第49話 おお、もう……
「ねえ、アリスター」
「うん?」
隣から話しかけてきたのは、マルタであった。
パメラの強い勧めで、俺たちは人魚たちの集落に一日泊まることになっていた。
全力で辞退して、マガリを生贄に俺は帰ろうとしたのだが……流石にそれは失敗した。
マガリだけならまだしも、人魚たちから慕われているパメラからも止められたら、断ることはできない。
その慕っている人魚たちから悪感情を持たれて、海に引きずり込まれたら終わりだからな。
しかし、最悪だ……。一人ゆっくり月を見ながらこの世の無常について考えようとしていたら、まさかマルタに捕まってしまうとは……。
気分が滅入るわぁ……。
『大したこと考えないんだから、別にいいでしょ』
辛辣じゃない?
やっぱり魔剣を溶鉱炉に放り投げようと決意を新たにしていると、マルタが声をかけてくる。
気が強そうな顔つきをしているくせに、何故か今は非常に弱そうだ。
もじもじしていて気持ちが悪い。
「アリスターは、その……僕と絶交しないの?」
「は?」
してもいいの?
……はっ! 思わずそう考えてしまったが、どうしていきなりマルタはそんなことを言ってくるんだ?
いや、いいんだけどね。そっちから近づいてこないんだったら、いくら魔剣に強要されたってどうしようもないんだし。
俺としては望むところなんだけど。
「いや、僕が望んでいるというわけじゃないんだ! 君は……と、友達だし……」
もじもじとしながら、ぼそぼそと呟くマルタ。
俺は望んでいないけどな。
「それが、どうして絶交という考えになったんだ?」
俺はニッコリと笑いながら尋ねる。
していいの? していいの?
すると、マルタは眉を寄せて悲しそうに言った。
「だって……君は、お姉さまと会ったでしょ?」
「ああ。……それが、どうして絶交につながるんだ?」
何が言いたいのかさっぱりわからない。
こいつの姉……パメラに会ったから、どうして絶交したいという風になるのだろうか?
別に、会わなくたって都合の悪い連中とは絶交したいと常日頃から思っているぞ。
マルタ然り、シルク然り、マガリ然り……。
「……今まで、僕はずっと独りぼっちだったわけじゃないんだ。僕とも仲良くしようとしてくれた人魚は、これまでにもいたんだ」
「へー」
興味ないなぁ……。
まあ、確かにまともに会話はできるし、どれだけ性格に難があろうとも友人の一人や二人はいるのではないだろうか?
コミュニケーションがとれるのであれば、犯罪者でも仲間はできるし。
『君はできていないけどね』
必要ないからな。
「ただ、その子たちがお姉さまと会って、お姉さまと友達になると……彼女たちは、僕に敵意を向けてくるようになった」
……え? それって、そのお姉さまが何かしたんじゃないの?
めちゃくちゃ怪しいんですけど……。
「お姉さまはとても美しいし、優しくて……完璧な人魚だから、魅力的でしょ? そんなお姉さまの足を引っ張っている僕のことが、気に入らなくなったんだ」
儚げに笑うマルタ。
いや、どう考えてもお姉さまが何かしたんじゃ……純粋過ぎない? この子。
人を疑うということをしないのだろうか?
いや、初対面の俺にはかなり警戒していたから、能無しの馬鹿というわけではないのだろうが……姉のことは無条件で信頼しているのだろう。
家族だから?……俺には分からないなぁ。
血がつながっていても、どれほど自分と近い関係にある者でも、全幅の信頼を寄せることは絶対にないから。
「だから、その……やっぱり、アリスターも僕よりお姉さまの方がいいよね。ごめんね、付きあわせちゃって」
まったくだ。
『おい!!』
魔剣の怒声が飛ぶ。
また頭痛を引き起こされたらかなわん。ヒステリックな馬鹿みたいに。
だけど、まあ……。
俺は下を向くマルタにスッと手を伸ばし……。
「変なことを言うな」
「いたっ!?」
ベチンっとデコピンをしてやった。
本当は思い切り頭を殴りつけて俺の記憶を喪失させたいところなのだが、それは魔剣が認めないだろう。
「俺は、お前と絶交をするつもりなんて毛頭ないぞ。俺とお前は友達だ。パメラと出会ったからと言って、それは変わらないぞ」
そう言って、俺はマルタに笑いかけた。
「アリスター……」
『アリスター、君は……』
マガリと魔剣が小さく呟くように俺の名を呼ぶ。
うんうんと頷く。
ぶっちゃけ、人にチャームなんてかけてくるような奴よりまだマシである。
パメラは敵になる可能性があるが、マルタはそれがなさそうだ。
だったら、前者よりも後者と付き合った方が、まだ危険が少ない。
本当は、どちらとも縁を切ることができればいいのだが……贅沢は言わないようにしよう。
嫌々自分のことを納得させるのであった。
『見直しかけたけど、いつもの君で安心したよ。このクズ』
よせよ。照れるじゃないか。
「あ、あり、あり……」
同じ言葉を繰り返すマルタ。
気が強いくせに素直に思いを口にすることができないのだろう。
おう、ちゃんと礼は言えよ。感謝しやがれ。
そう思いながら辛抱強く待っていると、ついにマルタは口を開いて……。
「に、人魚の頭を叩くとは何事だ! そんなこと、許されないんだぞ!」
顔を真っ赤にしたマルタから出てきたのは、こんな言葉だった。
この野郎ぉ……。俺が嫌々お前を選んでやったというのに、その態度は何様だ!
『君が何様だよ』
やっぱり、マルタも嫌いだと再認識していると……。
「――――――!」
「――?――――!」
俺とマルタとは、また違う声がかすかに聞こえてきた。
……嫌な予感がする。ここは、必殺知らんぷりだ。
「……? なんだろう、声がしたけど……」
しかし、俺が気づかないふりをしても、マルタは普通に言葉に出してしまった。
クソ……! 話題に乗らないといけなくなったじゃないか……!
だが、まだ大丈夫だ。軌道修正を図ろう。
「聞き間違いじゃないか?」
「ううん、それはないと思うよ。ちゃんと聞こえたし……」
ちっ。
「あっ……!」
「ど、どうした……?」
急に何かを思いついたように声を上げるので、思わずビクッと身体を震わせてしまう。
厄介ごとは止めてくれよ……!
「あのね、最近人魚の中で神隠しが起きているの」
「か、神隠し……?」
真剣な顔で言ってきたマルタに、俺の顔が引きつる。
ああん。こんなの絶対厄介ごとじゃないですかぁっ! シルクの時と大して変わらない面倒くささじゃないですかぁっ!
そう言えば、マルタと最初に出会った時も、言葉尻にそのようなことを言っていた気がする。
伏線かよ……!
「そう。昨日まで普通にいた人魚が、忽然と姿を消すの。そして、姿を消した人魚は、二度と戻ってくることはないって……」
ただでさえ、人間を海中に引きずり込むような恐ろしい種族なのに、そんな種族も神隠しとかいう恐ろしいことに巻き込まれているなんて……絶対に近づいたらいけない存在じゃないか……。
そんな連中がゴロゴロいる集落に来てしまった絶望感が半端ない……。
「……もしかしたら、今の声って……」
ひぇ、怖い……。神隠し……?
これは、近づかないようにしないとな……。
『助けに行くんだよ!!』
魔剣の怒声と共に、頭痛が遅い来る!
ああああああああああああああああああっ!?
「確かめに行くか?」
脂汗をダラダラ流しながら、痛みに屈した俺はマルタに問いかける。
仕方ないじゃん……。頭痛って、耐え難いんだもん……。
『君は大抵の痛みに耐性がないから、あれだけどね』
だが、俺も簡単に頷くようなしょぼい男ではない。
マルタに意見を求め、彼女が断れば俺も行かずに済む!
さあ、断って!
「……うん!」
しかし、俺の想いも届かず、マルタは決意を固めた強い表情で頷くのであった。
なんでやねん!
「無理しなくてもいいんだぞ?」
『しつこっ』
頑張れ頑張れ! 諦めも人生において肝心だぞ! 断れ!
「……確かに、僕は今まで孤立して独りぼっちになっていたけど……だからって、仲間が困っている時に助けないっていうのは、違うと思う!」
キラキラとした雰囲気を醸し出すマルタに、俺は目を覆った。
おお、もう……。こんなの、行かないといけない展開じゃん……。
「そうか。じゃあ、行くか」
「うん!」
だ、大丈夫だ。そんな不幸が、俺に続くわけがない。
世界は俺を中心に動くべきなんだし、シルクの時のようなことはないさ!
さあ、行こうぜ!
俺は自身を奮い立たせ、声が聞こえた方へとマルタと共に向かうのであった。
◆
「あっ」
「あっ」
『あっ』
「あっ」
俺と、マルタと、魔剣と……そして、人魚を抱えた男たちの声が重なった。
おお、もう……。




