第60話 つっかえねえええ!!
「どうして……どうして、皆いないの?」
マルタがそう言って集落の中を駆け巡っている。
お? 全員でどっかに逃げたの?
それとも、何か想定外のことが起きて消えてしまったとか?
ホラー展開は止めろよ。怖いから。
……ていうか、何で俺はマルタと一緒に動き回らないといけないんだよ。
もう疲れているんだよ。休ませてくれ。
戦闘と小舟をこいだことによって、俺の身体はボロボロだぞ。
「あら。もう帰ったのね、マルタ。おかえりなさい」
「お姉さま!」
誰もいなかったが、パメラだけが姿を現した。
……うーん、嫌な予感しかしないぞ。
パメラが人魚に対して何か悪いことを企んで実行するのはまったく構わないのだが、俺がいなくなってからにしてくれ。
俺を巻き込まないで……。
「お姉さま。皆はどこに行ったの?」
やっと安心した笑顔を浮かべたマルタが、姉に問いかける。
すると、姉も人を穏やかにするような優しい笑みを浮かべて……。
「ああ。皆には眠ってもらっているわ。やっぱり、売る時に暴れられたら困るもの」
「…………え?」
とんでもないことを言った。
やっぱり、こいつが悪役じゃないですかー!
どうしてその本性をこのタイミングで明かしてしまうんだ! 俺が集落を去ってからでもよかったじゃない!
「お、お姉さま、何を……」
「あら? マクシミリアンから聞かなかったの? なら、言わない方がよかったわね。あの男の性格なら、保身のために何でも話してしまうと思ったから……」
全部しゃべってたぞ。
まあ、聞く耳持たなかったから、話している途中で倒してしまったが。
「う、嘘……。あれは、あいつが適当に嘘を言っていると思って……」
「ふふっ。やっぱり、マルタはそう思ってくれたのね。いえ、人魚は皆そう思うように、私は頑張ってきたもの。ただ、その聖剣使い……アリスターと聖女は、私を疑うと思っていたの。だから、こうして行動を起こしたのよ」
パメラはそう言って俺と疲れでフラフラとしているマガリを見る。
ひぇ……その冷たい目で見ないで……。
しかし、どうにもこいつのことを気に食わないと思っていたのは、パメラが演技をしていたことが理由か。
いや、多くの人は本音と建前を使い分けているし、言ってしまえば皆演技をしていることは当然にあるのだが……。
こいつの場合は、その演技に比重が傾きすぎていた。
だから、気味悪かったのだろう。
『同族嫌悪だね』
舐めるな。俺は99パーセント以上演技だ。パメラ程度とは格が違うのだ。
「行動って……いったい何を……」
「うーん、そうね……。とりあえず、半分くらいは売り飛ばそうかしら。やっぱり、何をするにもお金って大切でしょう? 私は宝石とか財宝の方が好きなんだけど、マクシミリアンがいなくなったんなら仕方ないわ。あとの半分は、私についてきてもらおうかしら。これをしたのがあなたということにすれば、まだ私についてきてくれるでしょう。欲しいものを手に入れるためには、お金だけじゃなくて人手も必要だから」
ひぇぇぇ……本音ぶちまけすぎだろ……。
もう、こいつ俺たちをここで口封じする気満々だな。逃げたい。
「僕、お姉さまが何を言っているかわからないよ!」
「マクシミリアンの言っていたことが、本当だったということだろう」
「アリスター……」
涙を薄く浮かべながら、大きな声を上げて否定するマルタ。
いや、否定したいのだろう。彼女の今までの言動を見ていれば、姉であるパメラに対する感情は好意的なものしかなかった。
それこそ、敬意すら感じられるほどの憧れもあった。
そんな姉が、まさか仲間を売り飛ばしていた張本人とは、信じたくないのだろう。
まあ、俺にとってはどうでもいい話だが。
やはり、家族とはいえ、血がつながっているからとはいえ、無条件で信頼するのは間違っているな。
ふっ……また俺が正しかった……。
さて、こんな家族のトラブル、危険な亜人の内輪もめなんて関わりたくもないのだが、目の前でされたら俺に巣食う諸悪の根源である魔剣が見逃すはずがない。
仕方ないので、自分から関わることにする。
そして、とりあえず好感度を上げておこう。
「あら。やっぱり、マクシミリアンは言ってしまったのね。まあ、お互い利用しているだけに過ぎなかったから、別にどうでもいいけど」
クスクスと笑うパメラ。
うーむ、余裕の表情と態度である。
ということは、この状況でもどうにかできるという確信があるというわけだ。
俺の……というより魔剣の力はともかく、人魚としては破格の戦闘能力を持つマルタを相手にすることだって想像できるだろうに、この余裕……。
いかん、逃げたくなってきた。
「どうしてと聞いてもいいか? マルタは聞きたがっているようだからな」
俺は微塵も興味ないけど。
「どうして……というのは、私が人魚を売り飛ばしていたことかしら? それなら、理由は簡単よ」
パメラはそう言って、一切邪気のない美しい笑顔を浮かべた。
「私、欲しいものがたくさんあるの」
しかし、そんな美しい笑顔から飛び出してきたのは、あまりにも自己中心的で身勝手な欲望だった。
「宝石がほしい、金銀がほしい、魔剣がほしい、聖剣がほしい、愛がほしい、幸せがほしい、魔道具がほしい、親愛がほしい、信頼がほしい……」
「お、ねえさま……?」
マルタはゾッと背筋を凍らせたような、強張った表情を浮かべる。
俺だってそうだ。
欲望というものは、生きているなら誰しもが持っていて当然のものだ。
俺だってそうだ。都合の良い女を捕まえて余裕のある生活を送りたいという欲望がある。
だが……だが、パメラのそれは、常軌を逸しているほど強かった。
執着心と言えるのだろうか? あまりにも欲深いのだ。
……めっちゃ怖いんですけど。逃げていい? ダメ?
『ダメ』
ひぃぃぃ……。
「そういったものの中だと、お金で買えるものがたくさんあるでしょう? だから、人魚を売ってお金をもらおうと思って……。人魚、高く売れるんですもの」
「そんな……そんな……!!」
お金が大切だということは同意するが、しかしそれで恨みを買ってしまったらダメなんだよなぁ……。
恨みという感情は非常に強いし、それを原動力に人を突き動かすことができるほどのものだ。
ならば、そんな恨みはできる限り買わない方がいいに決まっている。
俺なら、人身売買なんて恨みが集まりそうなことはしないな。
「……私ね、あなたの持つ聖剣も欲しいの。だから、ここに招待させてもらったんだけど……」
そう言って、パメラは俺を見る。
え、あげるけど。
ゴミ処理をしてくれるとか、なんて素晴らしい人魚なんだ。
よし、あげちゃう!
『ダメだぞ』
「だ、ダメだ……」
勝手に言葉を……!?
俺の口を勝手に動かすな!!
「そう。じゃあ、残念だけど、力づくでもらっちゃおうかしら」
止めて!
別に力で押されなくても渡すよ!
「させないよ!」
パメラと俺の間に飛び込んできたのは、マルタであった。
「お姉さま。人魚を売り飛ばすことも、アリスターに危害を加えることも、させない」
「マルタ……」
おお……あれだけ敬愛していた姉と敵対することができるのか?
いや、敬愛していたからこそ、彼女の暴挙を止めたいのだろうか?
まあ、そうだとしたら俺には分からない気持ちなので、考えるだけ無駄だな。
しかし、この状況で俺が関わらないわけにもいくまい。
俺の気持ち的には余裕なのだが、俺を操る魔剣が黙っていないだろうからだ。
ということで……。
「ああ。俺たちもさせないぞ。なあ、マガリくん」
「ッ!?」
汗をダラダラ流して疲弊しまくっているのに、嫌な場面からは何としてでも逃げようとするマガリを呼び止める。
またビクッと身体を震わせて硬直する。
「(ま、まあ、私にはヘルゲ以下騎士たちという駒がいるわ。私が危険な目に合うことはないはず……!)そうね。見過ごせないですわ、パメラさん」
普段なら俺に何百回殺しても満足できないほどの殺気を向けてくるものだが、どうやら今はそうでもないらしい。
あの表情からすると……ヘルゲたちのことを考えているな。
それには、俺も期待しているので、彼女のことを馬鹿にするわけにはいかない。
そう、ここには王国騎士として鍛錬と経験を積み重ねてきた彼らがいるのである。
したがって、俺がまた前線に出て身体を張る必要はなく、あいつらが必死になって戦っているのを後ろから見ているだけでいいのだ。
俺を守るためというわけではなく、聖女であるマガリを守るためだ。あいつらも騎士として本懐だろう。
相手も、強そうではないパメラだ。俺に影響が出ることはない。
「僕はずっと鍛えてきたけど、お姉さまはそうじゃないよね。僕と戦って、勝てるなんて思わない方がいいよ」
三叉槍を取り出し、格好いいことを言ってくれるマルタ。
こいつ、力が残ってないとか言っていたくせに、何言ってんだ?
マジで戦闘になった時、足手まとい以外のなにものでもないだろう。
俺が戦うのだとしたら、邪魔だしどこかに行っておいてほしい。
まあ、今回は俺が戦う必要がないので、どれほどでしゃばってくれても構わないのだが。
それでは、騎士の皆さん。よろしくお願いします!
「そうね。私じゃあ、あなたには勝てないかも。だから、協力者の皆さんにお願いするわ」
パメラも戦闘能力が高いというわけではないのだろう。
マルタの言うことにあっさりと同意して、指を鳴らした。
それに従って出てきたのは……。
「…………は?」
フラフラと陰から現れたのは、俺とマガリが待っていたヘルゲ以下騎士たちであった。
しかし、その様子はおかしく、精気を失ったような無表情で現れたと思ったら、まるでパメラを庇うように彼女を背にして俺たちと相対したのであった。
『あ……これ操られてるね』
つっかえねええええええええええええええええええええ!!!!




