第46話 ご招待
「ふわぁ……」
大きく欠伸をする。
窓から差し込む光から、すでに日が昇っていることが分かる。
最高級宿にあるベッドとは比べ物にならないほどしょぼい寝具だったので、疲れが残っている気がする。
……ちっ。結局、ろくに眠れなかったじゃねえか。
魔剣のつまらないおせっかいにつき合わされ、人魚の女――――マルタと話を夜までしていたからだ。
睡眠時間が短かったことも、疲れがいまいち取れていない理由の一つだろう。
昼間は行軍で疲労困憊になっていたというのに、何この仕打ち。
世の中辛いことしかないのか?
『ごめんって』
魔剣の口だけの謝罪は聞き飽きた。
誠意を見せてほしい。自ら溶鉱炉に飛び降りるとか。
流石に今回はおせっかいを焼こう、なんてことは言わないだろうな?
今回はマルタ自身の能力の問題だし、俺はどうすることもできないぞ。
『分かっているよ。まあ、また助力を求めてきたら助けようね』
嫌だけど?
やっぱり、謝罪の意味がないじゃないか……。
そんな風に馬鹿な魔剣に絶望していると、やけに外がざわざわとしていた。
……賊でも出たか?
『気になるね……。見に行こう』
案の定の提案をしてくる魔剣。
だが、俺はそれに首を横に振る。
バカか? そんなことするわけないだろ。見つかってしまうじゃないか。
このまま静かに三角座りでもして待機だ。本当に賊だったら、まずは発見されないことが重要だからな。
そして、適当に村人を殺したり犯したりしていて周りに目が向けられなくなった間に、こっそりとこの場をクールに立ち去る。
俺、助かる。
完璧な作戦だ。自分で自分が誇らしい……。
『誇らしいわけあるかっ!!』
魔剣の怒声と共に、また痛みが襲ってくる。
いででででででででででっ!? あったま割れるぅっ!!
『戦闘音も悲鳴も聞こえないし、そういう荒事じゃないよ。ただ、様子は見に行くべきだ。ほら、行け』
……まあ、確かにそうかもしれない。
ここにはマガリの護衛として、ヘルゲを含めた王国の騎士も付いている。
彼らが無抵抗で殺されるとは思えないので、もし賊だったら戦闘に発展しているはずだ。
それがないということは、それほど危険はないのかもしれないが……気が乗らないなぁ。
しかし、頭痛には勝てないので、俺は泣く泣く外に出向くのであった。
◆
外に出ると、俺が危惧していた戦闘や虐殺はなかった。
よし、俺の身は大丈夫だな。
しかし、ざわついているのはそのままであり、小さな人だかりができていた。
……面倒事じゃありませんように。
「何かあったんですか?」
「あ、ああ。あんたは聖女様のお付の……」
一番人だかりの外側にいたおっさんに尋ねてみる。
すると、こいつらの中での俺の立ち位置が分かってしまった。
……この俺がマガリのお付だと?
あいつに使われていると思うと腹立たしくて仕方ないな。
だが、今は情報を得るために我慢だ……。
「ええ。それで、何が……」
「そ、それがよ、あり得ねえんだ……」
「はあ?」
ありえないかどうかじゃなくて何が起きたかって聞いてんだよ。
俺の話ちゃんと聞いていたのかよ、このおっさん。
イライラしていたのだが、次のおっさんの言葉に硬直してしまう。
「に、人魚がこの村にやってきたんだ……!!」
…………に、人魚?
普段であれば、大して気にはしていなかっただろう。
人魚の中に、都合の良い奴がいないかと物色くらいはしていたかもしれない。
だが、シルクや村長から人魚の恐ろしさを聞き、昨夜その人魚の一人であるマルタと会話をした。
もう、人魚という存在が、俺にとって無関係ではなくなっているのである。
おそるおそる人ごみの外側から中心を覗き込むと……。
何人かの女たちがいた。
特徴として、その女たちの容姿が皆整っていることである。
実際、村人の男たちは皆目を引かれているし、パートナーがいる場合は女にぶんなぐられている。笑えるわ。
だが、女たちは下半身は人間のものだった。
……人魚って、下半身を変化させることもできるのか。
「初めまして、人間の皆様。私は人魚のパメラ・ピラーティと申します。ここに聖女様がいらっしゃられるとのことでしたので、ご挨拶に参りました」
そう言って、パメラという女はニッコリと笑った。
その笑顔は非常に魅力的なもの……らしく、男たちは本当に骨抜きにされているようだった。
俺はどうにも気味悪くて受け付けなかったが。
……ピラーティっていう家名、どこかで聞いたことがあるような。
「…………っ」
そんな時、俺の視界にこそこそとしている人影が入った。
普通だったら見逃していたが、そのこそこそとしている者がなかなか見逃せない存在だったので、俺は一瞬で彼女に近づきポンッと肩に手を乗せるのであった。
どこに行こうというのかね。
「聖女様、人魚の方々がお呼びですよ?」
「っ!?」
はきはきと大きな声でマガリに呼びかけた。
絶対に逃がさないように、肩を砕かんばかりに力を込める。
聖女という言葉を聞いて、村人たちと話していたパメラがこちらを振り向いた。
「あら、あなたが……」
こちらに近づいてくるパメラ。
人魚だからか、どこか足取りはおぼつかないように感じた。
だが、そんなことはどうでもよかった。
「ああありがとう、アリスター(また邪魔しやがって……!!)」
「聖女様、ろれつが回っていませんよ(ここまで巻き込んでおいて、何逃げようとしてんだ。絶対に逃がさん……)」
にこやかに笑い合っているが、俺とマガリは目で通じ合っていた。
まあ、罵倒合戦だが。
自分が目的と言われて、嫌な予感しかしない彼女はさっさと逃げ出そうとしたのだろう。
だが、そんなことはこの俺が許さん。
恐ろしい人魚と二人きりで語り合え、マガリ。
その過程でお前が苦しんでくれると、それ以上に嬉しいことはない。
「初めまして、聖女様。私はパメラと申します。人魚たちのリーダー的な立場にいます」
「ご丁寧に。私はマガリと申します。ほんっとうに一応なのですが、聖女という立場にい(させられて)ます」
悪手をして笑いあう二人。
うん、感動的だ。片方がめちゃくちゃ嫌がっているが、俺にとってはいいことだ。
よし、俺はこっそりフェードアウトだ。
遠くから困りきっているマガリを見て腹を抱えながら笑おう……と思っていたら。
「あ、あなたもここにいてもらっていいですか?」
「なん、だと……?」
パメラの目が俺も捉えたのであった。
愕然と立ち尽くしてしまう。
「(あははははははっ! 自分だけ逃げようっていう姑息な手が消えたようね! ざまあ!)」
「(お前も一人で逃げようとしていただろうが……!)」
『どっちもどっちだよね』
マガリをずっと睨んでいたいが、俺を呼び止めた理由をクソ人魚に聞かなければならない。
つまらない理由だったり口先で誤魔化せる理由だったりするならば、さっさとマガリを押し付けて逃げよう。
「えーと……何か御用ですか? 聖女様とお二人で話しあわれては?」
「いえいえ。お二人にお話がありましたから」
そう言うと、パメラはうっすらと笑みを浮かべてとんでもないことを言ってくれるのであった。
「お二人とも、是非私たちの集落にご招待させていただきたいと思っています。いかがでしょうか?」
嫌です。




