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【書籍化・コミカライズ】偽・聖剣物語 ~幼なじみの聖女を売ったら道連れにされた~  作者: 溝上 良
第二章 望まぬ行幸編

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第61話 捕まえつつ

 










「(何だこいつら!? 護衛の役割を微塵も果たせていないじゃないか!)」


 アリスターが内心で激しくヘルゲたちを罵る。

 もちろん、鉄壁の演技は継続中なので、その考えは決して外に漏れることはない。


 だが、たとえ彼が声に出していたとしても、ヘルゲたちには届かなかっただろう。


「ヘルゲさん!? 皆さん!?」


 アリスター以上に動揺していたのはマガリである。

 無論、彼らが心配だからではない。彼らに肉盾になってもらえない自分の身を心配したからである。


「聖女様、残念ながらあなたの声は彼らに届きませんわ。彼らは、私の歌の虜になっていますから」

「歌……?」


 マガリはいまいち分かっていないようだが、アリスターはハッと気づいた。


「……人魚の歌は、聞く者を魅了する力がある。でも、いくら人魚でも他人を操ってしまうほどの歌を歌うことは、普通できない。僕のお姉さまは、その歌が他の人魚よりも卓越して美しいものなんだ。だから、こんな洗脳のようなこともできてしまうんだと思う」

「(やっぱり危険極まりない亜人じゃないか……!)」


 マルタの説明を聞いて、改めて人魚という種族全体に対する警戒を強くするアリスター。

 彼にとって、パメラもマルタも一緒である。


「ふふふっ。褒めてくれてありがとう、マルタ。でも、少し違うわね」

「違う……?」


 マルタが怪訝そうな表情を浮かべる。

 そんな彼女を見て、パメラは薄く微笑む。


「あなたは私が生まれながらにして、この歌を持っていると思っているでしょう? でも、それは違うのよ」

「な、何が違うの?」


 もったいぶるような言い方に、マルタはどうしても前のめりになってしまう。


「……私は物心がついた時から、欲しいものがたくさんあったわ。他人の持っている玩具、遊び、友人……そういったものは欲しくなったけど、私が最初に欲しいと思ったものがあるの」


 パメラの記憶は、他人のものを欲しがったものばかりである。

 楽しそうに友達が遊んでいた玩具も欲しい。仲の良さそうな友人の友人さえ欲しくなって奪ってしまったことがあったほどだ。


 ただ、彼女が物心をつけてから一番に欲しいと思ったもの、それは……。


「それは、歌よ」


 パメラの目がスッと細くなる。


「私も他の人魚よりはいい歌を歌うことができていたと思うわ。でも、それは他人を魅了して操ってしまうことができるほどのものじゃなかった。……その時は、それでもよかったわ。だって、私より上手い歌を歌う人魚はいなかったもの。ただ……少ししてから、私よりもいい歌を歌うことができる素質を持つ者が生まれたわ。……誰だか分かる?」

「誰……」


 パメラの歌声は素晴らしいものだ。

 それこそ、人魚ですら聞きほれてしまうほどのもの。


 だが、それでも他人を操ることができるほどの力はなかった。

 しかし、その素養を持ち合わせているほどの者が、彼女の後に生まれたのだという。


 そんなことを言われても、マルタは誰のことを言っているかさっぱりわからない。

 この人魚の集落で、パメラに匹敵どころか迫ることができるほど歌が上手い者がいないからである。


 そんな彼女を見て、パメラはうっすらと微笑んだ。


「それは、あなたよ。マルタ」

「えっ……」


 自分の名前を呼ばれて、愕然とするマルタ。

 自分に……パメラをも超えるほどの歌を歌うことができる……?


 しかし、マルタはすぐに首を横に振った。


「だ、だって、僕はできそこないの人魚で、歌も全然……」


 そうだ。だからこそ、彼女は戦闘能力を鍛えて、少しでも姉であるパメラに迫ろうとしたのだ。

 少なくとも、彼女の妹として恥ずかしい思いをする必要がないように。


 逆に言えば、パメラの言うような歌の才能があったならば、マルタは戦闘能力を向上させようなんて思うことはなかっただろう。


「そう思っても当然ね。だって、私があなたの素質に気づいたのは、まだあなたが赤子だった時だもの」


 パメラは過去を思い返し、遠い場所を見る。


「別に、なんでもない泣き声だったわ。赤子なら、誰もが発する普通の泣き声。……でもね、マルタ。あなたの泣き声を聞いた瞬間、私は頭を思い切り強く殴られたような衝撃を受けたの」


 彼女は思い出す。

 赤子のマルタは、ただ泣いていただけだ。


 それは、とくに不思議な話でもない。

 空腹を訴えたり、排せつを知らせたり、そんな些細なことでも赤子は泣く。


 マルタが泣いたのも、それらの一つが理由に過ぎない。

 それこそ、歌なんて言えるようなものではなかった。


 しかし……。


「美しい……まるで、心を奪われてしまったようだったわ。あなたの声には、それほどの力があったの」


 ほうっと呆けるように頬をうっすらと赤く染めるパメラ。

 その表情は、本当にマルタの歌声が素晴らしいもので、惹きつけられたものだと訴えかけてきていた。


「僕に、そんな力が……」

「欲しいと思ったの。これが、初めてだったわ。初めて、私は何が何でも欲しいと思った」


 パメラの目は、ドロドロと濁っていた。

 その美しい容姿が醜く見えてしまうほどに、欲望に浸り過ぎていた。


「だから、もらうことにしたわ」

「もらうって……どうやって……」


 凄惨な笑みを浮かべるパメラに、妹であるマルタですらゾッと背筋を凍らせながら聞く。

 アリスターは頬を引きつらせていた模様。


「魔道具って、便利なものがあるのね。それを使って、私はあなたの歌声をもらった」

「なっ!?」


 魔道具……それは、魔法が込められた特殊な道具。

 多くの時間と労力を費やされて作られるそれらは、それこそ想像もできないような結果を引き出すようなものも存在する。


 声を……美しい歌声を奪うというような魔道具も、もしかしたら存在するかもしれない。

 実際、パメラが言っているのだからそうなのだろう。


「これがあるから、私の歌で騎士たちを操ることができたのよ。これは、あなたの力でもあるのよ、マルタ。誇りに思っていいわ」


 パメラの元々の才能と、マルタから奪った歌声。

 これらを合わせることによって、初めてヘルゲたちを操ることができるほどの歌を歌うことができるのだ。


「ただ、申し訳ないわね。あなたが歌という面で人魚のできそこないになってしまったのは、私のせいなの。でも、仕方ないわよね。だって、欲しかったんだもの」

「ど、どうしてこんなことに……。僕、もう……」


 マルタは茫然自失といった状態になる。

 彼女が今まで苦しめられてきた人魚としてできそこないという評価。


 その要因となったのが、自分の慕っていた姉だということを知れば、マルタの心がボロボロになっても不思議ではない。

 そんな彼女が、今までの交流で非常に親しくなった(と思っている)アリスターに助けを求めるように目を向けるのは、当然のことだったかもしれない。


「(俺を見るな)」


 残念ながら、頼っていいような男ではないのだが。


『何か言えよ』


 しかし、幸いなことに、アリスターには聖剣がついている。

 彼のドスの利いた声と頭痛に怯えたアリスターは、すごすごとマルタの隣に行って……。


「え……」


 濃紺の髪を、優しく撫でた。


「気にするな(家族とは言っても所詮は赤の他人。これではっきりしたね)」

『絶対に言うなよ! それ絶対に言うなよ!!』


 相変わらずゴミみたいなことを考えていたが、聖剣の尽力のおかげでそれが表に出ることはなかった。

 姉とはいえ無条件で信じたお前が悪い、と言わなかっただけマシである。


「お前が一人で立てないと言うんだったら、俺が支えてやる。だから、しっかりと立って姉と向き合ってみろ」


 微塵も考えていない献身的で寄り添うような優しい言葉。

 それを受けて、マルタの心はスッと晴れるような気持ちだった。


 今まで共に行動をして、人魚を助けてきたアリスターは、彼女の中でも大きな存在となりつつある。

 マルタの中で大きな存在であったパメラが崩れた今、その部分を占めるのがアリスターに置き換わったとすると……。


「……うん!」


 マルタははっきりとした強い意思を持って頷いた。

 その目に、自身に対する不安定さは微塵も見られない。


 マルタは、アリスターという新たな柱を得て、再び立ち上がることができたのであった。

 それを見ていたパメラは、どこかつまらなさそうに……不満そうに目を細めた。


「さて、もういいかしらね。騎士さんたち、お願いするわ」

『うおおおおおおおおおおおおおおおっ!!』


 パメラの命令を受けて、意思を失っているヘルゲたちは雄叫びを上げて突貫してきた。


「(うおー、じゃねえよ!!)」


 アリスターは悲鳴を上げながら、聖剣を構えるのであった。

 ……逃げようとしたマガリの首根っこを捕まえつつ。



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