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第7話 聖剣

 










 俺はあの鬱蒼として簡単に人を隠してしまえるような森の中とは思えないような光景を前にして、足首の痛みも忘れて突っ立ってしまった。

 人の手が一切加えられていないような森だったのに、ここは綺麗に円形に切り開かれていた。


 自然にそうなったとは、とても思えない。

 日の光も届かなかった森とは違い、ここには温かな光が差し込んでいてとても居心地がいい。


 そんな場所だからか、ゴブリンみたいな低俗な魔物もいないようであった。

 多くの人がここを居心地がいいと言うだろうが……。


「どうにも合わねえなぁ……」


 俺には、ここはどうやらきれいすぎるようだ。ちょっと気持ち悪い。

 まあ、クソゴブリンどもが潜んでいそうな森よりはマシだけどさぁ。


 なんというか……聖というような文字が出てきそうなほど荘厳な雰囲気があって……キモイ。

 前に進んでいくと……。


「おぉ……」


 思わず声を漏らしてしまうような光景があった。

 柔らかな草が生い茂っているこの空間なのだが、中心地には岩が少し盛り上がっていた。


 そして、そこに突き立てられていた一本の剣が、温かな日の光を浴びて幻想的な空間を作り出していたのだ。


「何でこんな所に剣が……?」


 もしかして、騎士団が所有する土地なのか?

 清廉潔白(笑)とか言っている連中は、こんな息苦しそうな場所が好きそうだしな。


 それだったら、もしかしたらここにいれば騎士が助けに来てくれるかもしれない。これは助かった。

 足首も痛いし、ここで休憩させてもらうとしよう。


「それにしても、まるで小説みたいだな」


 俺は岩に突き立てられた剣を見て、思わずつぶやいてしまう。

 こんな本も、確かマガリが持っていたはずだ。


 だが、あいつは『こういう話はあまり好きじゃないわ。勇者の慈愛の精神が嫌いだから』とか言っていたけど。

 勇者、ねぇ……。


「この剣を抜けば、勇者になれるとか?」


 そう呟いて、俺は自身の馬鹿らしさに笑ってしまう。

 剣を抜いただけで国にこき使われるとか、死んでも御免だ。


 人のために命を賭して戦うなんて、俺は絶対に嫌だ。むしろ、俺のために命を賭して戦ってほしいくらいなのに。

 はぁ……早く騎士どもが助けに来ないかなぁ。公僕の責務を果たせよ。素晴らしいイケメンが命の危機だぞ。


 そんなことを考えていたら……。


『なれるよ』

「ッ!?」


 俺以外の声が聞こえて、バッと顔を上げる。

 しかし、周りには俺以外誰も人の姿はない。しかし、確かに男の声が聞こえたのだ。


 ……えっ、お化けとか? 別にそういう系は怖くないが、アンデッド系の魔物とかは怖い。殺されるし。

 死んでいるんだったらさっさと成仏しろよ!!


『おーい、聞いてるのー? こっちだよ、こっち』


 俺がほんの少し怯えていれば、声は恐ろしくのんきな声音でさらに語りかけてくる。

 よく声音を聞いていれば、俺を害しようというような敵意などは微塵も感じられなかった。


 敵ではない? ならば、味方?

 どちらにせよ、俺を驚かした罪は受けてもらわなければならない。


 ゴブリンの群れにそいつを囮にして逃げてやろう。

 そう考えながら印象を良くするため笑顔で声のした方を振り向けば……。


『あ、やっと気づいてくれた』


 そこには、岩につき立っている剣があった。

 …………剣?


「え……本当に剣が喋ったのか?」

『うん、そうだよ』


 剣って喋られるのか!? それとも、都会に近ければこんな剣もあるのか!?

 農民の田舎育ちな俺からすれば、まったく予想だにしていなかったことだった。


『こっちにおいでよ』


 何を言っているんだ、この剣は?

 独りでに話し出すような無機物の元に近づいていく馬鹿が、どこにいるというのだろうか。キモ怖いわ。


 くそっ……ここもとんでもない場所だったようだな。

 こんな所にいられるか。俺はもっと安全な場所に移動させてもらうぜ。


 そう考え、背を向けて歩き出そうとすれば、その声はさらに話しかけてきた。


『ちょ、ちょっと。無言でさっさとどこかに行こうとするのは止めてよ。僕、久しぶりに人と話せてうれしいんだ』


 勝手に独り言を話しているだけだろ。なに会話をしているかのようなことを言っているんだ。

 無視して森の中に戻ろうとするが……。


「いつっ……!」


 挫いてしまった足首が悲鳴を上げる。

 痛い痛い痛い! ちくしょう……なんでこの俺がこんな目に……!


 世界は狂ってやがる……!!


『あ、怪我しているの? じゃあ、なおさら近くに来なよ。僕、簡単な回復くらいならしてあげられるよ』


 俺が何度目になるかわからない悪態を内心でついていると、また喋る無機物が話しかけてきた。

 ちっ、うるせーな、こいつ……。


 ……でも、回復できるのか。


「じゃあ、行こうかな」


 俺はそう言ってその剣の元に向かった。

 回復してくれるというのはありがたい。回復が終わり次第、さっさとこの場を去ろう。


 それさえ終われば、こんな気味悪い剣なんて用済みだからな。

 本当なら近づかない方がいいのだが……今の俺はかなり追い詰められている。


 こんな怪しさ満点の無機物にも頼りたい気持ちなのだ。


『いやー、それにしても、僕と会話ができる適合者が現れたのは久しぶりだよ。というか、僕が僕になってからは初めてかな。嬉しいなー』

「あ、そう」


 何を言っているかさっぱりわからん。まあ、分かる必要もないけど。

 それよりも、さっさと回復しろよ無機物。


 そう言ってへそを曲げられても敵わないから、口には出さないけど。


『ねえねえ、今外はどんな世界になっているんだい?』


 ……うるせえな、こいつ。


「さあ。俺も村にずっといたから、いまいちよく分かんねえよ」


 適当に言葉を濁しておく。

 それに、嘘を言っているわけでもない。


 世界情勢なんて、しょぼい村に引きこもっている俺が分かるはずもない。

 マガリは聖女とかいう大層な地位に就任したのだから、そういう面倒くさそうなことにも関わらないといけないんだろうなぁ。


 ……くくくっ、あいつが不幸になることを想像しただけで笑えてくるな。

 いつか王都に行ってあいつが苦しんでいるのを高みの見物するのもいいかもしれない。


『そっかー。……あれ、じゃあ君はどうしてここに来たんだい?』


 来たくて来たわけじゃねえよ。

 しつこくゴブリンに追い掛け回されたからだっての。


「いや、魔物に追い掛け回されてさ」

『えっ!? それは大変じゃないか!』


 そうだよ、大変なんだよ。

 だから、さっさと俺の脚を治してくれない?


 何だか、治してもらっている感じがまったくしないんだけど。


『うーん……そうだなぁ。よし、良いことを思いついた!』


 そういうことを言うやつって、大していいことを思いついていないんだよなぁ……。


『君、僕を抜いて戦いなよ!』

「は……?」


 何を言っているんだ、こいつは。

 そう思うと同時に、俺は大きくため息を吐いた。


 あのさぁ……。


「申し出はありがたいんだけど、それは無理だ。だって、俺は剣を持って戦う方法なんて知らないド素人だから」


 武器があったって一緒だ。

 そりゃあ、多少は抵抗できるかもしれないが、相手は一匹ではない。複数のゴミ虫なのだ。


 一匹に手間取っている間に、後ろや側面から攻撃を受けてリンチにされることが簡単に想像できる。

 つまり、今俺の最善策は、この無機物に脚を回復してもらってさっさとこの場から逃げ出すことなのである。


 早くしろ、化け物。


『なに、安心してよ! 僕が君の身体を操ってあげるから!』

「はぁ?」

『僕はこう見えても幾たびもの修羅場を潜り抜けてきているからね。その魔物がどんなものか知らないけど、僕にかかれば相手にもならないよ』


 はっ。俺は内心で嘲笑った。

 こいつ、何を馬鹿なことを言いだしているのだろうか。


 こんな申し出を受けて、ハイお願いしますというやつがどこにいる。

 人を操る剣? もう、それ完全に呪いの剣だろ。


 そんなもの、ばっちくて持てたものではない。


「いや、遠慮――――――」


 俺があっさりと断ろうとした、その時であった。


「ギギギギギッ!」

「ギギギィッ!?」

「ギギギ……」

「なん……だと……?」


 俺を追い回した憎き蛆虫たちの鳴き声が聞こえるではないか。

 くそっ! 居場所を突き止められたのか……!?


『あれぇ? 魔物が近づいてきたんじゃない? これは、僕を手にとって戦うしかないだろうねぇ……』

「お、お前……!」


 顔はないから表情は読み取れないが、声音からして随分と楽しそうじゃねえか……!

 もしかして、魔物が近くにいることを、こいつは知っていたんじゃないか?


 知っていて、こんな提案をしてくるのだとしたら……。


「本当に、呪いの剣じゃねえか……!」

『失敬だな、君は。僕は聖剣だぞ』


 こんな聖剣、あってたまるか。

 し、しかし、どうする? このままだと見つかって、また追い回される羽目になる。


 脚の回復も済んでいないようだし、また逃げ切ることは不可能だろう。

 だが、この聖剣(笑)を手に取って戦うというのも嫌だ。


 戦闘経験がない俺が武器を持ったところでリンチされるだろうし、俺を操るだなんて不穏なことを言ってくる物を持ちたくない。ばっちい。

 くそっ! 俺はいったいどうすれば……!!


「ギギッ!!」

『ギィィィィィィィィィィィィィィィィッ!!』

『あーあ、見つかっちゃった』

「なにぃっ!?」


 目を上げれば、ゴブリンたちが嬉々として俺目がけて走ってくるではないか。

 ちくしょう! 見つかってしまったか!


 もはや、一刻の猶予もない。決断を迫られていた。


『なーに、安心しなよ。僕が操るときなんて、戦闘の時と善を為す時だけだからさ。まあ、勇者らしくないことをするときは、全力で抵抗させてもらうけどね』


 こいつ……! どんどんと条件を増やしてきやがる……!!

 善を為す時? 俺がそんなことをするわけないだろうが!!


 ということは、だ。この無機物を手にしたときから、下手をすれば完全に支配されて俺が俺ではなくなってしまうのではないだろうか?

 そんな怖い話、マガリが持っていた本で見たことがあるような気がする。


 ど、どうする!?

 ここでゴブリンどもにリンチされるか、それとも聖剣もどきに身体を操られるリスクをこの先負っていくか!


 ……なんてろくなものがない選択肢なんだ!

 クソッタレがぁっ! 俺が何をしたって言うんだ!! ちょっとマガリを追い落として喜んでいただけだろうが!!


 ちくしょう! 仕方ない……!

 俺は半泣きになりながら、自称聖剣の柄を握った。


『おっ、やっと僕を使ってくれる気になったか。嬉しいなぁ』

「嫌々だよ!」


 俺はそう言って剣を抜こうとしたが……。

 ……ビクともしねぇっ!!


「おい! だましたのか!?」

『いやいや、そういうことじゃないよ。というか、君すっごく性格悪そうだよね。これが君の素なのかい?』

「どうでもいいこと聞いているんじゃねえよ!!」


 早く抜けろよぉっ! もうゴブリンがかなり接近しているじゃねえか!


『なに、抜くのは簡単さ。僕たちがお互いに名を教え合えばいいんだよ。君の名は?』

「アリスター!!」


 こんなわけのわからない存在に名前を教えるのは凄く気が引けるのだが、背に腹は代えられない。

 俺が名前を告げると、何だか温かい感覚が流れ込んでくるような気がした。


 くそっ……キモイ!!

 こ、こいつ……! また俺に変なことをしやがったのか……!?


『よし、アリスター。これから、僕と一緒に正義を為そうじゃないか。僕の名前は――――――』


 この無機物の名前が、俺の脳内にふっと入り込んできた。

 くそ……! 何かこういうの嫌だ! 俺の身体が好き勝手されているみたいで、気持ち悪い!


 とにかく、俺はこの剣の名前を呼べばいいのか?

 お互い自己紹介したからか、ビクともしなかった剣が岩から簡単に抜くことができた。


 こういう剣は、農作業をサボりっぱなしの俺が持てるほど軽くはないはずなのだが、まるで木の枝のように簡単に持ち上げることができる。

 そして、俺は剣を上に掲げてその名前を呼ぼうとして……。


『ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!?』


 無機物の絶叫のせいで、何も言うことができなかった。




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