第65話 今度ばかりは許さねえぞ!
書籍化、決まりました。
活動報告を見ていただけると幸いです。
「くっ……力を溜めてやがるのか? だったら、俺様も……!」
「(いや、違うと思うわよ)」
アリスターの絶叫を力を溜める際に発する気合の声だとばかり考えたカストは、同じくパメラの中で蓄え続けていた力を解放せんとする。
マガリは彼の絶叫の中に悲しみと苦しみが混じっていることを察したので、ニマニマしながら否定していたが。
「(お、おまおま……何してくれてんだ!?)」
『あの悪魔を滅ぼして、パメラを救うんだ!』
「(俺が救われねえだろうが!!)」
『仕方ないね。犠牲はつきものだから』
「(俺以外の時は必死にその犠牲なくそうとするくせにぃっ!!)」
アリスターが悲鳴を上げているその時にも、彼の生命力が吸い取られて聖剣に渦巻く黒い魔力に集約されていく。
「(てか、生命力ってなに? いや、吸い取られたらダメなやつだとは思うんだけど、具体的になに?)」
『うーん……寿命?』
「――――――」
アリスター、白目を剥く。
「ぶふぅっ! うくくくくくく……!」
「ど、どうしたの、聖女様……?」
顔を真っ赤にして身体を折り曲げて笑うマガリに、マルタがドン引きする。
聖剣の言葉が聞こえていないマルタには何が原因で笑い出したかわからないが、アリスターがピンチに陥っているのを見て笑っていたことを知ればまた問題になりそうなので、それは幸運だっただろう。
『さあ、撃つよ!』
「(嫌じゃああああああああああああああ!! 俺のためでもないのに、赤の他人のために命を削るのは嫌じゃああああああああああああ!!)」
『くっ……! またわがまま言って……!』
「(いや、これはわがままじゃないだろ!?)」
剣を振りあげさせようとするのだが、アリスターが必死に抵抗を見せる。
普段はあっけなく聖剣に操られることしかない彼だが、今回はガチの抵抗である。
これには、流石の聖剣も手こずる。
抵抗の力が強すぎる。どれだけ自分大好きなんだ。
『で、でもだよ! あっちの悪魔がもう攻撃を撃とうとしている! このままじゃあ、君自身が傷つくことになる!』
「はっ……!!」
バッとアリスターが目を向ければ、瘴気で顔を形作っている悪魔カストの頭上には、黒い魔力の塊が作り出されていた。
それを見ると、ビリビリと大気が悲鳴を上げて凄まじい威圧感を放っていることから、かなりの破壊力を内包したものだと分かる。
少なくとも、アリスターが直撃を受ければその命は儚く散ることになるだろう。
「くひゃひゃひゃひゃひゃ!! 先に準備ができたのは俺様のようだなぁっ!? くらえええええええええええええええ!!」
「(ぬわああああああああああああああああ!?)」
ゴウッと撃ち出される黒い塊。
それを見て悲鳴を上げるアリスター。
そんな大慌ての彼を見て大喜びしていたマガリであるが、ふとあることに気づく。
「(……あら? アリスター側にいる私も、危ないんじゃないかしら……?)」
その通りである。もしアリスターが何もしなければ、彼諸共マガリは消滅する。
いや、マガリだけではない。マルタも、パメラも、ヘルゲたちも、皆死ぬ。
「アリスター! 頼んだわよ!!」
もちろん、マガリが他の人々のことを考えたことは一切なかったが、自分のためにアリスターに戦わせようとする。
「(ふっざけんな! これ撃ったら俺の寿命も縮むんだぞ!? ふっざけんな!)」
「(あなたの寿命と私の命、どっちが大切だと思っているの!?)」
「(俺だよ!!)」
アイコンタクトだけでここまで罵倒し合うことができるのは、もはや才能である。
アリスターとマガリ、この二人同士でしかできないことだろう。
『いやー、でもあんまり悠長にしている余裕もないと思うんだけど……』
聖剣の言葉通り、カストの放った魔力弾は刻一刻と迫ってきている。
アリスターは決断を迫られていた。
魔力弾を迎え撃って寿命を削るか。迎え撃たずに直撃を受けて寿命を削るか。
……そう考えると、彼に選択肢はないのだが。
「アリスター……!」
マルタが倒れこんだパメラを抱きかかえながら、すがるように見上げてくる。
冷や汗をダラダラと流し続けるアリスター。
彼の選んだ選択とは……。
「くそおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
「よっしゃ」
ゴウッと聖剣に纏う黒い魔力の風が強くなる。
それを見たマガリは、ニヤリとほくそ笑むのであった。
アリスターは高く聖剣を構え、そして振り下ろす。
「『邪悪なる斬撃』!!」
『……この技名、本当どうにかならないかな?』
聖剣の悲しげな声と共に、その漆黒の斬撃は撃ち放たれた。
大地を削りながら凄まじい勢いのまま突き進む。
その破壊力は、普段のそれとは比べものにならないほどである。
当然、向かって来ていたカストの放った魔力弾と衝突する。
ドッ! と激しい衝突音と共に暴風が吹き荒れ、離れた位置にいるマガリやマルタも飛ばされそうになってしまう。
しかし、その拮抗も一瞬のこと。
カストの魔力弾をあっけなく突破したアリスターの斬撃は、愕然としているカストの元へと突き進むのであった。
「ば、馬鹿なっ!? 俺様がパメラの心に巣食って、何十年も蓄え続けてきた力だぞ!? それを、こんなあっけなく……!!」
「俺とお前とでは、力の根源が違うんだよ……!!」
悲壮な顔でカストに言いつのるアリスター。
ちなみに、『自分が寿命という非常に代償の大きなものを対価としているのだから、負けるはずないだろ。でも悲しい』という気持ちをあふれさせたものであり、涙もちょっと流している。
しかし、傍から見ていたマルタは、それが『誰かを守るための力が根源なのだから、他人の心に巣食って欲望や憎悪を糧にしていた力に負けるはずがない』という風に解釈し、しかも涙を流しているのは悪魔に操られていたパメラのことを思ってのことだと勘違いし、ポッと頬を赤らめるのであった。
「うぎゃああああああああああああああああああああああああああ!?」
マルタが盛大に勘違いをしている中、パメラの心に数十年巣食って操り、欲望と悪意を貪り続けていた悪魔カストは、アリスターの不本意ながら寿命を削った攻撃によって、その命を散らすのであった。
◆
「あら……?」
「起きた? お姉さま」
パメラが目を開くと、視界に映ったのは薄く微笑むマルタの姿であった。
そんな彼女を見ると、やはり彼女から何かを奪ってやろうという強い欲望がわいて……。
「…………わいてこない?」
パメラは目を丸くする。
生まれてから……物心がついてからずっと心でくすぶっていた強すぎる欲望が、一切感じないのである。
「どうして……」
「お姉さまは、悪いやつに憑りつかれていたんだよ。その欲望も、全部そいつのせい。……それでも、お姉さまのしたことを全部正当化することはできないけど」
「……そう」
マルタが悲しげに顔をゆがめさせるのを見て、パメラは当然だろうと頷く。
自分がしてきたことは、決して許されないことだ。
それこそ、殺されたって文句は言えないほどのことをしてきた。
「……でも、あの人にお姉さまは助けられた。だから、ちゃんと罪を償って、あの人に……アリスターに、お礼を言わないとね」
「そう、ね……」
涙を流しながら微笑みかけてくるマルタに対して、パメラも小さく頷くのであった。
「(今度ばかりは許さねえぞ!!)」
『うわあああああ!? 海に捨てようとしないでよおお!!』
一方、美しい姉妹愛が見せつけられている時、アリスターは聖剣を海底に沈めようとしていたのであった。
◆
【欲望に狂った人魚パメラ。彼女を止めたのは、やはり勇者アリスターであった。もはや悪辣とも言えるほどの強欲に狂ったパメラは、人魚を売り飛ばしてその至福を肥やす最悪の人魚であった。そんな彼女を止めんとしたのが、彼女の妹であるマルタと彼女を助けようとしたアリスターである。聖女マガリの護衛としてやってきていた騎士たちも洗脳されて敵にまわってしまった。彼らを何とか食い止めるが、彼らを操った驚異の歌をパメラは歌う。マルタも動けなくなってしまうほどのおぞましい歌だが、しかし勇者と聖女には効かなかった。それは、ひとえに彼らの悪に屈しない強靭な精神力ゆえである。そして、彼らはパメラをも操る黒幕を知る。パメラが生まれる前から心に巣食った悪魔である。彼女を操り貪った悪意と欲望により、大悪魔にも匹敵する力を身に着けたその悪魔は、アリスターたちを皆殺しにせんと力を解放する。しかし、彼の思い通りに事は進まなかった。ここには、決して屈さない勇者がいるからである。アリスターはマガリからの絶対の信頼を寄せられ、マルタからはすがられ、そんな彼女たちを守らんとして力を解放した。しかし、凶悪な悪魔に対抗するには、代償を伴う。自身の命を削る凄まじい代償を払わなければならないというのに、アリスターは自分のことを一切考えず他者のことを思いやるため、何ら躊躇することなく命を削って力を解放したのであった。その結果、悪魔はなすすべなく滅び去り、勇者アリスターの献身的すぎる優しさが明らかになるのであった】
『聖剣伝説』第六章から抜粋。
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