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【書籍化・コミカライズ】偽・聖剣物語 ~幼なじみの聖女を売ったら道連れにされた~  作者: 溝上 良
第二章 望まぬ行幸編

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第53話 帰りたい

 










「…………どうしてここまで付き合わなきゃならんのだ」


 俺は誰にも聞かれないように、小さく小さく呟いた。

 俺がいるのは、またしても人魚の操る小舟である。


 俺と同じ小舟には、マルタとマガリがいる。

 マルタは魔法を使って動かしているのか、船頭に立って前を向いている。


 マガリは俺の近くで同じように暗い顔をしながらブツブツ言っている。

 こいつも不本意なのだろう。奇遇だな。


『しょうがないでしょ? 人魚たちを狙った拉致が組織的に行われていたのだとしたら、解決するまで見て見ぬふりはできないよ』


 できるぞ。まったく関係ないし、そっぽ向くことは余裕だぞ。

 これを無視しても俺にとって不利益なことが何もないからな。勝手にやってろ。


『君ができても僕はできないから。一心同体なんだから、無論付き合ってもらうよ』


 おぞましいことをのたまう魔剣。

 誰が一心同体だ! さっさと俺の身体から離れろ、悪霊!


 反吐が出る。


『いや、聖剣なんだけど……』


 まだそんな妄想を抱いているのか。

 自分の姿を鏡で見てみろ。こんな禍々しい聖剣ないだろ。


 どす黒いし、雰囲気もヤバそうだし……よっぽどの馬鹿でない限り手を出すことはないぞ、お前。


『君のせいだろ!! 君が持ってから、何かどす黒くなったんだから!』


 まーた他人のせいか。そういうのはよくないぞ、魔剣。

 魔剣の戯言は無視し、俺はどうしてさっさと帰ることもできずにマルタの操る船に乗せられる羽目になったのか思い出す。


 といっても、別に大したことがあったわけではない。

 個人的には、人魚と貴族の馬鹿との問題なんてどうでもよかった。


 一日滞在して十分歓迎されたし、さっさと帰って後は適当に頑張ってというのが俺の本心である。

 だが、俺の猫かぶりモードで、目の前で拉致というヤバいことが起きているのに見て見ぬふりをすれば評価が下がってしまうかもしれない。


 適当に都合の良い女を見つけるまでにそれはできる限り避けなければならなかったので、俺は嫌々声をかけたわけである。











 ◆



「俺は人間だが、こんなことが起きているのは見過ごすわけにはいかない。俺も手伝わせてほしい」


 そう言えば、ざわざわと人魚たちがざわめき立つ。

 そんな様子を見て、俺はニヤリと笑った。


 もちろん、俺が本気でそんな聖人みたいなことを考えているわけではない。

 それに、魔剣に頭痛で脅されているわけでもないのにこういう言い方を自分からしたのは、俺にとって勝算があったからである。


 すなわち、自分たちを狙っている人間を信用して仲間として行動を共にするか?

 答えは否である。俺だって、海に人を引きずり込むような亜人と一緒に行動するなんて絶対に嫌だ。


 俺が拉致をしようとしていた人間と通じていると考えている人魚も現れるだろうから、なるべく自分たちから遠ざけようとするはずだ。

 だから、こんな提案をしても拒否されるはずだ。そういう算段をつけていたのである。


「え、でも……」

「私たちを狙った人間だし……」


 事実、人魚たちの大半がこういう反応だった。

 俺に対して拒絶反応とまではいかないものの、避けたい、関わりたくないという雰囲気がビンビンに伝わってくる。


 いい、いいぞ! そのまま突っ走れ、馬鹿な半魚人ども!


「待って!」


 しかし、その雰囲気を切り裂くように鋭い声が上がった。

 そんな余計なことをしでかしてくれたのが、マルタである。


 な、何を……。


「アリスターは本当に心から人魚のことを思ってくれる優しい人だよ! 実際、僕と一緒に人間と戦ってくれもしたんだ! 彼を人間だからって悪く見ないでほしい!」


 マルタの口から出てきたのは、そんな俺を庇うような内容だった。

 いや、庇うのはいいんだ。そういうことをしてくれるのは、俺としても気分が良いし。


 だけどな、マルタ。先ほどの俺の発言とその庇う発言を合わせると、俺が人魚たちのために危険なことをしないといけないような雰囲気になってしまうんだ。

 それ以上言うな。俺の算段がめちゃくちゃになってしまう。


 マルタの言葉を聞くと、人魚たちは黙り込んでしまった。

 今までの孤立していたマルタが言っていても大して気にはされなかっただろうが、彼女は人間から人魚を守った英雄のようになっている。


 そのため、言葉にも説得力があった。

 止めろ! 余計なお世話だ!


 半魚人どももしっかりしろ! 人間なんか信用してもろくなことにならないぞ! 目を覚ませ!


「だから、せっかくアリスターが僕たちのために頑張ってくれようとしているんだから、酷いことは言わないで」


 ピシャッと言ってのけるマルタ。

 その言葉には、強い力が込められていた。


 シンと静まり返る場。


『良い子だねぇ』


 余計なことをする子だねぇ……。

 魔剣と俺はしみじみと正反対のことを思うのであった。


 人魚どもはどちらの判断を下すのか、俺が戦々恐々としながら見つめていると……。


「良いんじゃないかしら?」


 悪魔がやってきた……じゃなかった、パメラだ。

 だが、言っていることは俺にとって悪魔以外のなにものでもない。


 最悪だ……。


「事実、彼は連れ攫われそうになった人魚を助けるために戦ってくれた。それに、妹のマルタがそこまで言うんだもの。信じてあげないと、姉として失格だわ」

「お姉さま……」


 クソかよ。人魚のリーダーたる者が、なにあっさりと人間のことを信じてんだよ。

 人魚のことを考えて、ちゃんと俺を警戒して放り出せよ。馬鹿か?


 マルタに優しく微笑みかけて、何とも良い雰囲気を漂わせる姉妹。

 一方、絶望の雰囲気を醸し出すのは俺であった。


 自分から言い出した手前、もう逃げられない……。


「よろしくお願いしますね、聖剣の使い手様」


 ニッコリと微笑みかけてくるパメラ。

 その笑顔には、有無を言わさない威圧感のようなものがあって……。


「…………ええ」

『返事おもっ』


 俺は頷くしかなかった。

 自分の言葉を変えることは、俺の演技して創り出しているアリスター像にふさわしくないからだ。


 あぁ……どうして算段が狂ってしまったのか……。


「その……あ、ありがとね、アリスター」

「ああ」


 もじもじとしながら言ってくるマルタ。

 そうだ、こいつのせいだ。もう人魚なんか嫌いだ。皆死んでしまえ。


 だが、こうして内心で呪詛を吐き続けているわけにはいかない。

 なぜなら、俺の今の状況を見て、こそこそと背中を向けて逃げ出そうとしている不届き者がいるからだ。


「だから、一緒に頑張ろう、マガリくん」

「ッ!?」


 がっしりと強く肩を掴んで引き留めれば、驚愕の表情で振り向くマガリ。

 逃がすと思っているのかね? うん?


『ナチュラルに巻き込んだなぁ』


 そもそも、俺がこんな状況にある根源にはマガリの道連れがあるのだ。

 どうして彼女だけが逃げられると思うのか。


「聖女だし、君みたいな優しい性格だと見過ごすわけにはいかないだろ? うん?」

「え、ええ、そそそそそそうね。私もお手伝いさせていただこうと思っていたの、アリスター」


 うふふと笑い合う俺とマガリ。

 それを見ていた人魚たちは何か勘違いしたのか、感心したような憧れるような視線を向けてくる。


 まあ、傍から見る限りでは、俺とマガリの容姿も整っていることだし良い絵になっているのかもしれない。

 言っていることも、マガリはどもりまくっているとはいえ、他人のために尽くそうとしているのだから綺麗なものに見えるのかもしれない。


 だが、俺たちの内心は……。


「(死ねええええええええええええええええ!!!!)」

「(ふははははははははっ! 俺だけ苦しい思いするか! お前も一緒じゃぁ!!)」


 強烈な殺意がマガリから向けられてくる。

 だが、それは俺に心地よさしか与えない。


 あぁ……せめて引きずり込めたことだけが俺にとって癒しだ……。


「ありがとう、聖女様! あなたとアリスターは、人間でも特別だね!」


 そう言って、マガリの手を握りしめるマルタ。

 ……俺の時はツンツンしてるのに、マガリには素直ってなんで? 別にいいけどさ。


「それじゃあ、皆さんにお任せしますね。どうか人魚のことを、よろしくお願いします」


 そういうわけで、ニッコリと微笑んだパメラに送り出されて、俺は嫌々人魚たちのために行動することになったのであった。

 何とかマガリを道連れにできたことだけはよかった。


 ……ヘルゲたちは集落に残るようだったが。

 聖女の護衛なのに何で離れるの?


 貴族邸に向かうから王都騎士団の騎士がいたら、事前連絡をしていないということでマズイことになるとか言っていたが……この過程でマガリがどうなってもいいのだろうか?

 俺は全然いいけど。


「聖女様のことをよろしく頼む、アリスター」


 嫌っす。











 ◆



 思い返してイライラしていると、マルタの引き締まった声が届いた。


「アリスター、聖女様。そろそろ準備をお願い」


 嫌々顔を上げると、桟橋が見えてきた。

 ここに船を止めておくのだろう。


「着いたよ。ここが、ドーレス領だ」


 …………帰りたい。



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