第74話 もう二度と会うことはないだろう
「ちっ。寝られやしねえ」
夜になり、嫌々孤児院に泊まった俺は廊下の窓から夜空を見上げていた。
何も、夜空を見たいからというロマンティックな理由ではない。
俺にあてがわれた部屋に孤児たちが大挙として押し寄せ、散々に暴れまわって俺に迷惑をかけた結果、そのままかっくりと全員眠りについたのである。
いや、俺の部屋ぁっ!!
もともと、大きい部屋でもなかったため、わらわらと大量のガキンチョ共が集まったせいで俺が眠る場所がなくなったのである。
客を部屋から閉め出すってどういうことだ、おぉん!?
『子供だしいいじゃん。皆寝顔可愛かったなぁ……』
……え? 何お前……ロリコンでショタコンなの? 救いようないな。
『違うから! なんていうかこう……父性的なものだから!』
だいたい犯罪者ってそういう言い訳するよな。
『違うし!!』
まあ、そんなわけで仕方なく俺は月を眺めているのだ。
これを見てもとくに何も思わないな。綺麗とも思わない。
うーん……月見とかあるらしいけど、あんなの見ているよりさっさと寝た方がよくない?
『風情のわからない人間には何を言っても同じだね』
お? やんのか無機物?
俺が魔剣と激しい口論を繰り広げようとした時……。
「……おい。何してんだよ?」
「ん?」
命令口調の聞き方にブチ切れそうになりながら、しかし表には出さずに振り返る。
やはり、こんな口の利き方をするのはエリザベスであった。
可愛らしいパジャマに身を包みながらも、表情は荒んでぼりぼりと綺麗な髪を無造作にかいている。おっさんか。
いやはや……清楚で可愛らしい子供の見た目からは想像もできない言動である。
俺は騙されなかったが、多くの人間が騙されているんだろうなぁ……。
「いや、俺の部屋にたくさん子供たちが来てくれてな。遊んでもらったのはよかったが、そのまま寝てしまったんだ」
「はっ。なんだよ、その言いぐさ。お前が遊んでやったんだろ?」
「ははっ。遊んでもらったんだよ」
こう言っておけば、俺の謙虚ぶりが分かるだろう。
「それで、エリザベスはどうしたんだ?」
「……俺のところも、似たようなもんだよ」
けっと顔を背けるエリザベス。
しかし、その表情の照れは隠しきれていない。
まだまだ演技力が足りないなぁ……。
『ここまで黒々とした本性を隠しきっている君たちの演技力が異常なんだよ』
「そうか。いい経験になっただろ?」
「はぁっ!? そんなわけ……!!」
ない、とは言い切れないのだろう。
エリザベスは顔を赤くしながら、喉まで出かかった言葉を出すことができずに唸っていた。
……自分で言っておいてなんだが、同年代との触れ合いってそんなに重要か?
俺、マガリと脚の引っ張り合いしかしていないんだけど。
『君たちは特別クズなんだよ』
なるほどなぁ。マガリはクズだよなぁ。
『都合の悪いところだけ切り取った……』
「……まあ、楽しかったよ。俺と同年代の奴なんていなかった……いや、いたとしても、対等に付き合うことなんてなかったからな」
ほほう、やっぱり貴族の子女っぽいな。
なあ、都合の良いお姉さんとかいない? イケメン好きな。
……いや、こんなクレイジークソガキの姉は怖いな。止めておこう。
「……ありがとな。俺をこんな所に連れてきてくれて」
なに、気にするな。厄介払いみたいなものだからな。
「でもさ、何でここまでしてくれたんだ? お前、俺に騙されかけて、脅されたんだぞ? 普通、殴ったり突き放したりするだろ」
俺はそうしようと思っていたんだぞ?
呪われた魔剣のせいで、できなかっただけだ。
……しかし、もちろんそんなことを言えるはずもない。
せっかくの評価を上げるチャンスだ。無為にするわけにはいかない。
「……寂しそうな顔をしていたから」
「は…………?」
ポカンと口を開けるエリザベス。
分かる。俺も自分で何言ってんだって思っているから。
しかし、その内面は一切出さずに、俺は穏やかな笑みを浮かべる。
「去り際に見たエリザベスの顔が、寂しそうに見えたからだよ。だから、放っておけなくなっただけさ」
ついでに、窓から入り込んでくる月光で後光を作っておく。
これで、エリザベスからは幻想的な印象を持たれることだろう。
ふっ、俺を美化するには十分だぜ。
『自分を見せることが分かっている……君、本当にシルクと一緒に王都演劇団に入って演劇したらいいんじゃない?』
……それも一つの手だな。
上流階級が集まる場所で人気出たら、金持ちで甘い都合の良い女を見つけやすいだろうし。
『えっ!? ちょっ、冗談だよ? だから、入団はしないでね? 動きづらくなるじゃん』
……本気で検討しよう。
「……ば、ばっかじゃねえの」
エリザベスは一瞬呆けたように俺を見ていたが、すぐにそっぽを向く。
暗いけど、月光でお前の頬が赤くなっているのは分かっているぞ。
ふっ、まだまだ子供だなぁ。俺なら演技で隠すことはおろか、頬を赤くすることだってできるぜ。
「……俺、明日に帰るよ」
「そうか」
あったりまえだろ。何この先も俺に面倒みさせようとしてんだ。
ああ、都合の良い女いたら、俺のこともちゃんと話しておいてくれよ。
「まあ、一日だけとはいえ、自由に動くことができて楽しかったし。同い年くらいの奴らと話すのも……楽しかった」
輪の中心にいて楽しそうでしたもんね。
「その……ありがとう。俺と今日出会ったのが、お前でよかったよ」
俺はお前で最悪だったよ……。
なんだったら、底辺のチンピラの方がよかったわ。
魔剣がどうにかして終わりだっただろうし。
しかし、これが最後だったら、一つ困らせることでも言っておこうか。
「……じゃあ、猫かぶりを止めたらどうだ? 今のエリザベスも、十分魅力的だぞ?」
「ばっ……!? で、できねえよ。俺がそう求められているし……こっちにだって事情があんだよ」
「そうか」
ほーん? まあ、貴族の子女ってのもいろいろ大変そうだもんな。
格上の貴族を相手にする時とか、猫被っていなければ絶対にできないだろう。媚び媚びだもんな。
……話は終わったよな?
なら、何でこいつさっさと自分の部屋に戻らないの?
俺のところと違って、そんな多くのガキが部屋に押しかけているわけじゃあないだろう?
「……寝ないのか?」
「……もうちょっとだけここにいてやるよ」
そう言うと、エリザベスは俺の隣に寄ってきた。
それこそ、身体が触れ合ってお互いの体温を感じられてしまうほど。
いらないんだが?
突き放せるわけもないので、俺は不本意ながらエリザベスと一緒に月を見上げるのであった。
◆
次の朝、俺とエリザベスは孤児院を後にし、そして彼女とも別れた。
もう二度と、会うことはないだろう。
ふー……生意気なクソガキだったなぁ……。
俺はそう思いながら、最高級宿に戻るのであった。




