第68話 目指す場所
「ああ、聖女様」
「どうか……どうか我らに光を……」
王国の王都から少し離れた場所には、巨大で荘厳な素晴らしい建築物があった。
それは、ステンドグラスなどで美しい装飾がなされてあり、教会のようないでたちであった。
広く、それこそ何百人と収容できてしまいそうな立派な造り。
逆に言えば、このような建築物が必要になるほど、その者は多くの人から慕われてすがられていた。
聖女と言えば、この王国ではマガリのことを指す。
現代の聖女……この国を守り、導いてくれる存在。
しかし、ここに集まっている彼らからすれば、聖女とはマガリのことを意味しない。
彼らが頼るのも、すがるのも、マガリではない。
多くの人々が跪き、祈りを捧げているその先には、小さな女が一人立っていた。
歳はマガリよりも下だろう。本当に子どものようだ。
サラサラの美しい金色の髪が背中のあたりまで垂れている。
顔立ちも整っており、その無表情から本当に精巧に作られた人形のようにさえ感じてしまう。
そんな少女に着せられるには華美で豪奢な衣装を身に纏い、救いを求めてくる人々を見下ろしていた。
彼女はしばらくそうしていたが、ゆっくりと両腕を広げると……。
「おぉ……!」
空から光が降り注いだ。
その暖かな光を浴びた人々は、歓声を上げる。
それこそ、一部では泣いて喜んでいる人もいるほどだった。
そんな彼らを、少女は無感動に無表情に見下ろしていた。
「ありがとうございます、聖女様!」
「聖女様! 聖女様!!」
その教会で、地鳴りがするほどの大歓声が上がり続けるのであった。
そんな彼らを背にして、少女は高座より背を向けて歩き出す。
彼女のすぐ隣には、いつの間にか男が現れていた。
教会の広い場所から、扉を隔てて小部屋になっている場所に入る。
「ご苦労だったな。先ほどの様子を見ていると、この街での私たちの地位は盤石だ」
「はい、お父様」
男は人々の前では決して出さない、欲望にまみれた汚らしい笑みを見せる。
そんな彼を父と呼ぶ少女は、ニコリともせず無表情で頷いていた。
「でも、本当にいいんですか? あんな弱い魔法で」
「ああ、気にするな。お前の回復魔法は確かなものだが、あれだけの人数にかけるほど魔力は多くないだろう? それに、本当にお前の力が……いや、奇跡が必要な者は、ここに集まることすらできない。所詮、人に助けられすがることしかできない連中だ。気に病む必要はない」
「はい」
少女も、別に彼らのことを思いやって口にしたことではないのであっさりと頷いた。
こんな子供に頼ってくるような大人なんて、どうなったって知ったことではない。
そして、それは目の前にいる父親もまた……。
「ああ、そうだ。荷物をまとめる準備をしなさい。といっても、お前は大して物を持っていないから、時間もかからないだろうが」
男の言葉に、少女は首を傾げる。
今までずっとこの街に留まっており、街の外に出ることはなかった。
出ようとすれば、男の方が止めていただろう。
それなのに、いったいどういう風の吹き回しだろうか?
「なに、ここでは十分に信仰を広めることができた。それに、もうここでは搾り取ることができないからな」
「わかりました」
搾り取る……ということは、お金である。
もちろん、このようなことを公に言うことはないが、男が少女を聖女として崇めるような宗教を立ち上げたのも、金を得るためだ。
それに利用されている少女だが、とくに思うことはない。
搾り取られている信者たちに対しても、思うことはない。
ばれたときに自分が殺されるかもしれないが……まあ、それもどうでもいいことだ。
考えるのも面倒だ。こういうことは、思考停止しているくらいがちょうどいい。
「では、どこに行くんですか?」
少女に尋ねられた男は、ニヤリと笑う。
「一番人口が多く、まだ私たちの勢力が浸透していない場所……王都だ」
◆
力が……力が必要だ。
自分の為したいことを為すために、理不尽から守るために。
所詮、この世の中は力が強い者が勝つ。
その世界を変えることができないのであれば、自身が適合していくほかない。
武力という面では、それも十分になってきたと言えるかもしれない。
今の自分は、ほとんどの生物に負けることはないだろう。
人間であるならば、一国の騎士団長やトップクラスの冒険者とも戦えるだろうし、魔物であるならばドラゴンやベヒーモスのような化け物をも打ち倒すことができるだろう。
だが……だが、それも万全ではない。
いくら力が強くとも、それをひっくり返されることだってあるのだから。
また、自分より強い者がいないと楽観視するのもよくないだろう。
世界は広い。であるならば、慢心していいわけがない。
しかし、武力という面ではこれ以上の成長を期待することは難しいだろう。
では、どうする? 武力以外に力のなるものを身に着ける必要があるのだ。
「ん……?」
ひらひらと紙が舞い落ちてくる。
普段なら気にも留めないのだが、何故かそれに引きつけられてしまった。
拾い上げて目を落とすと……。
「聖女、誕生……」
紙面に踊っていたのは、今代の聖女が現れたというものだった。
聖女……それは、外界との接触をほとんど行わない彼も知っている存在であった。
国を庇護する象徴、そして……。
「人々を、癒す……」
癒し……それは、比喩表現なのかもしれない。
その存在があるだけで、国民は癒されるのかもしれない。
しかし、もし物理的に人を癒す力があるのだとしたら……。
「それは、今一番俺に必要かもしれないな」
武力は十分だ。次に必要なのは、武力以外のもの……。
男の欲望は、聖女マガリに向けられるのであった。
◆
「ひっ……。な、何かしら……ゾワゾワした嫌な予感がするんだけど……」
危険察知能力はぴか一のマガリであった。




