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【書籍化・コミカライズ】偽・聖剣物語 ~幼なじみの聖女を売ったら道連れにされた~  作者: 溝上 良
第三章 黒の発露編

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第71話 見捨てて逃げよう

 










 空気が凍った。

 目の前のガキも、笑顔を凍りつかせている。


 しばらく沈黙が流れて……。


「私はエリザベス・ストレームです。あなたはなんて仰るのですか?」


 同じ言葉を一言一句たがわず繰り返してきた。

 しかし、そうくるのであれば俺だってそうである。


「なに、名乗るほどの者じゃないさ」

「…………」

「…………」


 沈黙が流れる。


『ちょっ!? どうして名前を言ってあげないのさ!?』


 魔剣から抗議の声が飛んでくるが、俺は決して名前を教える気などなかった。

 そもそもだが、あまり名前などという個人情報をペラペラと話したくないのである。


 誰がどのような意図で俺を見ているかわからない。

 それなのに、何も考えずに名前を教えるのは馬鹿としか言いようがない。


『いや、相手子供じゃん! 周りに人もいないし、教えてあげたら……』


 バカが。この無機物馬鹿が。


『そこまで言う!?』


 こんな人けのない場所にガキが一人で来ていることにおかしいと思えよ。


『あ……』


 親が追ってくる様子もない。それなのに、ここに一人でいるということは、絶対何かしらの理由がある。

 それに……俺はジロジロと相手に決してばれないように彼女の様子を確認する。


 ……やけに、見に纏っている衣服が上等だ。

 それこそ、一般庶民ではなかなか見ることのできない生地で、状態も汚れが見えないような良いものだ。


 街を走り回っているガキなら、多少汚れてほつれていてもおかしくない。

 ……こいつ、もしかしたら相当良い所のガキなのではないだろうか?


『あれ? そうだったとしたら、接触しておいた方がいいんじゃない? 君は金持ちの女性を捕まえたいんだろう? この子を介して……みたいな下種なことは、流石に考えないのかい?』


 うーん、いやそうなんだけどね。そうなんだけど……何だか嫌な予感がするんだよなぁ……。

 普通の俺だったら、そうすることを考えるだろう。


 しかし……何ともこのガキに対するモヤモヤ感みたいなものがあるのである。

 なんだろう……この小さなマガリを相手にしているような不快感は……?


『不快感は酷いな……。でも、直感は大切にしていいと思うよ。戦いにおいてはとても大切だ』


 戦うようなことを減らせばいいんじゃないですかね……?


「えと……どうして名前を教えてくれないんですか?」


 うるうると目を潤ませて上目づかいで見上げてくるエリザベス。


『あぁ、泣きそう! やっぱりかわいそうだし教えてあげようよ!』


 こいつ、本当に馬鹿だよな。絶対騙されまくってきただろ。

 こんなの、演技に決まってるだろうが。


『え、演技……?』


 そうだよ。俺はおろか、マガリにも劣る演技だが……しかし、普通の人間を騙すには十分だろう。

 そんな演技を、このガキはしているのである。


「はは。俺の名前なんてどうでもいいさ。それじゃあ、俺はこれで」


 こんなガキからはさっさとお別れするのが得策だ。

 俺は笑顔で離れようとして……。


「…………ん? どうかしたか?」


 袖を引っ張られて、動けなくされてしまう。

 貧弱な俺でも、流石にこんなガキだと振り払うことができるが……それは見た目悪すぎる。


 ちっ……あの泣き顔演技を披露するようなガキだ。それも織り込み済みなのかもしれないな。

 流石に俺の本性を知っていることはないだろうが……。


「ちっ。こいつは違うのか」

「…………うん?」


 ……何か凄く荒っぽい言葉聞こえたけど、俺の気のせいかな?

 俺が不思議に思って見下ろしていると、エリザベスの方も見上げてきた。


 その目には涙どころかその痕すらなく、先ほどまでの子供らしいたれ目ではなく、釣り目で気の強そうな印象がバンバン伝わってくる表情に変わっていた。

 ……ほらな、演技だっただろ?


『本当だ……』

「おい。俺を連れてどっか人の少ない場所に行け」


 …………先ほどの乱暴な言葉遣いは、気のせいではなかったのか。

 ギロリと睨みあげてくるエリザベスに、俺は頬を引きつらせる。


 見た目子供で、しかも非常に愛らしい容姿をしていると思う。俺は何とも思わないが。

 金色の髪はサラサラとしていて、しっかりと手入れされていることが男の俺でも分かるほどだ。


 多くの人はデレデレとしてしまうような整った顔つきで、それこそ微笑みを向けられたら何でも買ってあげたくなるような可愛らしさである。

 スタイルも子供だが、スラリとしていて不恰好ではない。


 そんな彼女の容姿をジロジロと見て……ああ、なるほど、と一人で納得した。

 やはり、このガキは上流階級……下手をすれば、貴族とかの子女なのだろう。


 甘やかされて育ったのだろう。だからこそ、こんな乱暴な口癖で明らかに年上の俺に対しても命令をしてくるのだ。

 ……クソ生意気なガキだな。死ねばいいのに。


「はっはっはっ。悪いけど、俺にも用事があるからね。申し訳ないけど、君に付き合って遊ぶわけにはいかないなぁ」

『うわぁ。遊びってところに嫌味を感じる……』


 嫌味くらい良いだろ!

 感情ぶちまけて罵詈雑言吐き出したいくらいなんだぞ!


 何でこの俺がこんなクソガキに命令口調で命令されなきゃいかんのだ! ブッ飛ばすぞ!


『子どもと見るやこの威勢の良さ……ゴミだね』


 へへっ。別に子供以外にも罵詈雑言は言っているぞ。心の中だけでだけどな。


「おいおい、いいのかよ」


 しかし、俺に拒絶されたエリザベスはニヤリとあくどそうにその清純な表情を歪めた。

 ……お前、見た目も名前もそうだけど、それからは想像もできないような腹黒さだな。


『君も負けていないよ。見た目だけ良くて中身がドブっていうのは』


 よせよ。


「俺がここで叫んだら、どうなるかくらいわかるだろ? きゃー、助けてー。お兄さんに身体まさぐられるよー……ってな」

『こ、この子黒い……!』


 ニヤニヤと凄まじい嗜虐的な笑みを浮かべながら脅してくるエリザベスに、魔剣はようやくガキの脅威に気づいたのか、戦慄した声を漏らしていた。

 ……なるほど。この俺を性犯罪者に仕立て上げようということか。


 しかも、エリザベスの見た目は子供だ。中身はともかくな。

 子供をどうにかしようとしている大人なんて、それこそ社会的に死んで当然だろう。


 だから、こいつの脅しは有効なのだろうが……。


「はは。じゃあ、やってみるかい?」

「…………は?」

『えぇっ!?』


 俺があっさりと受け入れたことに、エリザベスはポカンと気の抜けた表情を浮かべた。

 おう、子供らしいぞ。


 魔剣も驚いているようだ。まあ、保身第一の俺が自分の評判が下がるようなことを許容していることが、信じられないのだろう。

 もちろん、まだ都合の良い女を捕まえていないのに、評判を下げるようなことは絶対にしたくない。


 だが……だが、こんな自分が絶対的に優位に立っていると思い込み、自分の思っていることが必ず実現すると確信したクソ生意気な年下の言うことを聞くくらいだったら、多少の評価下がるようなことがあった方がましなのだ。


『そうだ……! アリスターはプライドだけは異常に高いんだった……!』


 とはいえ、流石に俺でもロリコン性犯罪者の汚名を着せられることは厳しい。

 しかし、このガキは分かっていないのである。


 俺が魔剣に操られて嫌々やっていた人助けのおかげで、俺の評価はこの王都でも非常にいいものであるということを。

 いくらこのガキが俺に襲われたと主張したとしても、明確な証拠がない限り、俺が否定していればその言葉も聞いてくれるほど評価を上げてある。


 つまり、やりようはあるのだ。何も、このクソガキの命令に従わなくてもなぁ!


「じゃあね。こういった遊びはよくないから、二度としない方がいいよ」

「くそ……っ」


 俺が笑いかければ、心底悔しそうに顔を歪めて舌打ちをするエリザベス。

 ざっまああああああああああああああああああああああああああああ!!


 調子に乗って勝ち誇っていたクソガキが悔しそうにしている姿は本当に楽しい! 心が洗われるようだ……。

 俺に舐めた態度とってるからだよ、馬鹿め。


 流石に魔剣も今回はおせっかいを焼こうとしないよな?


『うーん……まあ、そうだね。とくに差し迫った様子もないし、人を騙そうとしたのは悪いことだしね。この近くに悪そうな人間もいないし、すぐに表通りにも出られるから……』


 ……あっぶね。そのうちのどれかに該当していたら、このクソガキの相手をしないといけなかったのか。

 まあ、いいや。もうこの生意気なガキに会うことはないだろうしな。


 俺だからよかったものの、あまり調子に乗ったことをしていると、ブチ切れて手を上げるような大人もいるから気をつけろよー。

 大して心配もせずにそんなことを思いながら背を向けて歩き出そうとして……。


「……おい、見つかったか?」

「いや、まだだ。エリザベス様はいったいどこに行かれたのだ? 今までこんなことはなかったのに……」

「つべこべ言う前に探せ。エリザベス様に何かあったら、大変なことなんだぞ」

「分かっている」


 そんな会話が表通りから聞こえてきて、また聞こえなくなった。

 …………ふー。一つため息を吐く。


 よし、行くか。

 俺は躊躇なくエリザベスと反対側に力強く脚を踏み出し……。


『差し迫った状況にあるみたいだね。止まれ、外道』


 うげえええええええええええええええええええっ!? だから頭痛止めろって!!!!

 お人よしにも限度があるだろ!? 無機物のくせに!


 こいつ、俺のことを騙そうとしていたんだぞ!?

 目的が分かっていないのに助けるとか、お前おかしいよ!


『たとえ騙されるとしても、困っていたら助けるべきだよ!』


 お前が勝手にやる分には俺も何も言わねえよ! 好きにしたらいいじゃん!

 でも、お前が行動するってことは俺も行動せざるを得ないだろうが! ちょっとは俺の意見も聞け!!


『じゃあ、どうぞ』


 よし、見捨てて逃げよう。


『却下。はい、助けて』


 聞いただけじゃん!!!!

 しかし、どれほど憤りを抱いても、頭に襲い来る激痛に耐えることはできず……。


 まあ、もともと痛みに対する耐性なんてないからな。簡単に屈するぜ、俺。

 俺は嫌々下を向いていたエリザベスに、手を差し出すのであった。


「こっちに来い」


 来るな。手を跳ねのけて逃げろ。

 今なら俺の手を跳ねることも許してやるから。


 しかし、俺の想いは届くことなく、エリザベスはどこか呆けたような顔をして俺を見上げながら、おずおずと手を伸ばしてきて握ってきたのであった。

 うぎゃああああああああああああああああああ!!


『子供の柔らかい手に握られて悲鳴を上げるってなんだよ……』


 お前がなんだよ!!




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