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第5話 災いあれ!

 










 王都までの道のりは、想像していたよりは短かったと言えるだろう。

 その間、マガリと喧嘩したりいがみ合ったり睨み合ったり罵倒し合ったりしたけれども、俺は元気です。


 だって、これから元気じゃなくなるのはマガリだから。俺、嬉しい。

 道中、俺が懸念していた魔物の襲撃はあったものの、それも二回しかなく、しかも俺の所に来るまでに騎士団が簡単に処理してくれた。


 まあ、王都に近い場所で強力な魔物なんてのさばらしているはずもないよな。人々が危険にさらされるわけだし。

 はっはっはっ、俺の心配は杞憂だったようだ。


 マガリも道中、必死に頭を動かして俺を道連れにしようと考えていたようだったが……残念だったな……。

 もう、ゴールだ。


「ここが、王都だ」


 ヘルゲが誇らしげに言う。

 なるほど、誇らしく思うのも当然のような、立派な外観だった。


 大きな壁に中は活気がありそうな雰囲気。そして、外からでも見えるほど一際大きくて立派な建物。あれが、王城か。

 ……この中に、俺を甘やかして生活させてくれる女っているかな?


 そんな風に純粋に王都を見ていた俺だったが……。


「……考えるのよ、マガリ! まだ、策はあるはずよ……!」


 一方、まったく楽しめていないのがマガリだった。

 とてつもなく汗を流しつつ必死な顔をして、何とか俺を引きずり込もうとしている。


 はっはっはっ。無駄だから止めておけよ。

 俺が王都に残るようなこと、何もないじゃん?


「じゃあ、俺はこの辺で」

「――――――ッ!?」


 俺が爽やかに言うと、バッと顔を上げて見てくるマガリ。

 その必死な顔、悪くないぜ?


「ん? もう帰るのか? せっかく王都まで来たのだから、少し見て回ればいいのに……」

「そうですよ! せっかくですし、見て回りましょう! 私もあなたがいてくれた方が嬉しいですわ!」


 ちっ……ヘルゲめ、余計なことを……。

 マガリも俺の腕にへばりついてくる。


 どれだけ俺を道連れにしたいんだよ! ちょっと引くわ!

 てか、お前に抱き着かれても嬉しくねえんだよ。柔らかいものが何もないから、痛いし。


「いえ、俺にも仕事がありますから。マガリがいなくなった分も、頑張らないといけませんし」

「……そうか。君は本当に幼馴染思いなのだな」


 微笑んで言う俺に何だか良い方向に勘違いしてくれているヘルゲ。

 まあ、この勘違いは解かなくていいだろう。俺の利益になりそうだし。


「私は寂しいです! もっと一緒にいてください!」


 それでも、往生際悪くマガリは俺を引きとめにかかる。

 お前、下手なことを言うなよ。不快な勘違いをされそうな言動じゃねえか。


 ……聖女ってこいつがそんなに嫌がるほどしんどいの?

 そう思うと、心が躍るな。


 俺がこいつを助ける気には微塵もない。一生俺と関わらないで生きてほしいし。

 俺は軽く腰をかがめて俺より小さなマガリと目線を合わせて、爽やかイケメンスマイルをする。


「これからは、俺じゃなくてヘルゲさんたちが助けてくれるさ。あまり、わがままを言ってはいけないぞ」

「(今まであなたに助けられたことはないけど!? というか、そのわがままな子供を相手にする大人みたいな態度止めなさい! ムカつくわ!!)」

「(傍から見たら、まさに子供なんだぞ、お前)」


 殺意を込めて睨みつけてくるマガリと、それをあざ笑う俺。


「それでは、マガリをよろしくお願いします」

「……ああ、任せろ」


 俺が頭を下げると、騎士たちは感心したような表情を浮かべていた。

 まあ、傍から見たら俺は心細そうな幼馴染のために頭を下げている優しい美少年だからな。


 下げている顔が、あくどい笑みに歪んでいるとも知らず。

 ふふ……評価されるのは好きだ。


 まだあきらめないと、色々と考えてうーうー唸っているマガリに、俺はニッコリと、内心で優越感に満ち満ちた笑みを向ける。


「が・ん・ば・れ・よ」

「――――――~~~~ッ!!!!」


 俺はそう言うとさっさとマガリに背を向けた。

 そして、手を上げて颯爽と退場。


 マガリが今どのような顔をしているのか……見ないでも分かるな、うん。

 とにかく、これで俺とマガリが会うことは二度とないだろう。


 これから先、あいつの本性がばれて聖女にふさわしくないと処刑されるか、それとも猫をかぶり続けて聖女としての人生を全うするのか、俺的にはどちらでもよい。

 大事なことは、これで俺の本性を知る者が誰一人として存在しなくなったということである。


 これで、俺はマガリがいつ本性を暴露するかというチキンレースから解放されたのだ。


「あぁ……世の中が輝いて見える……」


 世界は、こんなにも美しかったのか……。

 たった一人の女が消えるだけで、俺の世界は輝いている……。


 これから、俺の素晴らしい日常が幕を開けるのだ!

 俺はスキップをしながら、帰路へとつくのであった。











 ◆



 絶対に……絶対に認めないわ……!

 私は遠ざかって行くアリスターの背を睨みつけながら、決意を新たにしていた。


 私はとんでもなくしんどい目にあうのに、あいつはのんびりとした平凡な日常を送るですって?

 なるほど、確かに私の猫かぶりに勝るとも劣らないアリスターの猫かぶりなら、うまいこと人生を送っていくでしょう。


 だけど、そんなこと、この私が許すはずがない。

 私がしんどい思いをしているのだから、アリスターもしんどい思いをしなければならない。


 この世の常識よ。

 だけど……アリスターをこちら側に引きずり込む案が出てこなかった……。


 何とか王都まで引き連れてくることができたものの、すでにアリスターは村へと戻って行っている。

 あ、スキップなんてしてやがる。ふざけんなよテメエ……!


 そもそも、アリスターが私をヘルゲに売り飛ばさなければ、私はさっさと逃げて今頃どこぞの街にでも忍び込めていたのだ!

 いえ、売り飛ばすというよりもっとひどいわ。


 だって、アリスターは金銭やそれ以外の対価を一切受け取らず、私という邪魔者を処分したのだから。

 くっ……まあ、逆の立場だったら私もそうしただろうけれど……!


 だけど、私はアリスターにしてやられたということが許せないのだ。

 もし、彼以外に同じことをやられたとしても、私はこれほど強い執着を見せないだろう。


 もちろん、復讐はするが。

 私がアリスターを許すことができない理由……それは至極簡単、同族嫌悪だろう。


 私と彼は、とても似ている。楽に生きていける将来のために、本性を隠して猫かぶりをしている。

 そして、その猫かぶりは非常に高度なもので、おそらく私たちお互い以外に悪感情を向けられていることはないだろう。


 そんな中、私だけが苦しい状況に追い込まれて、アリスターは今まで通り……いや、私という本性を知る脅威がいなくなって今まで以上に楽でのんびりな生活を送ると思うと……許せるはずがない!

 すでに、アリスターの姿は見えなくなってしまっている。


 だけど、私はあきらめない。


「ヘルゲさん」

「何でしょうか?」


 私をここまで追い込み始めた死神の使徒(ヘルゲ)に声をかける。

 すでに彼の中では私は聖女のようで、一介の農民の娘にも敬語を使ってきている。


 ……ええ、それはいいわよね。自尊心が満たされる。


「アリスターのこと、今から追いかけられないでしょうか?」

「えっ? それはまたどうして……?」

「さっさと一人で帰っちゃいましたけど、いつ魔物に襲われるかわかりません。いくらヘルゲさんたちのお力で魔物が出にくいよう討伐されているとはいっても、まったく出てこないというわけではありませんわ。彼のことが心配で……」


 もちろん、嘘よ。魔物に襲われてみっともなく逃げている姿が見たいくらい。

 とはいえ、私が言っていることが全て嘘というわけでもない。


 アリスターに戦闘の心得なんて微塵もない。

 騎士たちが簡単に退けてしまった魔物でも、彼からすれば死活問題である。


 農作業すらサボっていたあの男が、魔物と戦って勝てるはずもないのだから。


「……わかりました。では、何名かの騎士を……」

「いえ、私も連れて行ってほしいのです」

「えっ!? そ、それは……しかし……」


 私の頼みごとにヘルゲは答えづらそうにする。

 それもそうでしょう。せっかく護衛してきたのに、また要人が引き返そうというのだ。


 もし、私がヘルゲの立場だったら、一発くらいビンタでもくらわせてやっていたでしょう。

 しかし、それでもアリスターを逃がすことが嫌なのだ。何としてでも、道連れにしたい。


「……お願いします」

「うっ……」


 私の容姿の良さは理解している。

 だからこそ、聖人のような猫をかぶっていたのだから。……まさか、本当に聖女に選ばれるとは思わなかったけど。


 聖女を見出しているのが誰かわからないけれど、目が節穴ではないだろうか?

 私が聖女であるということと、悲しそうに懇願するという仕草。


 そして、ヘルゲもアリスターの猫かぶりに気づくことはなく、好青年だと思っている節がある。

 彼のためということも考えると……。


「……仕方ないですね。分かりました」

「ありがとうございます……っ」


 ため息を吐きながらも、ヘルゲは結局私の懇願を受け入れてくれた。

 多少、私の心証が悪くなったかもしれないけれど……それは後々取り返すことができる。


 その印象を悪くしてでも、私はアリスターを道連れにしたいのだ。


「待っていてくださいね……!」


 彼の元にたどり着くまで、彼を村に送るまでに、何とか道連れにする方法を考えなければならない。

 ……あぁ、神様。アリスターに不幸をもたらしてください。


 そうすれば、私は嫌々ながらも聖女の役目をこなしましょう。

 アリスターに災いあれ!!


 この時の私は、本当に彼に災いが襲い掛かっていたのは知らなかったのである。




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