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【書籍化・コミカライズ】偽・聖剣物語 ~幼なじみの聖女を売ったら道連れにされた~  作者: 溝上 良
第三章 黒の発露編

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第72話 チョロイぜ

 










 エリザベスにとって、手を差し伸べられた時の感情は一生忘れることができなかった。

 自分の言うことを聞くことは当然。そういう風に育てられた。


 だが、やはり信者でもない限り、そうそう言うことは聞いてくれないようだ。

 たまたま出会った男……アリスターもまた、聞き入れてくれなかった。


 それを見てエリザベスがとった行動は、何と脅すことだった。

 普段の彼女ならば、そんなことはしなかっただろう。それこそ、力で報復されてもおかしくない。


 精神的に成熟している方とはいえ、肉体的にはまだまだ未熟だ。

 大人が軽くはたけば、それでも大きな怪我につながることだってある。


 だが、追手に追われていて余裕のなかったエリザベスは、ついついそんな無謀なことをしてしまったのである。

 しかも、脅し方が性犯罪者に仕立て上げようとするものだったため、より危険だっただろう。


 幸い、アリスターは子供に手を上げるような外道ではなかったため、危険はなかった。

 しかし、その代わり彼女の脅しに屈することもなかった。


 むしろ、温かい目でこちらを見てくるではないか。

 そんな反応をされれば、何ともいたたまれなくなって下を向いてしまった。


 恥ずかしい。その思いでいっぱいだった。

 アリスターが背を向けたと同時に、自分を探す声が聞こえてきた。


 ……少し自由を謳歌してみたかったが、それはできないようだ。

 残念だ。残念だが……結局、自分に自由は与えられないものなのかもしれないと納得できた。


 これからも、あの高い位置にいて、多くの人から頭を下げられ、父に使われ……それが、自分の生きてきた意味なのかもしれない。

 自嘲気味に受け入れ、自分を探して声を張り上げている彼らの元に行こうとして……。


「こっちに来い」


 そう言って手を差し伸べてきたのは、最初騙そうとして、その後脅迫しようとしていたアリスターであった。

 呆然と見上げれば、嫌そうな顔をするでもなく不満そうにするでもなく、ただただ優しく自分を見下ろしてきていた。


 ……こんな顔を自分に向けてくれた者が、今までいただろうか?

 多くの人々に慕われてきたといっても、彼らの浮かべる表情は自身にすがってくるような無責任なもの。


 そして、本来であれば向けてくれるはずの父は……。

 アリスターが信頼に足る人物なのか、まだ分からない。


 もしかしたら、彼は凶悪な犯罪者かもしれないし、自分を連れ去って何かよからぬことを考えているのかもしれない。

 しかし、エリザベスは彼の優しい笑みを見た瞬間、ほとんど無意識に近い状態で、彼に手を伸ばしていた。


 それは、まるで自分が今まで人々にしていた救いの行為で、まさに自分がアリスターに救いを求めるような、そんなすがるような行為だった。











 ◆



 ちっ。どうすんだよ、この不良債権。

 俺は後ろを付いてくるエリザベスをこっそりと見ながら、内心でそう毒づいた。


 先ほどまでの態度からは想像できないが、やけに殊勝な態度をとって大人しく俺に付いてきている。

 しっかし、こいつ本当にどうしてくれようか。


 もし、俺の考えが正しく、こいつがどこぞの貴族の子女だったら……俺、誘拐で牢獄にぶち込まれるんじゃね?


『流石にそうなったら僕が脱出させてあげるから、安心してよ。それに、この子だってちゃんと説明してくれるだろうし』


 本当ぉ? それも怪しいと思うけどなぁ、俺は。

 初対面の人間を騙そうとして脅迫までしてきたようなクソガキだぞ?


 怒られたくないとかいうしょぼすぎる保身で俺を売り飛ばしはしないだろうか?


『……ノーコメント!』


 ……お前、そろそろ自重しないとマジで捨てるからな。


『そ、それで、この子どこに連れて行くの?』


 騎士団の詰所。


『は?』


 ……っていうのは嘘だ。だから、頭痛は止めろよ。な?

 まったく……冗談も通じないと心まで無機物になってしまうぞ。


『僕、君と一心同体だから分かるんだ。さっきの言葉、本気で言っていたって』


 まあ、俺の住んでいる宿屋には連れて帰らない。

 流石にそこまで面倒見る気はないし、自分の部屋に連れ込んだとなると誘拐という批判を否定することが難しくなるからな。


『誤魔化した……。じゃあ、どうするの?』


 このアヒルの雛みたいに引っ付いてくる不良債権をどうするか……。

 俺が相手することは嫌だし無理だ。しかし、この世の中には子供を相手にするような商売をしている人間もいるのである。


 それ、すなわち……。


「おや? 君は……」

「お久しぶりです、イスコさん」

「ああ、お久しぶりです、アリスターくん」


 とある建物の前で掃除をしていた痩せた男に向かって、俺は笑顔を浮かべながら挨拶をした。

 彼も俺を確認すると、穏やかな笑みを浮かべてくれた。


 男の名前は、イスコ・ヌルメラ。この建物……孤児院を運営している、俺にはいまいち理解できないお人よしの人間だ。

 こいつとは、シルクと出会った時くらいに知り合った。俺は知り合いたくなかったけど。


 金はないけど孤児たちに文化に触れさせたいということで、シルクに演劇を依頼してきた男だ。

 そのせいで、俺も巻き込まれて嫌々演技をさせられたわけだが……。


 謝礼ももらってないよな? 子供のお礼の手紙だけとかふざけんなよ。


『運営が大変だって言ってただろ!!』


 それとこれとは別の話なんだよなぁ……。


『……そうだ。僕たちがお金を稼いで寄付してあげたらいいんじゃ――――――』


 ダメです。

 お前、マジでふざけんなよ。


 その金の稼ぎ方って、シルクにドレスを買った時と同じような危険な依頼を受けろとかだろ? マジで殺すぞ。

 恐ろしい魔剣の言葉にビクビクとしていると、ふと袖を引っ張られる感覚がした。


 振り返れば、イスコを警戒しているのか、俺の背に隠れるようにしているエリザベスが。

 ……お前、先ほどあんな乱暴な口調でだましたり脅したりしてきたくせに、なに殊勝な態度とってんだ?


「大丈夫だ。この人は信用できるから」

「……そう、ですか」


 あ、こいつ猫被ってやがる。

 俺やマガリの領域には達していないが、なかなか堂に入った演技である。


 しかし、この程度だと多くの様々なしがらみを抱えている孤児を相手にしているイスコのことは騙せないらしく、ニコニコと笑いながら俺に目を向けてくる。


「今日はどういった用件で? この子ですか?」


 はい、引き取ってください。

 ……とまでは流石に言えない。こいつ、貴族の子女っぽいし。


 ただ、俺が相手してやるのも嫌だ。

 騙して脅迫してくるようなクソガキだし。


『子供に対して根に持つとか心狭っ』


 見た目で判断しているようじゃ、お前もまだまだなんだよなぁ……。

 何度も言っているが、人間見た目ではなく中身である。


 どれほど見目麗しくて可愛らしくとも、中身が腐っていたらゴミと一緒なのだ。

 聞こえているか、マガリ。


 まあ、そんなことはどうでもいいや。

 俺はエリザベスの小さな肩をがっしりと掴んで前に出すと、ニッコリと笑いかけた。


「社会見学です。この子を孤児院一日体験させていただけないでしょうか?」

『えっ!?』

「はっ……!?」


 俺の言葉に、驚愕するのは魔剣とエリザベスである。

 こいつらの反応はどうでもいい。俺の安寧のため、さっさと受け入れろ、イスコ。


 俺のそんな切実な願いが届いたのか、彼はニッコリと笑って頷いてくれた。


「ええ、もちろんです」


 ふっ、チョロイぜ。




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