第52話 口封じ
「凄いね、マルタ!」
「悪い人間をやっつけたんだって? そんな凄いことできるんだね!」
「え、えぇと……」
マルタが串刺し殺人鬼であることが判明した翌朝、彼女はまるで英雄のようにちやほやされていた。
人魚の中で孤立状態だと自分で言っていた彼女は、この状況についていけていないようで、目を白黒とさせていた。
何で知っているのか? と俺にも目を向けてくる。
そんなマルタに、俺は親指を突きつけて微笑むのであった。
ふっ……マルタのことを人魚に受け入れてもらって友達を増やし、俺という価値を下げる作戦……順調だな。
そのために、わざわざ奴隷狩りの人間が侵入してきていて、それを彼女がやっつけて防いだということを流布したのだ。
まあ、昨日は派手な戦闘音もあったので、何があったのかと気になっていた人魚も多かったこともあって、あっさりと信じさせることができた。
……いや、出て来いよ。俺の代わりに戦うことはできただろ。
『出てきていたとしても、君には戦ってもらっていたよ。女性を戦わせることなんてできないからね』
その馬鹿みたいな考え方止めろ。
女でも俺より強い奴とか腐るほどいるだろうが。
マルタだって、魔剣がなかったら俺よりはるかに強いだろ。
『それでも、だよ。というか、人魚が皆彼女と同じくらい強いわけじゃあないだろうからね。マルタは特別だよ』
人魚の中でも特別危険な奴と友達になってしまった俺の気持ち分かる?
一刻も早くフェードアウトしたいんだけど。
だからこそ、俺はマルタが人魚たちに受け入れられるように取り計らったのだ。
一人だけだったらまだしも、たくさんの友達ができれば俺という価値は自然とさがるだろう。
そもそも、俺は人間だし、同族の友人がいた方がいいに決まっている。
完璧な作戦だ……。
「私たちのために危険な戦いをしてくれて、しかも守ってくれたんでしょ? 英雄みたいじゃない!」
「い、いや、僕はそんな大したことは……。僕だけじゃなくて、アリスターも戦ってくれたし……」
まだちやほやとされているマルタ。
そんな彼女は、俺の方をチラリと見て余計なことを言う。
まあ、戦ったのは事実だけどね。
マルタが戦っていた相手より全然弱くてラッキーだったけど。
それでも、弱いと言っても素の俺より普通に強かった。
ふっ……多少俺を褒めそやしてから、マルタと友達になってあげてくれ、半魚人ども。
「うーん……でも、あの人も人間でしょ? 人間が人魚を攫おうとしていたし、あの人はあんまりねー」
「うんうん」
なにこいつら。誰が助けてやったと思ってんの?
礼儀知らずにもほどがあるだろ。
『いや、君戦ったの嫌々だったじゃん……』
誰が望んで他人のために命懸けて戦いたいって思うんだよ! 赤の他人だぞ!!
「そんなことないよ! アリスターは優しくて、助けてくれたから、悪い人間じゃないはずだよ!」
……と思っていたのだが、やけにマルタが必死になって俺を持ち上げようとしてくる。
止めろ。礼を言われないのは腹が立つが、そんなに目立つのも面倒事が飛んでくるから嫌なんだ。
「そ、それに、変なことをしようとしたら、僕がやっつけるから!」
むんっと拳を握るマルタ。
俺は、ふと昨夜の無慈悲な殺戮を思い出していた。
串刺しは勘弁だ……。あんなむごい死に方は御免こうむる……。
「頼りになるわ!」
「ありがとう、マルタ!」
きゃあきゃあと黄色い声援がマルタにかけられる。
俺をやっつけるとか言うのはいかがなものかと思うが、人気になったことはいいことだ。
そのまま俺を忘れてくれな。
もう、二度と人魚には関わりたくないでござる。
「いやー、大変だったわね」
そんな俺に、ニマニマと笑いながら声をかけてきたのは、マガリであった。
何だその腹立つ顔。鼻摘まむぞ。
「は? お前、気づいていたのか?」
……と思っていると、マガリの言葉に引っ掛かるところがあった。
大変だったということを知っているということは、昨夜何があったのかも知っているということだ。
……こいつ、まさか。
「当たり前でしょう? 人魚たちは海の中で眠っている人もいるらしいけど、私は普通の人間だもの。筏の上にある家で寝ていたし、あんなバチバチうるさい音が鳴っていたら起きて様子を見るわよ」
呆れたようにため息を吐きながら言うマガリ。
こ、この野郎……! 俺が苦しんでいることを分かっていて、わざと隠れていやがったのか……!
性根が腐ってやがる……!
『君が言えることじゃないよね』
「様子を見て、出てこなかったのか?」
「それこそ、当然じゃない。あんな中に突っ込んだら、私確実に死ぬわ。それに……」
ニヤリと笑うマガリ。
「あなたがしんどそうな顔をして戦っていたの、見ていて面白かったわ」
その笑顔は、まさに悪魔そのものであった。
み、醜い!
こいつ……! いつかお前が苦しんでいても、俺は絶対に助けないで嘲笑ってやるからな!
ヘルゲとエリアを押し付けて苦しませてやる……!
「騒がしいわね。何かあったの?」
俺とマガリが頬を引っ張り合っていると、ようやくリーダー的な存在であるパメラがやってきた。
怪訝そうな顔をしているのを見ると、本当に何が起きているのか分かっていないようだった。
どうにも、こいつには裏がありそうで、何か腹に抱えてそうで不安になるんだよなぁ……。
「パメラ様! マルタがここに侵入してきていた奴隷狩りを撃退したんです!」
マルタを褒めそやしていた人魚の一人が、嬉しそうに彼女のことをパメラに伝える。
すると、パメラが目を丸くしてマルタを見た。
「マルタが……?」
「う、うん、お姉さま……」
「…………」
もじもじとしているマルタ。
姉の脚を引っ張っているという負い目があったからか、ちゃんと顔を見ることができないようだ。
だが、そんなマルタを見るパメラの顔は、何とも形容しがたいものだった。
喜んでいるのでも、怒っているのでもない……複雑な表情を浮かべていた。
「お姉さま?」
「そう。お手柄ね、マルタ。姉として鼻が高いわ」
怪訝そうにマルタが声をかければ、パメラはパッとその表情を笑顔に変えて、マルタを褒めた。
うーん、この裏がありそうな感じですよ。
一刻も早くこいつらから縁を切って離れたいなぁ……。
「それで、もう殺してしまったの?」
「僕は殺しちゃったんだけど、アリスターが生け捕りにしてくれたよ」
マルタの言葉で、パメラの視線も俺に向けられる。
見んといて!
「あなたが……やはり、聖剣の……」
ぼそぼそと考え込むようにしながら呟くパメラ。
自分に都合が良さそうだったので、耳ざとくそれを聞き逃さない。
やっぱり、パメラは魔剣をご所望のようだ。
プレゼントしたら喜んでくれそうだし、俺も手放すことができて喜ぶし、皆幸せになれるな。
よし、後であげよう。
『僕を売る気!?』
魔剣の悲痛な声が脳内で響き渡る。
売らない。ただで押し付ける。
『そっちの方が酷い!!』
むしろ、俺が金を払ってもいいから引き取ってほしいわ。
そんなことを考えているうちに、俺が生け捕りにしていた男が連れられてきていた。
マルタの前に引き出されている彼は、気の毒になるほど怯えていた。
まあ、あまりにも圧倒的な戦い方でリーダーを殺した奴が、目の前で三叉槍を持ちながら尋問してくるのだから、怖くないはずがないか。
「誰の指示か、教えてくれるよね? じゃないと……」
びゅんっと見事に三叉槍を振るうマルタ。
彼女の実力からして、その気になれば男の首はあっけなく宙を舞うことになるだろう。
それを想像したのか、男は顔をサッと青ざめさせた。
「ひっ、ひぃっ!? は、話すよ!!」
もともと、グレーギルドということもあって、訓練を受けた兵士などのように情報を死守するなんて考えもないようだった。
まあ、そんなものだろう。誰だって、自分の身が一番可愛いのだ。
俺だって、魔剣もマガリも必要に応じて差し出すぞ。
「俺たちのギルドが依頼を受けたのは、マクシミリアン・ドーレスだ!」
……誰?
まったく聞き覚えのない名前に首を傾げる俺とマガリであったが、人魚たちには心当たりがあるようで、ざわざわと話しあう声が聞こえてくる。
「ドーレスって……確か、この近くの領地を治める貴族の……!」
「人間の貴族が、私たちを奴隷にしようとしていたの!?」
へー、貴族なのかぁ……。
……そう言えば、シルクを奴隷にしていた奴も貴族だよな? もう名前忘れたけど。
なに? この国の貴族って、ろくでもない奴しかいないの?
どうなってんだ、ふざけるなよ。俺に全財産寄越せ。
『それは関係ないよね』
「ここがばれているって、どうして!?」
「そうだ。君たちはどうしてここがわかったの?」
一人の人魚が言った言葉に、ハッとしたマルタが三叉槍を突きつける。
頬に軽く傷をつけられて小さく悲鳴を上げた男は、また簡単に口を開こうとする。
確かに、どうしてここが分かったのだろうか?
人魚が先導していなければ、たどり着けないような感じだったのに。
別に、人魚を奴隷狩りしていくのはどうでもいいのだが、俺がいるときに見て見ぬふりをできない状態で襲われるのは困る。
もう今日からどこかに行くし、明日からはいいよ。
「そ、そんなの簡単だよ。だって、俺たちは――――――」
「――――――もういいわ」
男が重要なことを言いそうな、その時であった。
パメラが冷たく言い放つと、どこからかマルタが持つ三叉槍に似たものを取り出し……。
男の首を刎ね飛ばしたのである。
「なっ……!?」
ひぇ……。
「ひぇ……」
愕然とするマルタと、人魚たち。
内心震え上がる俺とマガリ。
今、パメラにどうしてこのようなことをしたのかという、疑問と恐怖の視線が向けられている。
「黒幕が分かった以上、人間を生かしておく必要はないわ。さっさとその大本をどうにかしないとね」
「う、うん……」
そんな彼女たちに対して、パメラは美しい笑顔を咲かせて明るく言いのけた。
彼女の言葉に、マルタ以下人魚たちは頷くことしかできないようだった。
……口封じに殺しただけのようにしか見えないんですが。
どう考えてもこれだよね。
信用できない何かしらの空気があったのだが、これで確信した。
何かあったら、魔剣を置いてマガリを生贄に捧げ、マルタと縁を切って故郷に逃げよう。
俺は強く決意して、さっさとこの場から逃げ出すことを考え始めるのであった。




