表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化・コミカライズ】偽・聖剣物語 ~幼なじみの聖女を売ったら道連れにされた~  作者: 溝上 良
第二章 望まぬ行幸編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

63/164

第63話 何言ってんだこいつ

 










「うぁっ……!?」


 マクシミリアンとの戦闘で体力も魔力も尽きかけていたマルタは、それでも善戦を見せて騎士たちを打ち倒していた。

 しかし、その疲弊ゆえか、耳に届いたおぞましい歌声を聞いて膝を屈する。


 その歌は、全身に力が入らなくなるような、強烈な脱力感と苦しみを与えてくるものであった。

 人魚の歌とは、本来ただ美しく聞きほれてしまうようなものである。


 しかし、パメラのその歌は……そのような正ではなく負の強烈な感情をぶつけるように訴えかけてくる。

 内面にある汚らしい感情……欲望や憎悪など、そういったものを無遠慮にかき回して不快な思いをさせる歌。


 はたして、それはマルタに大きな影響を与え、それこそ立っていられなくなるほどの効果を生み出していた。

 おそらく、心身ともに鍛えられていた王国騎士たちを洗脳して操ることができたのも、この力があるからだ。


 ヘルゲもマガリに対する欲望とアリスターに対する憎悪を掻き立てられ、操られることになったのだ。


「ぐっ……アリスター……!」


 マルタが苦しみ動くことができなくなっても洗脳されていなかったのは、パメラが彼女のために歌ったものではないからだ。

 しかし、アリスターとマガリは……自分たちのためだけに歌われた、この不快でおぞましくも美しい歌。


 これを受けて、はたして正気でいられるだろうか?

 パメラに操られてしまったアリスターのことを考えると、胸が苦しくなる。


 マルタは顔を上げ、涙でかすむ目で彼の状況を確認しようとして……。


「「…………?」」


 平然としながら怪訝そうに首を傾げるアリスターとマガリの姿を視認するのであった。

 …………え?


「(……え? なにこれ。何でこの状況で歌いだしたの?)」

「(知らないわよ。マルタも何だか苦しんでいるみたいだし……怖いわ)」

『えぇ……? 君たち、なんで平然としているの……?』


 アリスター、マガリ、聖剣それぞれが困惑していた。

 戦う要員であるはずのヘルゲたちを無力化されているというのに、無防備に歌を歌うパメラに理解不能な二人。


 しかし、そもそもこの歌自体が攻撃なのである。

 どうして攻撃はおろか逃げることすらしないのか、という二人の疑問の根本が間違っている。


「(な、何で……!?)」


 パメラは歌いながらも、初めて動揺する様子を見せる。

 それもそうだろう。これは、パメラのもともとの才能とマルタから奪い取った声によってようやく生み出すことができる、凶悪な呪いの歌。


 相手の感情を掻き立て、増幅させ、自由に操ることができる超強力な魔法である。

 それこそ、耳を塞いだ程度では防ぐことすらできない、まさに不可避の攻撃。


 それを間近で受けても、アリスターとマガリはポカンとしていた。


『ま、まさか……!』


 ハッと、聖剣がある仮説にたどり着く。

 パメラの歌は強力だ。少しでも心に隙間があれば、そこから入り込んで対象の欲望や憎悪を掻き立てて操り人形に仕立て上げてしまう。


 しかし……しかし、である。

 その心の隙間というものが、存在しなかったら……?


 アリスターとマガリの心が、第三者の介入を一切許さないほど心がギチギチだったら?

 いくら強力無比なパメラの歌といえども、侵入することはできないのでは?


 また、これは別の言い方ができるかもしれない。

 すなわち、アリスターとマガリは、他人の意見や干渉を一切受け付けずゴミのように冷たく見下しているからこそ、つけいれられることがないのだ。


『こ、この二人のクズな性格が、まさかこんないい結果を生み出すだなんて……』

「(なにいきなり批判してきてんの、お前?)」


 自己完結した聖剣であったが、アリスターからすればいきなり罵倒されたようにしか聞こえない。


「な、何で……どうして!? 私の、私の歌が効かないなんて、そんな……!」

「お姉さまは、アリスターを……二人を見誤っていたんだよ」

「何ですって!?」


 ついに歌を止めて、愕然と身体を震わせるパメラ。

 歌が止まったことによって、マルタも立ち上がって羨望のまなざしをアリスターとマガリに向ける。


「お姉さまの歌をも跳ね返す、強靭な心。それこそが、聖女と勇者にふさわしい精神なんだよ。たとえ、どれほど強力でも欲望や憎悪に狂うことはない。だからこそ、彼らが選ばれたんだよ。優しくて強い心……今のお姉さまには分からないことかな?」

「ぐっ……!?」


 マルタの言葉に、パメラは苦々しそうに顔を歪める。

 言い返したい……だが、それをすることができなかった。


 実際に、パメラの歌はアリスターとマガリに届くことはなかったのだから。


「(……よくわからんが、今がチャンス! 聖剣、あいつをぶっ殺せ!)」

『だから、ぶっ殺すのはやり過ぎだって!』


 ヒャッハー、と剣を振りかざして襲い掛かろうとするアリスター。

 相手が戦闘能力にたけていないか弱い女と見るや否や嬉々として切りかかろうとするのが狡い。


『というか、いくら何でもおかしいんだよね。パメラの欲望が強すぎる……。生まれながらのもの、というのもおかしいくらいに』


 聖剣はそう言って考え込む。

 パメラの様子を見ていると、まるでその欲望に駆り立てられるようにして動いているような気がしてならない。


「(そうか? 俺も生まれながらにしてこんな性格だったぞ?)」

『君と一緒にするのは彼女に失礼だ』

「(あんなひどいことしてやっている奴に失礼!?)」


 流石のアリスターもショックを受けた模様。

 そんな彼のことは放っておき、やはり聖剣はパメラのことを思う。


 しかし、ここまでのことをしておいて、何のお咎めもなしというわけにもいかない。

 彼女を、死なせない程度にダメージを与えて無力化する必要がある。


 そのため、アリスターの身体を操ろうとして……。


「ごめん、ちょっと待ってくれないかな?」


 アリスターに声をかけてきたのは、マルタであった。


「(ダメです)……どうした?」


 内心で答えを聞いておきながら、尋ねるアリスター。

 彼女にとって姉のパメラを倒すことにためらいがあろうが、知ったことではない。


 パメラはアリスターからすれば、赤の他人以外のなにものでもないからだ。


「……お姉さまを、このままにしておきたくないんだ。もしかしたら……ううん、ほとんど失敗する可能性の方が高いと思う。でも、僕は最後まで試してみたい」

「(何言ってんだこいつ?)」


 マルタは潤む目でアリスターを見上げる。

 普段強きな彼女からは想像できないような仕草で、多くの者は何でも要求を受け入れてしまいそうだ。


 なお、アリスターには通用しない模様。


「(バカバカしい。今がチャンスなのに、ここを見過ごしてあとで痛い目にあったらどうするんだ。っていうか、パメラが今のままでも俺には関係ないし。はい、却下却下。さっさと殺そう)」

『もちろん、マルタの言う通りにするよ!』

「(いでええええええええええええ!?)あ、ああ……やってみるといい」

「ありがとう!」


 聖剣の手助けによってアリスターの魔の手から逃れることができたマルタは、美しい笑みを彼に向けてからパメラに向かって一歩前に進んだ。

 そんな彼女を、パメラは訝しげに睨みつける。


「……何かしら? あなたの歌声を奪ったことに対する怒りをぶつける? 人魚を売り飛ばしていた憎悪をぶつける? それとも、不様な私を笑うのかしら? ふふっ、それでもいいわよ。私は――――――」

「ううん、そんなことはしないよ」


 パメラの自虐的な言葉に、マルタは首を横に振って否定する。

 では、何をしようというのか。


 パメラはより一層懐疑的な目をマルタに向ける。


「僕はね、お姉さまのことが不憫で仕方ないんだ」

「…………は?」


 怒りでもなく、憐憫の目を向けられたパメラは唖然とする。


「欲望のままに……ううん、欲望に踊らされているお姉さまを見て、可愛そうで仕方ない」

「……私を憐れんでいるの? 人魚のできそこないのくせに……!!」


 パメラの顔に、激しい怒りの表情が張り付けられる。

 整っているからか、それとも今まで怒りを露わにしていなかったからか、大変迫力のあるものだった。


 アリスターは小さく悲鳴を上げていた。


「そうだね。僕は、お姉さまと違ってできそこないだ」


 そう言って、マルタは苦笑いする。

 しかし……パメラを止めることができるのは、自分だけだという確信があった。


 そして、今までまったく上手に歌うことのできなかった歌を、この時歌うと……歌わなければならないという、強い意思が宿っていた。


「じゃあ、お姉さまは僕の歌を聞いたことがあったかな?」

「それは……」


 ないだろう。なぜなら、聞く必要もないからだ。

 マルタから歌声を奪ったのは自分だ。上手く歌うことができないのは、当然のことなのだから。


「一度、聞いてみてよ。お姉さまのためだけに、歌うからさ」


 そう言って、マルタは口を開いた。

 そして、その清らかで美しい歌声は、人魚の集落全体に響き渡るのであった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ