議題が議題なので、なかなか結論を下すことができないようだ。
しばらく悩んでいる様子を見ていると、ルボンがまた口を開いた。
「陛下が熟慮されるのも当然のことです。ですので、一度私たちの街に来ていただけないでしょうか? 視察という名目で多くの信者が住まわっている我が街を見ていただければ、私たちの信仰が危険なものではないことをご理解いただけるはずです」
ひぇー。使者として行くやつ、大変だろうなぁ。
下手をすれば、天使教に洗脳されて戻ってくるんじゃないか?
絶対行きたくねえな。行く奴、ご愁傷様。
「それに、おめでたいことに、王国の聖女も誕生したようではありませんか。私たちの掲げる聖女はエリザベスただ一人ですが……聖女同士の交流というものも、よいのではないでしょうか?」
「!?」
愕然と口を開くマガリ。
俺が絶対に行きたくないと思った視察に、マガリが選ばれる候補に……。
最高じゃないですかぁっ! やったぜ、天使教! 天使教万歳!
「ふむ、確かにのう。勉強になるやもしれん……」
「…………ッ!!」
国王は目を閉じて考える。
俺が先ほど、マガリが聖女としての勉強をもっとしたいと言っていたという嘘を吹き込んだため、この視察ということも勉強の一環になるのではないかと考えているのだろう。
マガリは気配を消している俺をぎょろぎょろと目を動かして探しているが、無視である。
ふっ、流石俺。ばれていないぜ。
マガリが一人危険なカルトが支配する街に行く……。凄い……今なら何食べても美味しく感じられそう……。
今日は何食べようかなぁ。
俺はニコニコ笑顔を浮かべながら考えていると……。
「…………?」
国王とルボンが話しているのを何の感情もない冷たい顔で見ていたエリザベス。
そんな彼女が不意に振り返って、気配を消しているはずの俺を視認した。
しまった! 喜び過ぎて気が抜けてしまった……!
すると、今まで無表情だったエリザベスが、俺を見てパッと花が咲くような笑顔を浮かべて……。
「アリスター!」
「ッ!?」
何俺の名前呼んでくれてんだ!?
厳かな雰囲気の中、エリザベスが嬉しそうに俺の名前を呼んだものだから、シンと場が静まり返った。
気配遮断をしていた俺だったが、しかしそもそも暗殺者のように鍛え上げた技能というわけでもないので、多くの人の注目が俺に集まった。
「…………聖女、知り合いか?」
ルボンが何やら怖い顔をしてエリザベスに尋ねる。
安心してください、お父さん! 俺は何もしていません!
「あ……はい。昨日迷子になったところを、あの方に助けていただきました」
エリザベスもこんな空気にわざとしたかったわけではないのだろう。
本当に、退屈だった空間で唯一知り合いを見つけたから、不意に名前を呼んでしまったのではないだろうか?
だからこそ、少し恥ずかしそうに頬を赤らめて説明していた。
「おぉ、流石だな!」
「…………ふっ」
近くにいたヘルゲは大喜びしているが、遠くにいたマガリは……鼻で笑いやがった……!
くそっ、くそっ! 嫌な予感がする!
だからこそ、マガリも鼻で笑って余裕の表情で見下してきているのだろう。
……何見下してんだ! お前もなんだぞ!!
「よろしい。では、天使教の街を視察することにしよう。ワシは政務もあるから無理じゃが……聖女と勇者よ、頼まれてくれるか?」
国王の死の宣告が告げられた。
やっぱり……やっぱりか……。
国王は人の気持ちがわからない……。
『いや、君の気持ちを分かる人がいるのは問題だよ』
行きたくない……行きたくない……!
どうして俺がカルトの拠点に赴かなければいけないんだ……!
絶対何かあるよ! 何かされるよ! 火種しか見えないよ!
ふぅ……まあ、嘆いたところでどうにもならないんですけどね。
『うわ。めっちゃやさぐれてる……』
どんな言い訳を用いようとも、こんな大広間で多くの人の目が集まっている中で国王の命令を拒否できるはずもない。
あのおっさんだけだったら口でどうにでも転がすことができるだろうが、こんなたくさんの人の前で拒否すれば、たとえどのような理由があっても国王には絶対服従であるべきだとする連中からの評価が下がる。
いや、評価が下がるだけだったらまだしも、物理的な攻撃を仕掛けてこられたら……。
想像するだけでゾッとした。
「わかりました」
「…………はい」
『返事重っ』
まあ、結局こう答えるしかないわけですよ。
マガリは俺を道連れにできたからか、彼女にとっても面倒で嫌なことのはずなのにウキウキで頷いていた。
どんだけ俺のこと嫌いなんだよ! 俺もお前嫌いだけど!
あぁぁぁ……また魔剣のせいでクソみたいな事態に巻き込まれる……。
俺はただ嘆くことしかできなかった。
◆
「昨日ぶりですね、アリスターさん」
「ああ、どうも」
「ふふっ。まさか、また会うことができるなんて、思ってもいませんでした。とても嬉しいです」
謁見が終わり、激しく気落ちした状態で宿に戻ろうとしていた俺に、エリザベスがトテトテと駆け寄ってきて嬉しそうに笑いかけてきた。
なに演技してんだ、テメエ。
クソ生意気な乱暴な口調はどうした? うん? 暴露してやろうか?
お前が俺を見つけて名前を呼ばなかったら、おそらくやり過ごすことができたんだぞ?
絶対に許さない……!
「……あなたは随分とエリザベスと親しくしてくれているようですね」
「いえ、そんなことありません」
エリザベスの後ろからルボンが声をかけてくる。
その表情には、どこか怒りが混じっていた。
娘に手を出す不埒な輩とでも思われているのだろうか?
安心してほしい。微塵もそんな気持ち持ち合わせていないから。
いくら金持ちで俺に甘くても、カルトの信仰対象にはなびかない。無理です。
「アリスター、頑張りましょうね!」
「…………ああ」
そんな俺たちの元にスキップでもしそうな勢いでやってきたのは、王国の聖女であるマガリである。
こいつもまた演技している。ウキウキしているのは、俺を巻き込むことができた嬉しさからくるという、性根の腐った女だ。
「……この人は?」
「この国の聖女だよ。俺の幼馴染でもあるんだ。よろしくしてやってくれ」
尋ねてきたエリザベスに、マガリのことを紹介する。
何か巻き込んでやってくれ。全力で支援する。
「よろしくお願いしますね、エリザベスさん」
「……はい」
そう言って、二人の聖女は握手を交わすのであった。
エリザベスの表情が少し曇っているが、気にしないでおこう。




